夢か現か幻か | ナノ
Spica part.2
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「おおーこれが先生の子供の頃。可愛いですね!」
「お菓子食べる?」
「おいここってお子様ディナーとか無かったっけ!?」
「おもちゃとかいるかな」

沖田さん土方さんに連れられて食堂に向かう過程でそれなりの数の隊士に目撃され、その度に笑いをこらえながら沖田さんが説明をしてと繰り返していたせいで、着替えてから食堂にたどり着くまでにそれなりに時間がかかってしまった。その間にこの姿の事は隊士達の間ですっかり噂になっていたようで、食堂に入るなり隊士達に取り囲まれた。そして冒頭の質問攻めである。

けれどまず一つ言いたい事がある。

「私、確かに見た目はこんなのですが、中身はちゃんと大人のままなんですよ?」

ちゃんと大人扱いして欲しい、と思っての言葉なんだけども、隊士の皆々さんには子供が一生懸命背伸びしての発言としか取られていないようで。「かわいー」って言えば何でも許されると思うなよ?

助け舟をと思って保護者もとい土方さんを仰ぎ見るけれど、彼は悪人めいたニヤニヤ笑いを浮かべているだけで、ちっともこっちを助けてくれない。沖田さんはそもそも戦力外。

あれ、あたしの味方いなくない?ひどくない?

「まあまあ、みんな。さっさとテーブルに着かせてあげなさいよ。さっきからずっとお腹空かせてる事だし」
「すみれちゃんは大人にサワラの西京漬け定食でさァ」
「だから中身は大人ですって……」

一応抗議するけれど、どうせコイツら人の話なんて聞きやしないんだ。いいよ知ってる。別に卓に並べられたのが定食とエジソン箸な事は気にしてない。うん、子供の手ってぶきっちょだもんね。下手に見栄はって大人用の箸使って事故るほうがかっこ悪いもんね。いや、それにしてもこれは凹むな。じっちゃんばっちゃんが紙おむつ嫌がるの分かる気がするわ。前までできてた事ができなくなるのって精神に来るもん。

でも解せない。なんで魚を綺麗に食べられただけで、こんなに周りがどよめくんだろう。近藤さんに至ってはなんか感動してるし。まさか本気で中身まで退行してるとでも思ってるんだろうかここの人らは。こんな時に誤解を解いてくれる人は、誤解を肴に酒を飲み始めている。オイコラどっからその酒持ってきた。気のせいじゃなかったらそのお酒、医務室のへそくりと同じ銘柄に見えるんだけど。

「沖田さん土方さん、人で遊んでませんか」
「面白いからなァ」
「つーかそのお酒、あたしのですよね」
「今のお前にゃ過ぎた代物だろ」
「眠ってる土方さんの顔面でゴキブリが這い回ればいいのに」
「なにその地味な精神攻撃」

しまった。恩人の命に関する事はあまり軽々しく口にしたくないからついぬるい事を言ってしまった。いい事を聞いたとばかりに隣の男が喜色を全面に押し出す。

「よし、後でゴキブリ捕まえて土方の顔面でリリースしようぜ」
「何言ってるんですか、沖田さんにも同じ事が起きればいいと思ってますよ」
「俺は逃げるからな」
「安心しろ。必ずとっ捕まえてゴキブリと一緒にあそこの松の木に吊るしとくから」
「うわー懐かしいですね。沖田さん吊るした木じゃないですか」
「嫌な事を思い出させるたァ、二人とも趣味がわりーや」

嫌な事を思い出したと言わんばかりに歪められた沖田さんのお顔を見て、少しだけ気分が晴れる。八つ当たり?いえいえ、助けてくださらなかったお礼です。

「というか、仕事はどうしましょう。診断とかはなんとかやりますが、こんなんじゃ討ち入りには参加できませんよ。書類の作成はできても能率はあの通りですし」
「お前の見立てじゃ丸一日で戻るんだろ?最初の頃はお前なしでもやってきてたんだ。ちょっと抜けたくらいじゃ何も変わらねェよ」
「ならいいんですが」
「信じろ。俺達の真選組を」

信じる、か。一番簡単なようでいて、一番難しい事だ。盲目的に信じればこの薄汚い世の中では失う一方だし、何も信じないで生きていけるほど人は強くない。真選組が近藤さんを要とする組織であるのと土方さんや沖田さんが欠けてはならない大黒柱である事は両立している。要はバランスなのだ。うーん、今回は、信じて、いいのかな。

「まあ、土方さんがそうおっしゃるのなら……」
「それでいい。という事で、近藤さんも心しておいてくれ」
「勿論だ。先生に迷惑かけんように俺達が頑張ればいいんだな」
「ああ、できれば志村邸やすまいるに行くのも止めてほしいんだがな」
「それは無理だ!俺は愛のハンターだからな!」

