夢か現か幻か | ナノ
Redraw boundaries
文字サイズ 特大 行間 極広
近藤たいしょうの首をりたくば、この俺を倒してからにしろ」

「何人たりとも、ここは通さねぇ。何人たりとも、俺達の魂は汚させねェ」

「俺は、近藤勲を護る最後の砦。真選組を護る最後の剣」

「真選組副長、土方十四郎だァァ!!」

自身を鼓舞するような名乗り。それを終えたと同時に、彼は完全に鞘から刀を抜いた。月明かりに白刃がきらめいている。

そう。その輝きは、あたしが憧れたものと同じ。ああなりたいと、心から願った輝き。それが再び現れた。それはつまり、彼自身の力で、妖刀の呪いをねじ伏せた事を意味している。

「土方さん!!!!」
「待たせたな。ちゃんと来たぜ。お前と約束した通りな」
「待たせすぎですよ。もう来ないって思っちゃいました」
「悪かったな。こっちは俺に任せろ」
「はい、お任せします」
「近藤さんを頼んだ」
「了解!!」
「――来い!伊東ォォ!!」

交錯は一瞬。伊東の剣と土方さんの刀がぶつかり合う。夜闇を明るく照らす火花が散る。……これはお手出し無用、だな。くちばし突っ込もうものなら殺される。

身構えるがしかし、二撃目は来ない。様子見かあるいは戦場の変更か。まあ今のうちに移動したいからこちらとしては僥倖か。

旦那に引っ張られてパトカーに移乗した近藤さんの様子を見る。ケガはないようだ。と、安心したのも一瞬。スクラップ同然のパトカーが、設計を超えたハードな扱いにとうとう音を上げた。車軸から、ホイールごとタイヤがすっぽ抜けた。タイヤを失った事でコントロール不能な上に、後ろからは切り離された車両が迫っている。

四輪駆動だから致命的な失速、つまり切り離された車両に追突されてペチャンコにはなってないけど、それも時間の問題だろう。

「局長!沖田隊長は!?」
「総悟はあっちの車両だ!野郎、一人で……」
「あの沖田隊長が有象無象にやられるわけがないって、局長が一番ご存知でしょう!?」

それよかノーコンのパトカーにバイクがぶつかったら死ぬな。あっちのスクラップは曲がりなりにも四輪車だから搭乗者を守る最後の使命を全うするだろうけど、問題は装甲なんてありゃしない単なるバイクのこっちだ。衝突したら普通に死ねる。

どのみち沖田さんを救護するためには、列車に乗り移らないと。

ちらりとパトカーを見る。列車は難しいけれど、こっちになら移乗できそうだ。いまなら土方さんがパトカーと列車の間に挟まってるからある意味安定してるし。

「土方さん、保ちそうですか」
「お前は俺じゃなくて、横を構えェェ!!」
「やってますよ!でもこの地面で手放しとか自信ないです!」
「トッシー、後は私に任せるネ。何も心配いらないネ」
「おかしいィィィ!!何かおかしィィ!!」
「土方さん、息できます?」
「言ってる場合かァァァ!!」

茶番に興じている間に、隊士の援護をかいくぐって浪士が迫っていたらしい。神楽ちゃんめがけて刀を振り下ろそうとしている。一人は拳銃で撃った。二人目は……。

間が悪い事にこんな時に限って、弾づまりだ。片手なんかで撃つから。排莢が間に合わない。こうなったら体当たりで自分ごと――。

ハンドルを握る手に力をこめたその時、それまで開かなかった扉が、内側からの力を受けて吹っ飛んだ。重たい扉に押しつぶされた浪士が後方で炎上している。

間接的に神楽ちゃんと土方さんを助けたのは沖田さんだった。頭から血を流しているし、右腕を押さえているしで痛々しい状態だけど、何とか生きているようだ。彼の後ろには、天井に突き刺さった隊士や、網棚に乗り上げてぶらりと手を垂らしている隊士など、スプラッタな光景がある。確かに、残業代が出る働きだ。土方さんも太鼓判を押している。

次に弱みを見せたら今度こそ副長の座はいただく、という宣戦布告じみた台詞は、多分沖田さんなりの信頼の裏返しなのかも?それか、ライバルを上回ろうとする対抗意識の表れか。いずれにせよ、自分にはわからない領域だ。

「沖田さん、大丈夫ですか!?」
「それよか橋にされてる俺の方心配して!!」
「土方さんなら出来る!ファイトです!」
「これファイトでなんとかなるかァ!?」

その状態はどうにかなるかはわからないけど、バイクの方はなんとか移乗できそうだ。惜しむらくは、どう頑張っても犠牲になるあたしのバイク。最近納車したおニューだったのに。

