夢か現か幻か | ナノ
Bona fides
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薄暗いラウンジで煙草を吸いながら、ぼんやりと考える。

久しぶりに行きつけの静かな定食屋で酒を飲み、気分よく酔っ払って街を歩いていた。経緯はどうあれ休みは休みだ。どう消費するかと思いながら街を歩いていたら、不意に女の泣き声が聞こえてきた。路地裏からだ。

普段の俺なら泣き声をスルーしていた。泣いている女を使ってこちらの気を引いて、死角には刀なり棒きれなりを振りかぶった男が立っている。そんな事がたまにあるのだ。だが、今日、俺が聞いた泣き声は、聞いているこちらまで不安に駆られるような、そんな泣き声だった。気がつくと泣き声が聞こえる路地裏に足を向けていた。

下を向いて泣いている女の顔は分からない。だが、プリーツスカートから覗く足は子鹿のように細く、女はまだ幼いのではないかと思わせた。女は俺が横に立っているのに気づかない。だから、声をかけた。えらく生意気な返しをされ、本気で立ち去ってやろうかとも思ったが、ガキのメソメソに背を向ける気にはなれなかった。

警察だから。そんな言い訳を誰ともなしに繰り返しながら、表通りにクソガキを引っ張り出した。その時に始めてガキの顔をみた。

年は13かそこら。身長はその年の女だったらそんなもんだろう。ネオンに照らされた顔は色白で可愛らしさが全面に押し出されていた。一部の男共が好きそうな顔立ちだ。だが俺はこの女にどことなく総悟と同じ雰囲気を感じ取った。きっとこの女は見た目通りじゃない。それが性格かなにかは分からなかったが、騙されるとエライ事になりそうだと直感した。

……果たせるかな、女は13歳などではなかった。本来の年齢は17歳、最早詐欺といってもいいと思った。でもまあ確かに、胸のあたりは妙に大人びていた。顔を埋めてみたい、真っ先に浮かんだ感想だ。流石に実行に移したりはしない。誓ってもいいが、俺ァロリコンじゃねェ。手を繋いだりはしたが、決してそんな意図があったわけではない。確かに「そう」見えてしまいそうな光景であった事は否定しないが。だが、断じて俺はロリコンじゃねえ。

とりあえず、―恩を売った相手がいて融通が効く―ホテルに転がり込んで、改めて女を見た。ポーチに呆然と立ち尽くす女はどこかちぐはぐな雰囲気を漂わせている。それは年に釣り合わない顔と不釣り合いな肉体のせいだけではない。具体的に何処かはわからないが、根本的なところが釣り合っていない。警察官としてのカンだ。からかわれて顔を真っ赤にするくらいにはそういう事に耐性はなさそうだが、所々での切り返しをみるに頭は回る部類だろう。だが、いくら頼るものがいないにせよ見知らぬ男にホテルまでついて行くのは度胸があるっつーか、後先考えないっつーか。この女に失うものがないのかもな。

女は、写真ばかりが載った本を俺に見せてきた。写真はどれもこれも、白黒で、でも確かに作り物とは違う男達の生活が写されていた。そして、どういう背景であの写真が撮られたのか知らない俺にも、胸に訴えかけてくるものがあった。俺が知る限り、あんな写真はどこにも無かったし、どこの本屋にもあんな本は売っていなかった。出版社も知らねェ。
別世界からきた。改めて考えてみると、アイツのキテレツな言葉が急に真実味を帯びてきた気がした。なんてこった。

別世界云々も気にならないわけじゃねェが、アイツが刺された理由も気になる。

多分、アイツは自分を刺した相手をよく知っている。だからこそ、自らの死をあっさりと受け入れたし、自分が恨まれている事も熟知していた。自分が死んだ場面を思い出した時のあの過呼吸は……。

俺はそこまで考えて、吸わないままに短くなってしまった煙草を灰皿に押し付けた。我ながら勿体無い真似をした。

もういい。アホくせェ。なんで俺が見知らぬガキの面倒を見なくちゃならねーのか。俺はもう一本煙草を取り出して、火を付ける。だが、一向に吸う気にならなかった。あまりにも考える事が多すぎる。

