夢か現か幻か | ナノ
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おじいさんの持ってきた情報は、この近辺に病院を狙う攘夷浪士がいるというものだった。平時なら病院を狙う価値なんかどこにあると一笑に付していたところだけど、今回は違う。ミツバ殿がいる。ミツバ殿は局長や沖田隊長、そして副長の大切な人だ。実情はどうあれ人質に使える、と相手が思ってもおかしくない。おそらく『大蔵屋』にいるのは転海屋とつながってる浪士の別働隊だ。

まさか愛する婚約者を危険に晒すような事をするか?……いやあの男はできる。妻となる女性が死にかけているのに、商売に勤しんでいるのだ。彼はきっと彼女を真選組を抱き込む道具としてしか見ていなかった。今なら分かる。あの男を見て最初に感じたものは、養父母を初めて見た時のそれだ。金づるに対する視線。ああいう態度の人間は養父母で見飽きてる。

ここまで気づかなかったのが歯痒いけれど、自分のおつむが足りなかった事を嘆くのは後だ。今は、どうするか考えなければ。

連中をここで迎え撃つか……?いや、相手は最新鋭の兵器を扱う攘夷浪士だ。患者や医療関係者を巻き込むわけにはいかない。満足に動けない患者さんも少なくないから避難を呼びかけるのも得策ではないだろう。ならば、相手が行動する前に乗り込んで制圧するしかない。だが、隊士の全員が出払っていると思しき状況だ。やれるか……?いや、自分がやるしかない。

「『大蔵屋』ってあそこのだな。人数は!?」
「十人だ。あんながざっと十人はいるんじゃ安心して飲めんわい!」
「そもそも飲むな肝臓がん患者!ありがとう!ミツバ殿は頼みましたよ!」
「任せろォ!」

伊坂さんの言葉を背に受けて、外に飛び出す。サイレンの音がここまで聞こえている。こりゃ全員で出動したな。……真選組の隊士が総出で乗り込めば、最新鋭兵器だろうが目じゃない。だが、商人は得てして利に聡い。状況が悪いと少しでも思えば容赦なく別働隊を向かわせるだろう。練度が低いのが十人ポッキリでも、非武装の市民に言う事を聞かせるには十分すぎる。そうして略取した彼女を盾に逃げおおせる腹づもりに違いない。そしてそれを食い止められるのは、今現在自分しかいない。

バイクのエンジンを始動して街を駆け抜ける。今回ばっかりは伊坂さんの脱走癖に救われた。あのままとどまっていても、負ける気はしないけれど、代償が大きすぎるのは間違いない。予防にまさる医療はない。最大多数の最大幸福のために、防ぎ得るものは可能な限り防ぐべきだ。

……それに、病院は今消灯時間だ。患者の眠りを護るのも、医者の役割だろう。

大蔵屋の前にバイクを停めて、降車した。名前に反してボロい建物だ。消防法守っているのか怪しいなこの構造。非常階段、ないんじゃないか?裏手がパチンコ屋のせいか騒がしい。しかも電気がついているのは一つのフロアだけだ。どれもこれも、かえって好都合だ。……サイレンが止んだ。おそらく現着したんだ。急がないと。

まずはロビー前に見張りが一人。帯刀している。幕臣には見えない。明らかな浪人だ。眠いのか、しきりにあくびをしている。が、流石は真選組を抱き込む事を考えつく人間の配下。メットを脱がない明らかな不審人物に一気に警戒度をあげた。

「なんだ貴様――」

誰何の声を遮って、男を斬りつける。死なない程度に斬ったせいか、男は懐に手を伸ばした。その先にあるものが爆弾であれ無線であれ、敵対的行為は封じる。無線機らしき機械を突き刺した切っ先が少し胸板に食い込んだのはご愛嬌だろう。

「おい、お前ら、この旅籠の何階にいるんだ」
「だ、誰が、幕府の犬に話すか!」
「今すぐ死にたいのなら話さなくても構わんが」

斬りつけた傷口を踏みつける。悲鳴を鞘で封じる。どっちが悪人か分からない行いだが、こっちには戦力もなければ時間もない。自分は最悪の事態を防がなければならない。今はなりふりかまっていられない。

「言う!言うから!命だけは!……6階だ。ここの6階の大広間で俺達は寝泊まりしている!今も全員がそこにいるはずだ!」
「嘘だったら指先から一寸ずつ切り刻むぞ」
「本当だ!信じてくれ!」

野郎の刀をへし折って、自分の刀から血を振り払って、すぐさま旅籠の中に足を踏み入れる。警察手帳で威圧した宿の主人に確認をとったところ、確かに6階の大広間に十五人の浪人がいるらしい。嘘じゃないな、と外の死にかけに視線を注ぎながら言うと、ヘドバンと見紛う勢いで頷かれた。こんな事するから警官は煙たがられるんだよな。手当をしてやるように言うと、真っ青な顔で仲居さんが飛び出していった。