駄目だなこれは。何事か叫びながらおそらくキャバクラへと向かう近藤さんの背中を見ながらそう思った。

「ところで、お前一人で風呂入れるのか」
「入れますよ。まさかアンタ、本気であたしの事を子供だと思ってるんじゃないでしょうね」
「お前の中身は大人でも、ガワが子供だから言ってんだろ。溺れたらどうする」
「あたしの事も少しは信じてください」
「つってもなー」

テーブルに肘をついて食後の一服を楽しんでいるこの人は思案顔だ。沖田さんも彼の真似かそれとも対抗意識の現れかよくわからないけれど、団子串を咥えて肘をついている。

「一緒に入るとか言わないでくださいね」
「流石にガキのナリした娘に手ェ出すやつはいねーだろ」
「それ以前に、あたしの中身には変化がない事を忘れないでほしいのですが」
「男の裸なんざ見慣れてるだろ」
「あたしだって小便引っ掛ける専用の棒になんてこれっぽっちも興味ありませんよ。見られるのが嫌だって話です」
「先生、人前でそんな事いうの止めてくれませんか」

周りを見れば割と引いた目で見られていた。……なんで男の人って、女の人が清らかな生き物だと信じて疑わないのだろうか。そりゃ本当にこの姿形だった頃はまだ綺麗だったと思うけれど、今は見ての通りだ。あの頃とはかけ離れている。

にしても男性諸君には困ったもんだ。永遠の少女性なんて所詮幻想なのに、彼らはそれを信じたがる。しかも少女性を追い求めるその一方で大人としての良識を求めるのだから始末に負えない。それの両立は不可能だっつーの。

「じゃあ俺達が浴室の外で控えて」
「分かりました、分かりました。そんなにご心配ならば岩尾先生とこに帰ります」
「じゃあ俺もそっちで寝泊まりするかね」
「なんで?」

本当になんでだ。なんで土方さんアンタが岩尾先生のとこに泊まり込むんだおかしいだろ。なんとか言ってやってほしいので沖田さんを見る。上下する串は彼の思案している証だと信じたい。

「護衛。ジジイだけじゃ何かあった時にマズいだろ」
「先生、コイツぁ油断ならねェぜ。とんだペド野郎でィ」
「誰がペドだ!俺はだな」
「はいはいあたしが心配なんですね。もうお好きになさってください」

もう面倒くさい。好きにしろ。投げやりな気持ちで放り出す。

あたしも人の事は言えないけれど、この人もかなり頑固だ。どうあっても意見を変えてくれないのならこっちが折れるしかない。体が小さく脆いせいか、根性も脆くなったようで、正直付き合いきれないのだ。

*

「おおー、これがすみれちゃんの……こりゃトシが心配するのもよく分かるな」

先生はあたしの顔を見るなりそんな事を言った。真剣背負ってても駄目ですか。そうですか。

「だろ。中身はいつもの桜ノ宮だが、外側はこの通り、だ」
「そのケがある輩が食いつきそうな見た目だな。なあトシ」
「俺ァガキにゃ興味ねーよ。第一中身が、だな」

この通り、なんだ。何を言おうとしていたのか。そのケがあるってどんな人間だ。というか、なんか中身が駄目みたいな言われ方してない?性根が腐ってて悪かったな?いい子に育たなくて申し訳ないなクソ。

「つーことで風呂入るわ」
「マジで一緒に入るんですか?」
「なんだよ、文句あんのか」
「いや脱衣所かどっかで待ってりゃいいでしょ」
「寒ィんだよ」

抗議は聞き入れられず、ひょいと小脇に抱えられる。胃袋に血液が集中しているせいか眠いし、もういいや。屯所でもう好きにしろって言っちゃったし。もうどうにでもしてくれって。

適当にポイポイ脱いで浴室に突入しようとすると、散らかすなとお叱りの言葉を受けた。そういえば、忘れてた。おかしいな、普段ならこんな事忘れたりしないのに。首をひねっていると、服の脱ぎ方も覚えていないと思われたのか、ばんざーいと残りの着衣も脱がされる。

「自分でできますよ」
「片付けも忘れてるのにか」

指摘されてはじめて、自分がおかしくなってる事に気がついて、ぞっとする。まさかとは思いたいけれど、脳の発達度合いまで退行しているのか。不安に駆られて、否定して欲しくて顔を上げると、哀れみを含んだ目がすぐ近くにあった。その目だけでうっすら答えが分かってしまった。

「だから一緒に入った方がいいっつったろ」
「ずっとおかしかったんですか、あたし」
「子供の頃なんてそんなもんだろ。お前も想像できるだろうが、総悟だって酷かったぞ」
「それ土方さんが特別枠扱いでめっちゃ嫌われてるだけだと思います」
「だろうな。俺もアイツは嫌いだ」