薄暗い路地裏でべそをかくアイツを拾ったはいい。問題はその先だ。あの娘を、一体どうすりゃいいんだ。あの分だと戸籍もあるかどうかも怪しい。あいつを庇護する者はおそらくいない。あの警戒心の薄さを見る限り、自分を一時的にせよ救うと考えれば、たといどんな悪漢だろうが、ついて行ってしまうだろう。下手に放り出して面倒な事――誘拐、暴行、窃盗……例を挙げればキリがない――に巻き込まれてもらったら、困るのは警察である俺だ。

だが、放り出さないにせよ、あの娘を幕府にどう報告すりゃいいのか。まっさか書類に『別世界からきた小娘』だなんて書けるわけがねェ。そんな事したら俺ァ気狂い扱いで総悟あたりに介錯されちまう。もしくは、アイツが幕府の連中にいいようにされるか。後者なら俺には関係ねーから別に構いやしないが、前者はごめんだ。

とはいえ……。考えかけて、また、短くなった煙草を灰皿に押しつぶした。いらだちを紛らわせようと頭をかいたが、そんなもんじゃ到底収まらねェ。

ああ、頭痛ェ。

やっぱり、近藤さんの言葉は無視するべきだったかぁ?

――「トシぃぃぃ!お願いだから、もう休んで!!三日ぐらい休んで!お願い!お前が休んでくれるなら、俺ゴリラでも何にでもなるから!!」

そんな近藤さんの意味はよくわからねーけど、とりあえず必死な事は伝わってくる言葉を聞き入れて、ふらりと屯所を出たはいいが……まさかあんなのを拾っちまうとは。

あーーーーーもう馬鹿馬鹿しい。考えるのももう馬鹿らしい。

こんな時はさっさと風呂に入ってしまうか。温かい湯につかれば、少しは頭の血の巡りもよくなって、ちょっとはマシな案が浮かぶだろ。ああ、その前に、あのガキの服を買わなくては。まっさかあの血まみれのセーラー服でお天道様の下を歩かせるわけにはいかねえ。

俺は結局煙草をまともに吸う事なく、ラウンジを後にした。

*

女物の服を某安売り店で買って――店員の奇怪なものを見るような視線が痛かった――部屋に戻ったはいいが、部屋を出る時には窓際にいたアイツの姿が見当たらない。

瞬間的に『敵前逃亡』の四文字が浮かんだ。部屋をざっと見渡して、そういえば風呂を沸かしていた事を思い出した。ほっと息をついた直後に不安材料が浮かんできた。気丈に振る舞っちゃいたが、今のあのガキはかなり不安定だ。風呂のアメニティの中には剃刀があった。それに、タオルか何かをシャワーヘッドにくくりつければ首吊りだって出来る。膝がつくような高さでも縊れる事は出来る。以前見た首吊り死体がふと脳裏に浮かんだ。あまりに鮮明な記憶に冷たい汗が額を滴り落ちる。

――オイオイ。厚意で提供された部屋で死体とかシャレになんねーぞォォ!!

急いで風呂場に飛び込むと、水面に真っ黒な頭が揺らいでいた。俺は何かを叫んでアホを引きずり出す。

あいつは少し驚いた表情を見せたものの、すぐに生意気そうな表情に変えてすっとぼけた。

「やだなあ。勝手に女性の入浴中に立ち入るなんて」
「お前、死ぬ気か」
「……まさか。でも、正直もうどうだっていいって気分ではありますよ」
「…………」

俺は女を無言で睨みつける。その視線を受け止めた女は肩を竦めた。こちらが睨んでも怯えないあたり、元々物怖じしない性格なのだろう、いや、いっそのことふてぶてしいととるべきか。この腹立つ態度といい、うっかり騙されそうになる見た目といい、どこぞのドSに少しだけ似ている。あいつに会わせたら案外気が合いそうだ。いや同族嫌悪という言葉もあるし喧嘩するか?そう考えながら、着ていた服を脱衣場の洗濯物入れに放り込んでいく。