バイクの片側にかがみ、そのまま全て手を離し飛び移る。まりが弾むように列車の中に飛び込んだ。そして、後方で新入りバイクが燃え上がる。

「あーあー、まだ新しいのに」
「残念でしたねィ。土方さんにでも新しいの買ってもらえよ」
「そうする」
「いや土方ここだからなァ!」
「っていうか旦那は?」
「バイクにダイレクトアタック決められてたアル!あのグラサン!後でマダオにしてやるネ!」
「それじゃあ、あとで旦那も回収しないと」

沖田さんの腕の手当てをしながら、適当に土方さんに声援を送る。ちょうどひと仕事終えたと同時に、激しい振動が列車を襲った。もし水が入ったコップがあれば、全部溢れそうな揺れだった。

新八くんと神楽ちゃん、そして近藤さんが慌てて飛び込んできた。見れば、パトカーを挟んで列車が連結している。少しずつ前輪が持ち上がっている。あのままだとパトカーをスクラップ工場に送る手間が省けそうだな。

「土方さん、スクラップされてスプラッタな状態になる前に逃げてくださいよ」
「ぬがあああ!やかましいわァァァ!!!」

先頭車両には、伊東が居た。その目を睨みつける。が、刀は構えない。これは土方さんが片すべきだろう。

列車の間に挟まれて潰れたサンドイッチになったパトカーが伊東を遮った。立体を保ったまま列車に乗り移った土方さんは、刀を構えていた。

スクラップの向こう側にいるであろう伊東に向かって、突進する土方さんの背中が目に焼き付いている。

それからのことは、頭を揺すぶるような痛みにかき消されて、覚えていない。

*

誰かの悲鳴と、自分を呼ぶ声が聞こえた気がして、目を開いた。目に涙を浮かべた近藤さんが、あたしの顔を覗き込んでいる。

「――先生!すみれ先生!」
「あ、近藤、さん」
「よしよし、もう大丈夫だから、しばらくここで休んでいてくれ」

近藤さんはどこかにあたしを寝かせると、下に向かっていた。数人が慎重な足取りで下に向かっている。なんで、下に?そもそも、どうして天地がめちゃくちゃになっているんだろう。

「ここ、は」
「電車アル!爆発でどーんといって、先生落っこちそうだったヨ!」

確かに、自分が寝せられているのは座席の背もたれだし、床が壁になっている。そういえば、さっきまで橋の上を通行していたな。川に向かって伸びる蜘蛛の糸のように、車両が垂れ下がっているらしい。どこで爆発した?

「――ああ、橋か。橋が落ちたのね」
「そうですよ!大丈夫ですか!?」
「頭が痛いけれど、手足は動く。手当ても自分でできる。だから大丈夫。ところで、誰かの悲鳴が聞こえた気がしたのだけれど」
「だから今下に向かっているんですよ!」

なるほど。近藤さんが救出に向かっているのか。……誰を?

すわ土方さんかと思って、下を覗き込むと、片腕を失い、上着で吊られて身動きがとれないまま、ヘリからの射撃にさらされそうな伊東がいた。

窓から身を乗り出して、ヘリを確認する。あのヘリは、浪士のヘリだ。さっき自分が撃墜した戦闘ヘリと同じような形。あの装甲、小銃弾くらいなら弾くな。ドアガンを使っているから、銃手を殺せばなんとか、といったところだろうか。正面のガトリング使われるとミンチになるけど。この装備じゃ撃墜は厳しい。

それにしても、なぜ伊東が狙われている?彼は鬼兵隊とつるんでいたはずだ。近藤さんなら分かる。局長はおそらく最優先目標だ。でも、鬼兵隊の仲間のはずの伊東が、どうして攻撃されている?

痛みに鈍る頭でも分かる。裏切り者が、裏切られたのだ。鬼兵隊の目的は、あくまで真選組を潰す事で、伊東の天下なんてどうでもよかったのか。それを分かって、近藤さんは……いや、違うか。この人は理屈なんかで動かない。先行するのは、いつだって感情だ。たとい悪党であっても、助けたいと思ったから助ける。それだけの人だ。しかし、間に合うのか。

伊東が、手を伸ばしたまま、落ちていく。縋るように伸ばされた手。置いていかれた子供のような目。その顔を見て、ようやっと理解できた。ああ、もしかして、彼は。そして、自分は……。

間一髪、間に合った近藤さんが、滑り落ちる伊東さんの手を掴んでいる。近藤さんを先頭に、一列に足を掴んで梯子のようにしていたようだ。

なぜ自分を救うのかと問う伊東さんに、近藤さんはどこまでも謙虚に、どこまでも真っ直ぐに答えた。友として、教えを請う先生として、伊東さんに居てほしかっただけなのだと。

