夢か現か幻か | ナノ
Y's Melancholy 2
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(32話の話)

真選組監察生活……何日目だっけ、まあいいや。真選組監察生活ウン日目。俺は味気ない食事ばかり提供される食堂から逃げ出し、屋台のラーメンをすする。化学調味料の味が味覚に幸福をもたらす。

異変はラーメン屋から帰ってきて、宅配便の兄ちゃんからやたら遅い配達物を受け取った事から始まった。クール便のそれはすみれ先生宛のお荷物だ。品目は食品。宛名は、誰だろうこれ。ん?妙だな。すみれ先生は岩尾家に居候している。だから、食品のクール便であれば、岩尾家に届けられるはずだろうに。

訝しく思った俺は、荷物をX線にかける。幕府を護る剣たるものが集う真選組屯所は、常に攘夷浪士達の攻撃対象だ。爆発物や毒物が届けられる可能性はあるし、過去には炭疽菌が送りつけられた事もあった。よって、届け出のない荷物は、いや届け出があっても荷物はすべてX線にかけて中身を精査する。……だからちょっと恥ずかしいものとかは私書箱を設置するなりして隠匿する必要があるのだけど、それはさておき。

ターミナルの手荷物検査のようなベルトコンベアに届いた荷物を乗せて、機械からくりを動かす。

映っていたものを見て、俺は己の目を疑った。ディスプレイには、白い骨が写り込んでいた。小型の小動物で、おそらく猫だ。恐るべき事に、四肢がバラバラに切断されている。白黒で骨だけの画像とはいえ、目を覆いたくなるような光景だ。

異変を察知した隊士達がなんだなんだと集まってくる。そして、検査結果の画像を見て一様に口元を押さえた。俺は、独断で荷物を検める事にする。これを開けるのは先生であるべきなのかもしれないけど、この画像を見る限り、先生には酷かもしれない。

予想通り、中にいたのは一匹の猫だった。黒い毛皮はかわいそうにぼろぼろになっている。まだ鼻先が平たいから、若い猫なのだろう。真っ先に目を引いたのは、バラバラに切断された足と、毛皮にある白っぽい粘液のようなものが乾いた痕跡。その白いやつは彼女がいない身の上には馴染みがありすぎるもので、これを送りつけたやつの感性が伺えた。隊士の一人が厠に直行した。無理もない。これは惨い。可能な限り手を触れないようにして、持ってきてもらった一眼で猫の死骸を撮影していく。何の罪もない小動物をこうするなんて、下手人の神経はどうなっているんだろう。

そこに、先生と副長達が帰ってきた。

「なんだァ?仕事はどうしたてめーら」
「あ、副長!それが、ついさっき、すみれ先生宛に」

先生の顔が訝しげにひそめられた。やっぱり彼女に荷物の心当たりはないらしい。「先生、気をお確かに」という言葉に彼女は一度頷いて、ダンボールに手をかけた。副長と沖田さんとすみれさんが覗き込んで、全員が眉をひそめた。

「動物愛護法違反だな。撮影は済んだのか」
「勿論です!」
「先生、アンタ誰か心当たりは?」
「思い浮かべている人は同じだと思いますよ」

先生は猫に手を合わせると、丹念に猫の死骸を検めた。そして、何かに思い至ったのか、空気が明確に変わる。

討ち入りの時、たまに見せる殺気だった空気。俺は、昔見た、すみれ先生に『先生』という肩書が付いていなかった頃を思い出した。

そう、あれは初めての討ち入りの話だ。階段下に転がり落ちた浪士を見下ろす彼女の目は、切った張ったが日常の俺でもゾッとするほど、昏い目をしていた。原田のとこのやつが話しかけたら一瞬でもとに戻っていたけれど。

そっと覗き込んだ彼女の横顔は、その時と全く同じものだった。この人が何を思ってあんなに苦労して真選組の一員になったのか、俺は知らない。けれど、この人が戦う事を決めたのは、この人にこんな顔をさせる元凶が、一因じゃないのか。

「下の方に紙があります」

先生の後ろで押し合いへし合いしつつ、一緒になって黒い毛まみれになった紙片を覗き込むと、明後日の夕刻に当たる時間と、天人がやってきた頃に掘られた古い手掘りの隧道の名前が記されていた。その昔、捕虜になった攘夷志士達を酷使して掘ったといわれている戦争犯罪モノの隧道だ。古い過ちを隠滅するかのように新道を作り、近く完全に封鎖してしまうとと記憶している。

「あの人ですね」
「この隧道っていったら、天人が来たばっかの頃に掘られた奴ですぜ。新道もできたし、狭いし、崩落の危険があるってんで、直に通行止めになるっつー話でしたが」

どうにも臭えな、と副長は鼻をつまみながらそう漏らした。死臭が臭ってきていたし、この文面から漂う胡散臭さの事も言っているのだろう。副長の胡乱げな言葉にそれがよく現れている。

「なんにせよ、こうして公衆の面前で、それも名指しで喧嘩売られましたし、受けて立ちますよ」

手袋を脱ぎつつそう言った彼女の顔はやけに晴れやかだった。なんか、腹決めちゃった感じの顔だ。こういう時の彼女はこれっぽっちも言う事を聞いてくれないのを俺達はよく知っている。同時に、こんな顔の彼女は、絶対に折れないのも。副長は彼女のその面に時には安心し、時には困らされてきた。今回は前者だったらしい。副長も不敵な笑みを浮かべている。

「野郎に声掛けられてた時はどうしたもんかと思ったが、イイ面してんじゃねーか」

先生はちょっと意外そうな顔をして、そして何かを言いかけ、照れたように止めてしまった。副長の温い視線に気づいてそっぽを向いたかと思うと、俺達のニヤニヤ顔に気がついてぐぬぬと天井を睨む。それがおかしくて、俺達揃って笑ってしまった。

「解剖と、体毛についたのを採取して鑑定したら寝ますか」
「寝る前に報告書もってこいよ」

しれっと報告書を後回しにしようとする彼女に副長が釘を差した。気のない返事が帰ってくるのにも慣れっこだ。

「おい山崎、その猫鑑定室持ってけ」
「俺ですか……」

でも俺にお鉢が回ってくるのは勘弁して欲しい。下を向いてため息をつこうとして、抱えたタンボールの隙間を覗きかけて止めた。

*

すっかり夜も更けて、死体送付騒動で賑わっていた屯所玄関には誰もいない。俺はちょっと目が覚めて厠に立つ事にした。

ボソボソと聞こえる声。副長と局長だ。どうやら屋根の上で密談中らしい。議題は同じく屋根に上っているらしいすみれ先生と沖田隊長について。位置的に先生達には丸聞こえだろう。聞こえないと思って会話する局長らと聞こえてる沖田隊長達、その対比がおかしくて、こっそり聞こえないように笑った。
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