「……フツーここで脱ぎますか?」
「文句あんのか」

女は無言で首を振って顔を天井に向ける。チラチラと出入り口を見ているが、残念ながら唯一の退路の前には俺がいる。それは女も分かっているのか、ため息を一つついて入浴剤の袋の文字を熱心に読み始めた。いや、正確にいうならば、読むフリを始めた、か。鏡を介してこちらを見ている事なんざお見通しだっつーの。

*

逃げ場がない。まあ、あんなことやってたら、そら、監視が必要って判断されるわな。……でも、あたしには自分で死ねるような勇気はない。それが出来るのならとっくの昔にやっていた。ここだけはあまり誤解されたくないから、折をみて土方さんに言っておかなくては。

あたしは土方さんが、するすると着流しを脱いでいくのを鏡を介してチラチラと見ることしかできなかった。筋肉質な上半身のところどころに刀傷と思しき古傷がある。こっそりと傷跡を目でたどっていると鏡ごしに確かに目があって、土方さんがふっと笑った。路地裏であたしの手を引いた時の笑顔とはまた違って、からかいの色が強い笑顔。お風呂でのぼせるのとはまた違う熱が顔に集まる。

「男の裸を見んのはハジメテか?」

しまいにはおちょくっているかのような――ううん、確実におちょくってる――発言までしてきた。また、羞恥で顔が赤くなった。……なんか、この人の前だと、からかわれてばっかりのような気がする。からかわれるのは、正直、苦手だ。この人相手にからかわれると心の底まで見透かされているような、そんな気分になるから尚更苦手だ。

「初めてでなんか文句あるんですか」
「いや。……真っ赤になっちまってんな」
「うるさい!もう上がります。お先に失礼しました!!」
「待てよ」

自分の格好のことは完全に失念していた。とりあえず恥ずかしくて逃げたくて、派手な水音を立てて浴槽を飛び出して、土方さんの隣をすり抜け――られない。あたしの二の腕を土方さんの大きな手がつかんで離さないからだ。あたしは無言で彼の手を振り払おうとしたけれど、できなかった。

「……なんですか」
「善意で提供された部屋で死人がでちゃあ俺の責任になんだよ」
「もう変なことはしません。……だから離してください」
「生憎俺は警察でね、前科がある奴は疑う習慣が身についちまっているのさ」

あれはちょっとした気の迷いだ。自分のことはどうだって良かったのは確かだ。でも別に本気じゃない。ただ、確かめたかった。何を言っているのか自分でもよくわからないけれど、とにかく、死にたかったわけじゃない。

あたしが下を向いて唇を噛んで黙っていると、不意に手が離された。思わずよろけるあたしに、洗濯カゴの中のタオルが被さってくる。

「下着は買ってあるが、今の所はワイヤー入りのブラジャーは勘弁してくれ。明日ちゃんとしたやつ買ってやる。服はアメニティの中にパジャマがあった」

言われた言葉の意味がわからずぽかんとしていると、土方さんの手があたしの濡れた髪をぐしゃぐしゃと乱した。そっぽを向いた彼の耳がほんの少し赤いのは酔いのせいか、それとも。

「……もう妙な真似はするんじゃねーぞ」
「はい」

小さく呟かれた言葉は、きっと、あたしを心配して言ってくれたもの。脱衣所を出る前の「ありがとうございます」が、捻じくれたあたしに述べられる精一杯の謝辞だった。

買ってもらった下着をつけ――彼がこれを買ったと思うと少しおかしかった――、服を着ながら、土方さんのことばかり考えていた。

あんなことをする人だけど、きっと、彼なりに心配してくれていたのだと思う。その不器用な優しさが、彼の親切につけいることしかできない身には少し、苦しい。

彼の下心の有る無しはともかく、珍しい人だと思う。だって、普通こんな小娘の為にこんな豪華な部屋とったりしない。道中にはいかがわしいホテルだってあった。それなのに彼は、決して安くないであろう、ひょっとするとこの界隈のホテルの中でも一番高いかもしれない部屋をとった。小娘に見くびられないための見栄もあったのかもしれない。けれどそれだけではないだろう。