あ、お互いそう思ってるんだ……。その割には近藤さんかあたしを巻き込んでよくつるんでるからてっきり奥底では、と思ったのだけど。いや、土方さんの事だし、案外?いや、そういうタチじゃないような、この人。うーん、男同士の事は全くわからん。考える事をやめた。

浴室で並んで頭を洗って、泡を落とす。短髪の土方さんと同じ速さで終わった。流し終えて、あれおかしいなと首を傾げた。

「ったくしょうがねェガキだな」

大きな手のひらが少しだけシャンプーを泡立てて、髪の毛を洗っていく。意外と優しい手付き。ただでさえ眠いのに、こうも優しくされると。気がついたら体まで洗われて浴槽で湯に浸かっていた。男の上に座ってるのは、気にしたら負けか。今の自分は子供の姿だし、何より眠いし。

「ん……」
「風呂で寝てるのは、実は気絶らしいぜ」
「それ聞いた事あります」

浴室は春の夜の肌寒さと湯気で満たされている一方で、湯は江戸っ子温度で結構熱い。この人あっついお風呂が好きなんだな。岩尾先生もそうなんだけど、大丈夫か。典型的タイプAかつマヨ狂いの喫煙者であっついお風呂が好きって、循環器やってぽっくり逝きそうだな。血圧差は怖いぞ。この人は呼吸器と循環器、どっちが先にイカれるんだろ。

「呼吸器と循環器、やるならどっちがいいんですか」
「何だいきなり」
「いいから」
「俺ァ近藤さんの隣で死ぬ」
「太く短く輝かしくですか」

ふと、宇宙の話を思い出した。高温の星ほど明るく輝いて、その分早く燃料を燃やし尽くし、爆発し寿命を終えてしまうらしい。そして、そのような星のスペクトルは決まって青だとか。……この人には赤よりも青が似合う。どんな星よりも強く輝いて消える青い星。

「その割にはよく一緒にいますよね」

言ってから、話が飛んだと気付く。慌てて、沖田さんの事嫌いな割にはと付け加えた。後頭部のお団子を胸板に押し付けてやると、くすぐったいと苦情が上がった。

「腐れ縁だ」
「ちょっとうらやましいです」
「アレがか?」

じゃあ代わってくれよ、とややうんざりした声音で言われても困る。羨ましいのはバズーカ向けられたり藁人形で呪われたりする事じゃないし。

「とにかく人間関係が希薄だったので、どんな形でも繋がりがあるのがいいなあって」
「今は違うだろ」

冷えた首にお湯をかけられた。血流が温められて、体に熱が戻る。

「今は、色々いるだろ。総悟とか、近藤さんとか、山崎とか、原田とか、終とか。万事屋の野郎や元入国管理局のオッさんともちょくちょく飲んでるって聞いたぜ」
「後の二人には集られる事が多いですけどね」
「だろうな。だからつるむ相手は選べっつったろ」
「こっちにつるむ気は無いんですけど、飲んでるとあっちから寄ってくるんですよ」
「そりゃ完全に目ェつけられてるな」

多分土方さんの指摘通りだ。飲み屋で出くわすまでは偶然だけど、その後金を払わされるのは支払い能力を当てにしているからだろう。おかげで飲みに行く時は自分が飲むよりも多めにお金を持っていく事が増えた。まあ、あの二人はそんなに飲めるクチじゃないし、一人で飲むよりは楽しいんだけどさ。

「ま、お布施だと思っときます」
「アレに恩売って何が帰ってくるんだよ。念仏唱えてくれるだけ托鉢僧の方がマシだ」
「まったくですよ。あ、そういえば、あたしと飲んでくれる人、一人忘れてます。それもいちばん大事な人」
「誰だよ。連中以外にお前の飲み友達いたか?」
「土方さん」

後ろから返事が聞こえた。いや、そうじゃなくて。まったく。この人は自分を勘定に入れ忘れるんだから。こっちは目を閉じれば、昨日の事のように蘇るのにね。

「土方さん」
「なんだよ」
「だから土方さん」
「あ?なんだよ揶揄ってんのか」

気が付かないのが面白いのは否定しない。けれど全部事実でもあるのに、でたらめ言ってるみたいな言われ方は心外だなあ。

「土方さん、貴方がいなかったら何も始まりませんよ。はじめて一緒に飲んでくれた人でしょ。あとが大変でしたけど」
「……ったく、よく覚えてるもんだ」

アルミの窓枠で四角く切り取られた夜空。湯けむりの隙間から細い三日月と青白い一等星が顔を出していた。
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