夢か現か幻か | ナノ
Green wall
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実戦配備は不可と判定されたものの脚はほぼ回復した。よって晴れてめでたく退院となり、久方ぶりに屯所の医務室に戻った。そしてケビントの件とか溜まっていた仕事を片していたらあっという間に食堂利用時間さえ過ぎていた。空腹を訴える身体を栄養補助食品で宥めすかして眠ったのが昨日の話だ。たった数ヶ月といえどここを空けていたので少し状況が知りたい。なにか変わった事がないか、知っておくべきだと思ったのだ。といっても一応岩尾先生も引き継ぎやってくれたし、なんかあったら近藤さんや土方さんが言ってくれるとは思うんだけど。

念には念を入れる。百聞は一見にしかず。仕事もある程度カタがついた事だし、屯所を一回りしてくるか。あいも変わらずな引き戸を無理やりこじ開けて、医務室の外に繰り出した。

真っ先に気付いたのは医務室前の縁側の庇から地面の少し離れた場所に伸びるネット。縁側に差し込む日光を遮るような形でネットが張られていた。緑色のネットに絡んでいるのは、葉の形がどこかサツマイモに似た植物。日本人には馴染み深いものだ。小学校の観察日記の対象として選ばれやすい朝顔。よくある緑のカーテンだ。

「なんでここに朝顔?」
「岩尾先生は、俺達がよく見る朝顔とはちょっと違うって言ってたぜ」
「ああ、そうなんですか」
「育ってからのお楽しみだってよ」
「はあ。いつから植えたんでしょう」
「種まいてたのは確か5月の連休中でィ。クソ忙しい時に庭いじりしてたからよく覚えてる」
「沖田さんはどうせ昼寝でしょうが」
「植えたのはじーさんの癖に世話はなんでか隊士にやらせてたんで、次からはすみれさんがやってくだせーよ」

あの人、医務室の仕事は最低限しかしてなかったのに、変な所で凝ってるな。まあ悪いものではなし、別にいいんだけど。植物の世話なら自分にもできるだろうし、何より花が咲いたらきっと綺麗に違いないから。

「丁度いい日陰ができそうなんで、あのじーさんには感謝してますぜ」

確かに。5月に種をまいてこれはかなり育つ植物のようだ。サツマイモとかだとツルばっかり増えて芋が増えないツルボケという現象もあるそうだから、これがそういうのじゃなかったら花もいっぱい咲くんだろうな。確かツルボケを起こす原因は日照不足か水分過多、あとは窒素過多だっけか。

緑のカーテンが作るまだささやかな日陰が突如拡大した。紫煙が香る。喫煙所でもないのに吸ってる人はこの屯所でもそう多くない。

「ああ、あのジジイのおかげで俺も、サボり魔を簡単に補足できるわけだ」
「かげだけに?」

予想通りの人物の声がした。土方さんの低い声は梅雨の合間の晴れをも陰らせてしまいそうだ。その声に適当に合いの手を入れると、「やかましいわ」と一刀両断された。

「山田くん、すみれさんの座布団全部持ってってくだせェ」
「だれが山田だ」
「土方さんには十分すぎるってもんでさァ」
「お前落語好きだったよな。総悟贈ったら師匠喜ぶかな」

ちゃき、と刀の切っ先を沖田さんに向けるその顔には冗談の色が一切見えない。普段以上に沸点が低くなっている。これ相当キテるな。

「一体何用で沖田さんを探していたんですか?」
「始末書だよ。オイ総悟、上津茶屋全壊についての始末書出しやがれ。書いてないなら今すぐ書け」
「ああ、いつもの」
「つー事で、総悟、今度という今度は――」

土方さんの言葉が最後まで言い終わらないうちに、沖田さんはあっという間に逃げ出した。もう角の向こうに姿を消している。沖田さんさえその気になれば、宇宙が狙えそうな走りだった。

「速いな」
「感心してる場合か!!総悟!話は終わってねェぞ!待ちやがれ!!」

土方さんも負けず劣らずの速さで縁側を駆け抜けていってしまった。今日も二人は健康そのもののようだ。よきかなよきかな。

朝顔とは少し違う、か。確かに、朝顔ってツルに毛が生えてるんだけど、この朝顔っぽい何かには毛がない。その代わりに茎には棘が生えている。特徴のある植物のようだから、インターネットで調べたら一発で出てきそうだけど、それはなんか違う気がするな。咲いたら先生のネタバレがあるだろうし、それまで待ってみるとしようか。

男の悲鳴。地面を揺らす爆音。黒煙が空を汚す。これはアレか。どうせ沖田さんあたりがバズーカを発射して、それに誰かが巻き込まれたんだろう。

いつもの光景だけど、けが人が増えるのは良くないな。ため息をついて、患者を出迎えるべく探索を中断して医務室に戻った。
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