伊東さんに向けた回答は、どこか自分にも刺さるものがあった。つまりはそういう事なのだ。……なんて幼稚。なんて無様。歯噛みする。

自己を省みるのはお預けだ。今はあくまで伊東さんが助かっただけだ。このままでは伊東さんと近藤さんがまたも銃火にさらされる。仕事道具は手元に残っている。ならば自分がやるべき事はなんだ。

ロープを腰と座席に結び、そのまま勢いよく滑り降りる。

背中の小銃にはまだ弾がある。なら、撃つべきは誰か。……伊東さんがあたしにと持ち帰ってきて、伊東さんを撃つために持ち出した銃が、回り回って彼を護るために使われるのは皮肉な話だが。

「すみれ先生!」
「桜ノ宮さん!?」
「牽制は私が!早く上に!!」
「……分かった!」

近藤さんは鉛の雨の中で叫びながら、伊東さんを引き上げていく。自分もじりじりと撤退のタイミングを伺う。

でもこのままじゃ危険だ。いくら自分が発砲して注意をそらしていても、彼らに弾が当たる確率がゼロになったわけじゃない。確率はゼロでなければ、必ず起こる出来事だ。

どうにか、あの厄介なヘリを撃墜できれば。残念な事に、ミサイルは迫撃砲のところに置いてきている。無誘導のバズーカは、自分の腕では間違いなく当てられない。どうする。

そう思った時、上から声がした。

「何してやがる!!」

その声の主は、車両の上にいるのか、姿は見えない。だが、金属の板を踏みつける足音だけが反響した。

「さっさと逃げやがれェェェ!!」

彼は、土方さんは、跳躍し、ヘリのプロペラとシャフトを叩き斬った。

「土方さん!」

FRPの回転体を切り裂くとは。あの妖刀、よく斬れるという触れ込みに偽りはなかったわけだ。メインローターを喪失したヘリは失速し、慣性によって回転しながら谷底に引きずり込まれるように落ちていく。

土方さんは、落ちて爆発するヘリからこちらに飛び移るが、少しだけ飛距離が足りない。ほんの少しを補うように、伊東さんは残った右腕を差し出した。

「土方君、君に言いたい事が一つあったんだ」
「奇遇だな。俺もだ」

「僕は君が嫌いだ」
「俺はお前が嫌いだ」

「いずれ殺してやる。だから……こんな所で死ぬな」

二人の声が綺麗にはもる。そうか。ウマが合わないから分かるものもあるのかな。

*

命を飲み込むように大口を開いている川から、すんでの所で逃げ出せば、次は列車内に入り込んだ浪士に襲われた。なるほど、念には念を入れって事かな。連中はよっぽどあたし達を殺したいらしい。真選組が滅びても、見廻組はなくならないと思うんだけどね。

まあ、市民からは煙たがられ、悪人からは恨まれるのがお巡りさんのお仕事だ。こればっかりは致し方ない。

ヘリは撃墜した。あの鬼兵隊といえど、個々の腕は大したことがなかった。だから、油断していた。

浪士や隊士の鬨の声。金属がぶつかり合う甲高い音。死を振りまく銃声。それらに紛れてヘリのローターが空気を裂く音が耳に届いた時には既に遅かった。すぐ近くにヘリがいる。私達のものじゃない。ドアガンの銃口をこちらに向ける浪士が見える。鬼兵隊のヘリだ。

「伏せろォォ!!」

土方さんが叫び、あたしと近藤さんをまとめて押し倒すが、あれは伏せただけじゃ逃げられないだろう。死を直感した。伝習隊め、彼らが装備の管理くらいきちんとしておいてくれればこんな事には。

事こうなった以上、せめて即死であるように。願いながら目を閉じて、銃声が止むのを待った。……が、いつまで経ってもあの恐ろしい感覚は訪れなかった。

幸運か?そんなはずはない。よしんばそうだったとして、さっきまで刃を交えていた浪士まで射殺されているこの状況で、こちらの全員が無傷は無理がある。いや、全員じゃない。伊東さんは……?恐ろしい予感がして、ヘリが来ていた方向に顔を向ける。

そこには、自分達をかばうように腕を広げて立っている伊東さんが居た。

貫通銃創、なし。全て盲管銃創だ。おそらく胸部の複数箇所を被弾している。

「どうして」

手を下ろした伊東さんは、吐血して、体から力を失い崩れ落ちた。

伊東さんを呼ぶ近藤さんと、土方さんの声がどこか遠い。

考えるのは後だ。まだやる事がある。弾から身を守っただけで、まだ射手は健在だ。伊東さんの救護より先に、あれを排除しなくては。

一際強い殺意。ヘリからこちらを狙う銃口。第二撃がくる。次は誰も盾にしない。銃を構え、引き金に指をかけたその瞬間。

万事屋の旦那がすっ飛んできて、ヘリのコクピットの風防めがけ人斬り万斉を突っ込んだ。
prev
64
next

Designed by Slooope.
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -