夢か現か幻か | ナノ
Rite of passage: sequel
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撮影が終わり、屯所を避ける理由も消えてしまったので、土方さん達と一旦屯所に戻る。

屯所の入り口あたりで解散して、弾む心で予定を思い出す。夜にはまた我が家に戻ってささやかなパーティーを開くそうだ。主役は自分という事で、今日の料理は美智子さんだ。自分以外が作る料理は美味しい。楽しみで嫌でもテンションが上がる。廊下をいく足も軽やかだ。

「あれ?先生、今日の髪型凝ってますね」
「ああ、今日は前撮りだったので」
「前撮り?」
「成人式の前撮りをしたんです。振袖で。小さいけど、ホラ、写真もありますよ」
「綺麗ですね。……ん?副長と沖田隊長まで一緒に写ってる!!」

廊下でばったり会った隊士に髪の事を指摘されて、ちょっとウキウキ気分で写真を見せたら、不満げな声が上がった。どうやら土方さん達が写っている事が気に食わないようだ。

「本当は岩尾先生と美智子さんで撮るつもりだったんですが、色々あって副長達にも来てもらいました」
「副長も沖田隊長もいいなぁ。俺も先生と写りたかった」

廊下の真ん中で大きめの声で言われちゃったおかげで、わらわらと隊士が集まってくる。写真が手から手へ渡り、全員が制服二人組についての不満を漏らす。そんないいものでもないと思うんだけどな。確かにその振袖すごく綺麗なんだけど、動きにくいし、一人じゃ着れないしで、機能面ではかなり劣る。自分には洋服が合っている。

ぼんやりとそんな事を考える。そこに紫煙が漂った気がして人垣の向こうに目を凝らすと、渦中の人、土方さんがいた。

「なんの騒ぎだ?」
「あっ副長!ずるいッスよ!沖田隊長と一緒に先生と写真撮ったなんて!」
「お前ら仕事サボって何やってんのかと思ったらそんな事か」
「そんな事かじゃないんですって!抜け駆け反対!」
「そうッスよ!自分だって沖田隊長と写りたかったです!」
「それは神山お前だけだ」
「ったく、喧しい。文句なら俺じゃなくて、当日に岩尾のジジイが呼び出すまで秘匿していたそこのバカに言え。第一あんな狭っ苦しい写真館じゃお前ら全員は入り切らねェだろうが」

土方さんの反論は加熱する批判の前には焼け石に水だった。渋面を浮かべている彼を他所に、集まった彼らは、ここぞとばかりに土方さんに不満をぶつけている。終いには関係ない罵倒まで混ざり始めた。……つーか、この「副長死ねェ!」は沖田さんだな。ドサクサに紛れて何やってるんだ彼は。

隊士達に土方さんが反論した通り、発端は自分だ。こんなに不平不満が上がる理由は分からないのが本音だけど、責任は負うべきだろう。

「じゃあ、こういうのはどうですか?成人式の日の後でも前でもいいのですが、適当なタイミングで写真を撮りましょう。もちろん全員が集合したものです」
「それ、毎年誰かしらの成人で撮ってませんか?しかも全員隊服のやつ」
「その時はちゃんと髪もセットしてお化粧もして、振袖も着ますよ」
「マジでか」
「マジです」

集まった男性陣がどよめいて、あちこちから喜びの声が上がる。

「いいですよね、副長?正式なものとは別になるかもしれませんが」
「勝手に撮る分には好きにしろ。公式なものは別に撮る」
「そういえば、毎年大江戸新聞がここの成人式の取材に来ていましたね」
「日頃は俺達の事を貶すくせにな」
「それは私達の日頃の行いの賜物かと」

いかにも不承不承ですといった口調で「……そうだな」とつぶやく土方さんの視線の先には、沖田さんによって逆さに吊られている神山さんがいる。沖田さんに向かって何事か理解し難い事を口走った罰のようだ。

不意に疑問が過る。なぜ?と。自分には、彼らが理解できない。自分にはそんな価値はないと思うのだ。あたしよりも綺麗な人、着物が似合う人は沢山いる。内面が美しい人なんて山ほど。なのに、なんでこの人達は自分を?

「総悟が言ってただろーが。お前の思う以上に、お前の成人を祝いたいやつらがいるって。仲間の節目を祝いたいのは普通だろ」
「びっくりしました。土方さんって超能力使えたりするんですか」
「なんで連中が騒ぐのか分からないって面だった」
「鬼の副長の目は欺けませんね」
「3年もお前の相手してりゃ考えてそうな事くらい分かる」
「こわい人」
「めかし込んでも可愛くねェ女にしちゃあ、気が利いた褒め言葉だ」

確かに。この人にそう罵ったところで、事実でしかないと受け止めるだろう。鬼の副長が親しみやすいようでは困ると考えるのがこの人だ。別に刺すつもりで言ったつもりはなかったから、いいんだけど。けど、分からないな。どうして、言い終えてから顔を赤くしているんだろうこの人は。

「……可愛いっつーか、見違えるほど綺麗だった」
「なんですいきなり。落としたと思ったら上げたりなんかして」
「愛だの恋だのなんざ幻想でしかないが、お前になら幻想を抱くのも悪かないかもしれねーな。……振袖を着たお前を見て、そう思った」

耳まで真っ赤にしている土方さんは中々見られない。その上にとんでもない爆弾を落としていくのだから、ありえない。顔を赤くしたいのはこっちだってのに!人の気持ちも知らないで!

ガヤガヤと喋っていたはずの隊士達の声が聞こえない。自分ひとりが宇宙に投げ出されたような気分だ。

「顔のせいで全くキマってない殺し文句をありがとうございやした。いい年こいた男が赤面して歯の浮きそうな台詞を言うなんざ気持ち悪くって仕方ねェや。死ね土方」
「……よーし、表に出ろクソガキィ!」

なるほど。声が聞こえないと思ったら、本当にみんな黙り込んでいたらしい。大方、ついさっき残像となって消えた沖田さんの仕業かな。

二人のいつもの騒ぎをもって、自分の写真を発端としたあれそれはお開きとなったようだ。隊士達は三々五々、自分の仕事に戻っていく。自分はそれを何キロも遠くから見ているような気分で眺めていた。

「先生、成人式の日、忘れないでくださいね」
「あ、は、はい」
「……キマってない殺し文句でも、十分刺さっちゃったか」

山崎さんの言葉があまりにも的確で顔から火が出るかと思った。彼は言うだけ言って軽やかに立ち去った。ほんの数分前とは反対に閑散とした廊下を歩いていると、近藤さんに出くわした。顔の片側が腫れ上がっている。お妙さんにまた殴られたのか。

「あれ、先生。今日週休じゃなかったっけ?それにしても、一段と綺麗だなぁ!」
「ええまあ、ちょっと……。医務室でちょっとした手当てのついででよろしければ、お話しますね」

医務室に招いて頬の手当てをしつつ、近藤さんに前撮りの写真を見せると、他の隊士達同様にずるいと声を上げたのには、笑ってしまった。成人式の前後に、皆さんで一緒に写真を撮りましょうと提案すると、一も二もなく乗ってきたのも同じ。

轟音が屯所を揺るがす。誰かの悲鳴が尾を引いている。手近な窓から飛び出して、外からグラウンド・ゼロを探し出す。土方さんと沖田さん、いつもの二人が走り去った方角から黒煙が上っている。それだけでも何が起きたのかは容易に想像がつく。少なくともテロリストの爆弾を心配する必要はないだろう。

休日にも関わらず仕事か。

やれやれ、仕方のない人達だ。いきなり変な事を言う人か、いきなり茶々を入れてくる人か。そのどっちか、もしくは両方に、消毒ついでのお灸を据える。そんな休日も悪くない。

「ほどほどにしてね」と釘を刺す近藤さんに微笑みでもって返事として、仕事道具を手に医務室を出た。
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