何度か怖い雰囲気になったけれど、結局彼は手を出そうとしなかった。さっきなんて裸で飛び出してしまったのに。今冷静に考えると、あれは貞操を投げ捨てるような行為だった。だけど、あの人は手を出さなかった。

なにかお返しができたらいいのに。そんなことを強く思ったけど、あたしには身寄り一つなく、財産と呼べるものはまさしくこの身一つしかない。多分、あの人はあたしに手を出す気はない。でもそれ以外に、あたしに何ができるだろうか。特技といえば、勉強と速読、手芸くらいのものだ。昔取った杵柄というやつは、ブランクが長いしなあ。積み重ねが物を言うことから年単位で遠ざかると、大変な後退だ。

いずれにせよ、一般常識がだいぶ違いそうなこの世界で、自分のスキルがどのくらい役に立つのか。コンビニ店員は経験があるけれど、これでこの先やっていけるのかというと。

考えているうちにあくびが一つ漏れる。体が温まって、ここが決して危険な場所じゃないって分かると、今度は眠気がやってくる。体が命じるがままにダブルベッドに飛び乗って目を閉じた。まどろんだのも一瞬だけで、あっという間に眠りに落ちていった。

*

また、あの夢だ。いつもの夢。あの日の追体験。結局、死んで世界を飛び越えても、過去の自分からは逃げられはしない。

ところが今日は少しだけ違った。普段は聞こえない声が聞こえた。低くて、無骨な、だけどどこか気遣うような声がぼんやりとした響きを伴って聞こえてくる。何を言っているのかは分からない。だけど、その声で一気に今まで脳裏に映っていた情景が吹き飛ぶ。ゆらりゆらりと覚醒に導かれて行く意識。

えっと、この人、誰だっけ……?

確実に知っている声だけど、とりあえず、眠い。もう少し寝たい。

意識がまた眠りに沈んでいくのを妨害するように、また声が鼓膜を震わせた。今度はさっきよりも少しだけはっきりとして聞こえる。でも、やっぱり何を言っているのかは分からない。

もう少し寝かせてよ。お願い、まだ眠いの。

その言葉に応じるようにまた鼓膜が震えたが、やはり何を言っているのかまではわからない。しばらくすると、体がぐらぐらと揺れて、一気に意識が覚醒にまで引っ張っていかれた。視界に真っ先に飛び込んできたのは眉間にシワがよった土方さんの顔。肩には彼の手が置かれている。すると、声をかけてくれたのかな。なかなか起きないものだから、体をゆすった。なるほどね。

「あ、おはようございます。もう朝ですか」
「いや、お前が寝てから三十分も経ってねー……って言おうとしたハナから寝んな!」

飯だ飯!お前まだ食ってねーだろ!

その言葉に呼応するように私のお腹がきゅいと鳴った。そうだ。あたし、午前授業だったから、お昼まだ食べてないんだ。すぐさまベッドから起き上がる。土方さんの呆れたようなつぶやきは無視。現金で悪かったな。

「お部屋で食べるのですよね?さすがにこの格好で上の階のレストランは場違いですし」
「ああ。上じゃあ、俺もお前も間違いなく笑い者になるだろうからな」
「土方さんは大丈夫そうですけど?」
「あそこは羽織がねェと釣り合わねーよ」

そういうものなのか。それってかしこまった格好じゃないんだ。つくづく自分の不勉強を思い知らされる。そんなことを考えながら土方さんに手渡されたメニューを見た。よくわからない食材を用いた見知った料理名がずらりと並んでいる。……食べ物の好き嫌いは特にないけれど、ゲテモノを好き好んで食べられるようなチャレンジャーじゃない。

