夢か現か幻か | ナノ
Fiend
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パトカーのホイールの影に身を潜め、降り注ぐ硝子と横殴りの鉛の雨を耐え忍び、遮蔽物に隠れたまま適当に拳銃を乱射する。銃弾が命中する際のカンカンと甲高く響く音が鬱陶しくて仕方がない。

わずかに残ったドアミラーの角度をいじって向こう側を見透かす。浪士共が小銃を携えて、一斉に射撃してきている。見づらいけれど、あれは最新かつ高性能な火器だ。金に飽かして装備や戦術を整えている幕府陸軍の伝習隊でもあそこまでいいものは持っていないだろう。しかし、戦術は伝習隊の連中の方がよっぽどマシだ。

いくら夜間で人通りのない場所だからって、間抜けな誰かが通りがからないとも限らない。そして、間の悪い市民が実際にいた。そんな状況で市街戦なんて正気の沙汰じゃない。鉛の死神に捕まって倒れている隊士、そして、横転するバイクとその搭乗者を横目で見て歯を食い締める。

隊士の方は左下腿に1発。出血量が多い。確か飛口さん。一番隊の隊士だ。ボロ切れのようになったライダーの方は、血だらけのままピクリとも動かない。トラックが突っ込んできたことによる多発外傷。一刻も早く回収に向かいたいのに、こんな状況ではそれもままならない。

「天人に媚びへつらう売国奴がァ!!我ら攘夷の徒が貴様らに鉄槌を下さん!!」

何が攘夷だ。何が国のためだ。何の罪もない市民はもちろん、そこで倒れている彼は父親になったばかりだったのに。……わかっている。今までに自分が斬った相手達だって誰かの父親だったかもしれない。自分と彼らはベクトルが違えど、人斬りでしかない。ただ、そこに斃れているバイク乗りの若者は違う。戦う覚悟も死ぬ覚悟もないただの青年だ。巻き添えになった人まで、国のための犠牲だと肯定する姿勢だけはどうにも許せなかった。

本科のいた世界で、昔こんな事件があった。ある国のテロリストが外国人観光客を襲撃した。それは正しくはないが確かに国を憂いての行いだった。しかし現地の住民は警官隊と共にテロリストを包囲し、テロリストは全員射殺された。確かに国の行き先を案じての行いであったはずなのになぜか。住民達にとって観光客は重要な収入源だったからだ。

この事件から分かるのは、結局、思想だの報国だの何だのを考えるのは、それができる余裕がある人間に限られるという事だ。生きていくのでいっぱいいっぱいで、思想も国も正直どうだっていい、そんな人間の方が圧倒的に多い。それはこの国の人間だってそうだ。あたしはそれを否定しない。市民の代弁者ぶるつもりは毛頭ないけれど、市民の平穏な生活を邪魔する人間は誰であれブタ箱に入るべきだろう。

まあ要は、こんな所で戦闘をおっぱじめるテロリスト死すべし。

真選組の検問にトラックが突っ込んできたと思ったらこれだもんな。最初のトラックの突入でパトカーは粉砕。バイクのあんちゃんはこの時、トラックの下敷きになった。次いで、荷台から下りてきた戦闘員の銃撃で一人負傷し、今もそこで寝っ転がってる。自分や他は慌てて遮蔽物に隠れたが、飛び道具に乏しい身の上としてはかなり辛い。はっきり言ってあまり状況は良くない。

朝の山崎さんと五番隊に始まり、昼の近藤さんと二番隊、そして夜は沖田さんと自分とお目付け役の土方さんと飛口さんと来て、もうじき次の隊と交代のはずだったのに。バイクの運転手の身元を確認して、行っていいよって言った所だったのに。最悪のタイミングだ。

「どうします、副長」
「総悟。手榴弾の残りはどうだ?」
「こっちは使い切っちまいやした」
「つーことは二つだけか……」
「できれば彼らを回収したいのですが、よろしいでしょうか」
「手榴弾で突破できたらな」

だろうなあ。死にそうな人間を助けるために死体をもう一つ追加してるんじゃ世話ない。もう少し頑張れ、と飛口さんに念を送る。気力があっても生きられない事は多々あるけれど、なければ医者にも手の施しようがない。ここが彼にとっての正念場だ。

……もう一人は駄目そうだ。四肢が変な方向に曲がっている上に、さっきから全くと言っていいほど動いていない。せめて即死であって欲しい。自分が損なわれていくのをはっきりわかった状態で死んでいくのは、とても恐ろしいのだから。

「俺と総悟が行く。桜ノ宮は飛口を頼んだ」
「了解」
「土方さんと一緒ってのが気に食わねェが、分かりました」

嬉しそうに写真を見せてきた飛口さんを思い出す。妻に先立たれて呆然と棺を見ていた父親の背中も。父親が残ったから自分達は生活に困らなかったけれど、このご時世未亡人になるとかなり苦労する。できれば誰にも死んで欲しくなかった。

「行くぞ」

安全ピンとレバーを外してから投げるまでにラグがあるのは、こっちに投げ返される事のないようにだ。手榴弾が飛んで、カランと落ちると同時に炸裂音と悲鳴が通りに響いた。銃声が止んだのを合図にそれぞれの遮蔽物から飛び出していく二人。何かにつけて喧嘩する印象の強い二人だけど、こんなときだけは息がぴったりだ。手榴弾が炸裂しても何人か無事だったのがいたのか、男の野太い悲鳴が上がり、それっきり静かになった。