他のフロアには目もくれずに階段を登っていく。6階にたどり着くと、浪士が刀を抱えて座っているのに直面した。

「てっ――――」

敵襲と叫ばせれば面倒な事になる。階段を一気に駆け上がって、男の喉笛を断ち切った。首から切っ先を引き抜くと、男はずるずると壁をずり落ちた。しかし、部屋の前にも見張りはいたようで、結局騒ぎになるのは避けられないようだ。

「くっ曲者!!」
「であえ!であえ!」

死者もろとも敵を薙ぎ払わんと2挺の自動小銃が鉛の死を振りまくのから逃れ、いつぞやのマムシの騒動で真選組が押収し、それをピンはねしたジャスタウェイを投げ入れる。地鳴りのような音がして、煙が上がる。鉛の雨はパタリと止んだ。

「これであと十一人か」

そこそこ多いが、やれるかな。いや、やるしか無いな。自分がやらなければ、病院にいる無関係な人まで巻き込んでしまう事になる。そうなれば何人の犠牲者が出るか。不必要な犠牲は隊士としても医者としても看過できない。廊下を一息で走り抜けて、爆発によって破れたふすまを踏みつけて、叫んだ。

「御用改めである!神妙にお縄につきやがれェ!」

隊士を鼓舞する、局長や副長の言葉を真似る。たったそれだけ。しかしその一言だけで、自分一人でも戦える気がした。

*

真選組の隊士らが現着した時点で大勢は決した。すなわち、転海屋一派の敗北である。しかし、車で逃走する蔵場は諦めず、病院に別働隊を向かわせ、自身もそこに向かうと宣言した。命令を実行すべく、浪士が無線機に手を伸ばしたところで、蔵場を衝撃が襲う。天井を突き破った刀の切っ先が蔵場の肩に深々と突き立てられたのだ。

そして、蔵場は見た。裂けたアルミニウムの隙間から、咥え煙草で不敵に笑う男を。それは紙一重で殺害せしめたと確信したはずの男、土方十四郎であった。

蔵場は振り落とすように命ずるが、上の男の体が少しでもブレれば、刺さった刀が身体の中で暴れ、蔵場を痛めつける。痛みに叫びながら蔵場は助手席の男に土方の射殺を命じ、男は照準を合わせた。しかし、弾丸が銃口から飛び出すことはなかった。愛車のスクーターで駆けつけた坂田銀時が、男の脳天を木刀でしばいたからだ。助手席の男は勢い余って落車してしまった。

土方の驚いた声に答えて、坂田は煎餅を投げ渡し、届けてやれ、と諭す。車が向かう先には刀を手にして立っている沖田の姿がある。沖田の迷いのない目を見て、己が為すべき事を悟った土方は、坂田と同じように、タイヤに刀を突き刺して、車両の動きを制限した。

持ち上がる車体を前に刀を抜く沖田。足裏が擦れるのにも構わず刀を手放さない土方。二人の脳裏には同じものが過ぎっていた。忘れもしない、故郷から一歩踏み出したあの日の記憶。それを胸に抱いて、沖田は。

沖田は、真選組の敵を、姉の婚約者を車ごと両断した。

右と左で綺麗に半分に分割され、完全に制御を失い滑走した先で爆炎を上げる車の残骸を、棺桶を、沖田はなんとも言えない顔で見つめていた。

しかし、事態はそこで終わらなかった。目を閉じて一服している土方に走り寄るアフロの山崎が叫んだ。

「大変です副長!先生が!すみれ先生が!一人で連中の別働隊のたまり場に乗り込んで!!」

土方と沖田は同時に目を見開いた。

*

布団から飛び出した羽毛が全て地面に降り立った時、立っている人間は自分以外誰もいなかった。身動きできる人間も。

敷きっぱなしの布団の上に刀が転がっている。白い布団に紅が塗りたくられている。曰くありげな風情のふすまには場違いな紅色の斑点がくっついていた。窓ガラスは割れていないものを数えるほうが早い。

本当は一人生かして捕らえるつもりだったのに、最後の一人になって形勢不利と悟った浪士は半狂乱になりながら窓から身を乗り出してそのまま消えてしまった。手を伸ばしたが届かなかった。ここは6階だ。植え込みの類もない固められた土の地面の上に墜落したんじゃまず助からないだろう。せめて下に誰もいなかった事を願おう。

自分しか証人がいない以上、不用意に現場をいじるべきではないだろう。自分の本来の任務は、負傷した隊士を手当し戦力の管理を行う事だ。敵を斬れと命じられる事も決して少なくないが、今回は命令されてない。命令外かつ任務外の事を行うのは越権行為だ。