幾つか食べられそうな料理をピックアップして、食材について土方さんに聞いてみる。彼はどれも不味いものではないと言っているが、自分から聞いておいてすごく失礼な話だけど喫煙者の味覚がどこまで正確かはわからない。ある程度の覚悟を決めないと駄目そう。未知なるものへの期待が半分、不安が半分で夕飯を待った。

懸念していたほどのゲテモノは出なかった。高級ホテルにふさわしい見事な外観と味だった。ただ誤算だったのは、土方さんがもう夕飯を済ませてしまっていたこと。あと値段も素晴らしかったこと。それに気がついたのは注文を終えた後で、取り消すことはできなかった。食べないのかと尋ねても、もう食べたの一点張り。そのおかげで、ただっ広いダイニングテーブルに二人だけ、しかも差し向かいに座って自分だけが食事をする羽目になってしまった。非常に申し訳なかった。

なぜか食事中ずっと、土方さんはこちらを見つめているので居心地の悪さもうなぎのぼり。彼自身は睨んでいるつもりは毛頭ないのだろうけれど、目つき悪いからちょっと怖いですお兄さん。けど美味しかった。本当に美味しかった。気まずかったけれど。

「ごちそうさまでした」
「ああ」

美味しかったですと感想を言えばそうか、と返ってきた。そしてまた煙草を出そうとするので思わず苦笑してしまう。煙草が相棒みたいな人なんだろうなあ。笑っていると彼はひどく不機嫌な顔になった。

「土方さん、本当に食べなくてよかったんですか?」
「居酒屋で食ったからな」
「それお酒の肴じゃないですか」
「いーんだよ」

そんな食生活をしていると早死しますよ。あたしは彼にそういったけれど、ふっと鼻で笑われてしまった。あー、こういう人に限って生活習慣病にかかったりするんだよ。中学の保体の先生が言ってた。

「なんか言いたそうな顔だな」
「生活習慣病にかからないか心配です」
「……お前、世話焼きとか言われたことないか」
「まあ、年少の子がたくさんいたので」
「兄弟か?」
「兄弟ではないんですけど、そんなようなものです」

あたしがそう言うと土方さんは何かを察したのか苦いものを食べたような表情になる。……別に土方さんが気にすることもないのに。別に、あたしは。

「……悪ィな」
「いえ。あまり気にしていませんから」

ゆっくりと首を振って笑みを浮かべてみせれば、彼は痛ましいとでもいいたげな顔をする。そんな表情をしてほしいわけじゃなくて。

「そんな表情をしないでくださいよ」
「……そうだな」

重い沈黙があたしたちの間に横たわっていた。土方さんは何を考えているのか、鋭い双眸で眉間にシワを寄せて、あたしを睨みつけるように見ている。その鋭い視線は沈黙と相成って居心地の悪さを演出している。きっと本人には睨んでいるつもりは毛頭ないのだろうけど、いかんせんこの人は瞳孔開いてるし目つきも悪い。じっと見つめられると、恋愛とは逆の意味でドキドキしてしまう。

「なあ」
「はい」
「今更だけどよ、俺に会ったことはないか?」

そんなこと言われても、あたしは世界線を移動したことはこの一回ポッキリだ。こんな経験そう何度もあってたまるか。それに、こんな強烈な印象の人は一度会ったら忘れられないと思うのだけど。あたしが否定すると、彼は眉根を寄せて懐からタバコを取り出した。トン、と指先でタバコが入った箱を叩いて一本指に挟む。流れるような手つき。慣れた様子から、考える時の癖になっているんだろうな、と思った。だけどこの部屋、

「禁煙ですよ」
「あ」

土方さんが、しまったといった風情でタバコを咥えたまま固まる。どこか間の抜けた表情があたしにはおかしく感じられて、思わず吹き出してしまった。笑っている内に、頭を撫でた大きな手を思い出してしまって、少し泣きそうになりながら、笑った。
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