敵意を探る。……なし。出ても大丈夫だろう。

「飛口さん、大丈夫ですか」

まず、生命の危機にあって人間は凶暴になって治療する人間を襲ってくることがあるので、危険物の排除。要救助者に斬られるのはただの間抜けだ。それから手早く止血。そして点滴。最後に副木。後の処置は病院で。ズルズルと彼を引きずって路地のゴミ箱とゴミ箱の間に隠す。これで万が一第二波が襲ってきてもすぐには死なない。

「よし、これで一安心だ。あとは救急車が来るのを待つしかないですね」
「先生、帰れますか。俺は娘とかみさんが待つ家に」
「帰れますよ。大丈夫」

市民の方を確認する。総頸動脈も撓骨動脈も触れない。呼吸なし。対光反射消失。瞳孔散大。こちらは、家族の待つ場所には帰れないようだ。パトカーの陰まで運んでから、そっとヘルメットを外し、まぶたを閉じさせて、白いハンカチをかぶせた。手を合わせて立ち上がる。風がない夜だ。飛んでいくことはないだろう。

もう一度飛口さんの様子を見に行くと、6時の方向、つまり路地裏の奥から嫌な感じ。立ち上がって振り返ると、ニヤニヤと笑う浪士共がいた。

「ここいらは通行止めだよ。あっちに用があるなら別の道使ってもらおうか」
「黙れ幕府の雌犬がァ!!」
「貴様のような者がいるからこの国は細っていくのだ!」

あくびが出そうなくらい聞き飽きた決まり文句。刀の構えは五流。銃の構えは話にならない。数だけはいっちょ前。これじゃ刀や銃が気の毒だ。だが、そんな連中でも、後ろの彼には十分な脅威だ。副長に頼まれたからには最後までやり遂げなければ。抜刀する。構えて睨むと男達の手が震えた。呆れた。度胸もない、と。

「誰であろうとここは通さない」

踏み出して、その勢いで壁に体当りした。ゴミのコンテナの影に隠れる形になった。さっきまで自分がいた地点に銃弾が跳ねる。とっさに回避できたけれど、銃声がほぼ聞こえなかった。サプレッサーと亜音速弾の合せ技か?

……なるほど、こっちが本命だったんだな。見上げると、狙撃手のスコープが月明かりに反射した。距離的に全く歯が立たないな。野郎共の哄笑に眉をひそめる。

「次は骨盤を砕くぞ!」

骨盤。骨髄があるため骨折すれば出血量がとても多いが、応急処置しにくい箇所だ。ここを撃たれればよっぽど上手く処置しないと死ぬ。

「餌の分際で誇らしげにするなよ」
「なにっ貴様、自分が置かれている状況が」
「わかっていますとも」

刀で飛来した亜音速弾を弾き、一番手前にいた奴に手を伸ばして捕縛し、素早く男で射線を遮る。これなら万が一撃たれても死ぬのは野郎の方だ。さっきので弾もわかった。初速が亜音速ならそこまでエネルギーも大きくない。初速が下がった分は弾頭の重量でカバーしているのだろうが、近すぎれば十分な速度に達しない、つまりエネルギーは小さくなる。エネルギーが小さいイコール貫通力は小さい。結論、盾があればあまり怖くはない。自分の挙動を読めない程度じゃ腕も知れてる。ジリジリと後退を始める。さて、どう出るか。

「き、貴様、人質を取るとはそれでも侍かッ!」
「国のためだ何だと言いながら、何の罪もない市民を巻き込んだ外道にだけは言われたくない!」

男共がいきり立つのを遮るように、「全くでさァ」という緊張感の欠片もない声がした。その声とほぼタイミングを同じくして、頭の上を何かが通過する。バズーカの砲弾だな。赤い発射炎が煙を撒き散らしながらビルの屋上、狙撃手の元へと一直線に駆けていく。そして着弾した。弾薬が炸裂し、衝撃波と耳をつんざく轟音が路地裏を走り抜けた。

「挙げ句女ひとりによってたかって情けねェや。全員逮捕な」

煙の向こう側から、狙撃銃が落ちていく。驚異は排除されたとみなし、用済みとなった肉盾を望み通り仲間の元へ蹴り飛ばした。今度は頭の横を砲弾が通り抜けて、後ろに飛び退ったあたしを吹き飛ばす爆風が襲いかかってきた。

「ありがとうございました、沖田さん。でも一つだけ言わせてください。危ないじゃないですか」
「大丈夫でさァ。巻き込まれたのは土方さんだけですぜ」
「あら、大変。バックブラストで黒焦げです」

煙草まで黒焦げにされた土方さんは完全にお冠だ。可哀想にアフロにされちゃってるけれど、沖田さん追いかけ回せるなら多分大丈夫かな。でも気管がやられてるかもしれないから後で検査しないと。

「一番隊隊士一名が負傷。単車の運転手一名が死亡、か」

飛口さんの様子は大丈夫そうだ。浪士共は再起不可能だし、こっちの安全は確保された。助からなかった人もいるが……。悔やむのは後でもいい。救急車を手配して、他の隊士の状況も聞かないとな。他にもけが人がいるのなら、自分の出番はまだ終わらないのだから。

通報を終えて電話を切っても、例の二人は未だに喧嘩していた。

「副長!被害の方どうなってるんですか!?他の検問所はー!?」

元気に追いかけっ子に勤しむ二人に声をかける。そんな自分を丸い月が見下ろしていた。
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