しかしやるべきことはある。まず現場の封鎖だ。規制線張らないと。バリケードテープは持ってないから、旅籠の人からロープかすずらんテープを借りるしかないか。

怯えきった目でこちらを見ている仲居さんに半ば投げ渡されるようにテープと立入禁止の看板を渡され、まず6階の入り口を封鎖する。案の定非常階段のない建物だったので、封鎖が楽でいいけれど、なんで連中はこんな逃げ場のない建物を選んだのだろう。金をケチったのか、見つからないと踏んでいたのか。どちらなのかは今となっては分からない。見張りの男の情報で補完できることを願おう。

外に出ると、夜間にも関わらず二つの死体の周りに野次馬が集まっていた。いや片方は死体じゃない。斬った方は虫の息だ。落ちた方は明らかに首が折れているが。民間人にけが人は出なかったようなので、よしとする。遠方からパトカーのサイレンが聞こえてくる。音が徐々に高くなってきている。近づいているな。

「お騒がせしております。真選組でーす。規制線張るので――あ、ご協力ありがとうございまーす」

市民の皆さんを脅かしてしまったのを申し訳なく思いながら笑顔で応対する。最後まで言わずとも逃げてくれるのでありがたい。誰も彼もが酷く怯えた顔をしているのが気になるけれど。既視感がある光景だ。あれ、親戚殴り倒した時のクラスメートの反応。まあ、通り道でこんな凶行があったのだ、無理もない。

折角生きているので斬ったやつの手当をする。隊士と同じように隊士の敵を癒やす。仲居さんが手当を施してあげていたようで、比較的容態は安定していた。さっさと点滴して、点滴バッグを掲げる。そして自分の勤め先の病院に患者の受け入れの可否を問うていると、一際サイレンが大きくなり、そしてヘッドライトが群衆を照らした。

バンと乱暴な音を立ててドアが開く。飛び出してきた隊士達は市民を押しのけて駆け寄ってくる。その中に、脚を引きずる土方さんがいた。

「先生!無事で、すか……」
「はい。現場も保存してあります」
「現場の検証だな。山崎、急げ」
「り、了解!」

隊士はこちらを見て怯えているが健康体だ。沖田さんも酷いしかめっ面だけど、既存の怪我以外は問題なさそう。手が空かないので、目で副長の様子を観察する。脚の止血はしてある。副木もちゃんとしてる。自分が前に教えた通り、完璧だ。ただ、呼吸が少し早い。額には脂汗が浮かんでいる。水銀灯でいまいち分かりにくいが、顔色も悪いように思える。

「副長、無事ですか」
「見て分からねェか。お前はどうなんだ」
「見たままです。傷一つありませんよ」
「……みたいだな」

手すきの隊士に点滴バッグを押し付けて、土方さんの手当をする。大前提の止血は行われているが、血液の循環量が減った事による失血性ショックの状態からは脱していない。ショックから回復するためには止血だけでは不十分なのだ。なくした分を補う必要がある。隊士ができるのは経口補水液。自分ができて手っ取り早いのは点滴。手早くラインを取って、点滴を行う。

「よし……」

一番不安だったこの人の状態は多分これで持ち直すだろう。後は病院に駆け込むだけだ。

「副長、病院に行きますよ」
「……ああ」

副長は、こちらの顔を見て、精悍な面構えをなにかで歪めた。パトカーに乗りながら周りの隊士を見ると、仕事をしながらも、あたしをちらちらと見つめているのが分かる。そして彼らの目には、必ず怯えがあった。……通行人だけでなく、隊士まで自分を見て怯えている。人を斬るなんてめったに無い市民ならまだしも、顔見知りばかりの隊士まで一体どういう事だろうか。彼らが見ているのはあたしの顔だ。今の自分は一体どんな顔をしているのだろうか。周りの隊士の視線をよそに静かにパトカーが発進した。

「もしかして、あたし、すごい顔していますか」
「してる。血だらけの上に瞳孔かっ開いてんぞ」

バックミラーを見ると確かに、服や顔が血だらけだし瞳孔は開きっぱなしだ。自分で言うのもなんだけど、人相が凄く悪くなっている。自分の顔を見て、ようやく腑に落ちた。血でウォーペイントして瞳孔開いた人斬り女がよってきたら、そりゃみんな逃げるわ。普通のオキシドールを浸したハンカチで顔や服、特に白いスカーフを拭う。ある程度拭き取りをして血はある程度落ちたけれど、瞳孔は開いたままだ。

「これ、どうやったら治りますかね」
「興奮してるんだろ。自発的に人を斬ったのは今回が初めてだから」
「ああ……」

自然に戻るのを待つしかないか。車内でシガリロに火をつけて、一吸いする。煙を吐き出して、脱力してやっと、自分の体に力がこもっていた事を知る。隣の土方さんも、同じようにタバコに火をつけて、ため息のように紫煙を吐き出している。

「けが人は禁煙ですよ」

煙草を取り上げると露骨な舌打ち。それに構わず窓の外に目を向ける。

窓の外には、飛び出してきた病院が間近に見えていた。ミツバ殿が待つ病院だ。
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