実験の正式名称、
赤泉 計画。実験の目的、不老不死の獲得。
方法1、人格の完全なコピーの作成による疑似的な不死の獲得。
方法2、大元がアルタナの影響を受けて出現したと考えられるため、龍脈を流れるアルタナを注入し不死者を作成する。
結果、方法1ではこの世界線からのコピーはことごとく失敗。また、コピー元との同一性の保持に失敗するケースも散見された。
方法2では、アルタナ注入後の被験体の挙動に規則性を見いだせなかった。中には人の形さえ保てなくなったものもいたという。
考察、方法1は魂の転写に耐えうるのは異世界の死者のみであると考えられる。
方法2は大元が特質を獲得した条件が不明であった事に起因すると考えられる。つまり大元の条件の再現は困難を極める。
結論。方法1も方法2も不老不死の手段足り得ない。
報告書をざっと流し読んで、医務室のデスクに資料を放り投げた。本当にくだらない話だ。それに巻き込まれ本人の意志なんてまるっきり無視されて生み出された挙げ句殺されるなんて、なんて酷い。自分だって一歩間違えれば殺されていた。……早希ちゃん。
「赤泉計画の脱走者は二人。時系列順に、一人はあたしで、もう一人は和田。和田が逃げ出した事が直接的な原因となって計画は破棄。実験に関わった人間は全て処分」
それにしても、やっぱりあの夢マジで実験の記憶だったのか。パソコンの画面をちらりと見て、動画を止める。サルベージしたデータはかなり損壊が激しいが、概ね前に見た夢と合致した。
逃げ出したオレンジ色の液体は、間違い無く自分だ。
重ね重ね酷い話だ。『処分』された者の中には天人の幕臣が含まれている。不老不死なんてそんなに欲しいものだろうか。人間にせよ天人にせよ、時間が限られているからこそ、証を残そうと、強く輝くものではないのかしら。
季節が巡っても変わらないように見える星にさえ、その輝きには必ず終わりがある。永遠の輝きなんてどこにもない。
不意に思い出した。土方さんを星になぞらえた事を。土方さんという一つの生命に終わりがあるのは分かりきっている。あたしとしては、できればその終わりが穏やかであってほしい。土方さん個人はそう思っていなさそうなのが困ったところだけれど。
真選組という名の輝ける星も、いつかは終わりが来るのだろうか。……考えるまでもない。浪士がひとり残らず居なくなってしまえば、浪士を討ち取るために組織された真選組の目的もなくなる。そうなれば、残された自分達はリストラされるか、他の警察に再就職するかのどっちかだろう。事の帰結によっては切腹かもしれない。一番最後だけは勘弁して欲しいな。
警察に仕事がないのが、曲がりなりにも警官である自分達にとって一番の功労賞だ。それは理解できている。しかし、同じ夢に向かって剣を掲げて走ってきた真選組がばらばらになってしまうのが悲しい。野郎共の巣窟は思ったよりも居心地が良くて、楽しいんだ。
先の事を考えても仕方がないな。こんなのを鬼の副長に話したら、笑われかねない。その前に自分にできる最善を尽くさなければ。どんな終わりを迎えても笑えるように。
自分に今できる事は……そうだな、やっぱり衰えた体力を取り戻す事だろう。よし、自主トレーニングだ。
着替えてから林の中で丸太を振り回していると、「探したぜ」と声をかけられた。顎から滴る汗を拭いつつ振り返ると、片手にヤカンをもった土方さんが木にもたれかかっていた。もう片方の手には竹刀がある。ちょっと嫌な予感がする。
「ったくまた辺鄙なところを……」
「よく見つけましたね。屯所の外なのに」
「医務室に居ないんなら、人気のない場所で稽古してんだろうなと思ったんだよ。あとは虱潰しだ」
よく分かっていらっしゃる。3年も顔つき合わせていればなんとなく分かってくるか。
「ほら飲め。雨に打たれたみたくなってるぞ」
「ありがとうございます」
突き出されたヤカンの中のお茶をありがたく飲み干す。美味しい。体に染み込むようだ。
「稽古つけてやろうか」
「嫌だって言ったら」
間髪入れずに竹刀が飛んできた。辛うじて躱し、立て掛けてあった竹刀に飛びついて迎え撃つ。
「嫌だって言っても止めてくれないなんて酷いです」
「嫌よ嫌よも好きのうちって言うだろ」
「嫌なものは嫌なんですよ、残念な事に」
「減らず口、を!」
休憩もつかの間。迎えに来たはずの沖田さんも巻き込んで延々と打ち合いを繰り広げていた。
*
打ち合いでブチネコのような顔面になった桜ノ宮は、箸を手にして船を漕いでいる。手つかずのさばの味噌煮が横からかっさらわれていく。犯人は言うまでもない。そいつはしれっとした顔で他の具材もむしり取っている。
「総悟、盗み食いもそのへんにしておけよ。桜ノ宮も食事中に寝るな」
「うっす……」
こうしていると昔の状況そのままだった。桜ノ宮に稽古をつけたばかりの頃は、こうして食事中にも眠るほど疲れていた。
「こりゃしばらくの間は稽古だな」
自分の声に笑いが混じっていたのが気まずい。咳払いをして釣り上がりそうになる口角を誤魔化した。
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