夢か現か幻か | ナノ
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ドガンと砲弾が炸裂する音とともに、朝の爽やかな空気に埃と火薬となにかが焦げたにおいが混じる。これに血のにおいを足せば、戦場の空気のいっちょあがりだ。こんな事は真選組ではちょくちょくある話なので、至近距離でこれを聞くのも、爆煙に巻き込まれるのも慣れた。でも解せない。あたしはちゃんと話聞いてたのに。連帯責任なんて理不尽制度はくそくらえだ。

「えー、みんなもう知ってると思うが、先日、宇宙海賊『春雨』の一派と思われる船が沈没した。しかも聞いて驚けコノヤロー、なんと奴らを壊滅させたのは、たった二人の侍らしい…………」

さっきもこれ聞いた。さっきと違うところは、それまでてんでんばらばらの方向を向いていた隊士が全員正面を向いて声を合わせて驚愕した事と、土方さんと近藤さん以外はあちこちがぼろぼろになってる事ぐらいだ。しかし、流石に棒読みくさい事までケチを付けられちゃ、話が一向に進まない。

「この二人のうち、一人は攘夷党の桂だという情報が入っている。まァ、こんな芸当ができるのは奴ぐらいしかいまい」

もう片割れもうっすら正体は分かっている。言質を取ったわけじゃないけど、多分坂田さんが二人を救出するために喧嘩を売ったのだ。宇宙海賊春雨は執念深いと聞く。組織に仇なしたものを絶対に許さない。それでも守りたいもののために戦ったのだ。それがどれほど難しいか。取りこぼした身故に、その判断のうつくしさが分かる。

「だが問題はここからだ」

感傷に浸るあまり意識がそれていた。近藤さんの話に意識を戻す。

「その麻薬の密売に、幕府の官僚が一枚かんでいたとの噂がある。麻薬の売買を円滑に行えるよう協力する代わりに、利益の一部を海賊から受け取っていたというものだ」

にわかに広間がざわついた。そりゃあそうだ。自国民を薬物依存症患者に貶めるなんて、イギリスにアヘンを押し付けられた清でもやらない。まあ、向こうからすれば異星の卑しい蛮族がどうなろうと知ったこっちゃないというお考えなんでしょうけども。やってらんないね。

「真偽のほどは定かじゃないが、江戸に散らばる攘夷派浪士は噂を聞きつけ、『奸賊討つべし』と暗殺を画策している」

脳裏をよぎったいつぞやのハム男。岩尾先生共々手を尽くしたけれど、廃人状態から回復するかは不明確で、薬物依存症治療専門の病院への紹介状を書いた。母君は、命があってよかったと涙ながらに言っていたけれど。ああなってしまうと、元の生活に戻れるかは。自分の下の始末もできずただ人形のようにそこにある姿は、過去の自分を思い出させる。

思い出すと腹の中で何かが渦巻くのが分かる。今回ばかりは攘夷浪士に賛成だ。そんな至誠に悖る事をする人間をあたしは許せない。ドタマぶち抜かれて死んじまえと思う。けれど、目の前であぐらをかくこの人は、違うのだろう。この人は、誰よりも優しいから。

真選組オレたちの出番だ!!」

張り切る近藤さんとは裏腹に、気分が沈むのを感じた。

*

部屋でカエルにぶん殴られたので、中指立てつつ退出して、廊下でふてて葉巻を吸う。タールが多いから、公共の場ではあまり吸うべきではないのだけど、そんなもの知った事か。いつもより多くの煙を吐き出していると、いつもの三人が並んだのに気づいた。

「ありゃりゃ、こっぴどくやられましたねィ」
「お前今度は何言ったんだ」
「思い出しただけで胸糞悪いので、ざっくり要約します。『どうせ局長や副長とやる事やっているのだろう。その身体を持って接待せよ』って言われたんで、『猿と見下す人間達が使った中古の穴にぶち込みたいだなんて、性欲に支配されてる猿と大差ないですね』って返したら、ガチギレされました」

三人共顔がひきつった。そりゃ自分や上司が権力を笠に着て女を手篭めにしているなんて言われたらそんな顔したくなるよな。この人達がそんな下劣な人間なわけあるか。あたしも護衛任務がなければ、腰の得物でナマス切りにしてやるところだった。

「あ、すみません。局長や副長はそんな人じゃないって否定するの忘れました」
「いいんじゃないですかィ。土方さんがロリコンって評価は永遠に変わりませんし」
「誰がロリコンだゴラァ」
「もうやってられませんよ。これでも命賭けてるってのに」
「まったくその通りですぜィ。幕府の高官だかなんだか知りやせんが、なんであんなガマ護らにゃイカンのですか?」

本当にその通りだ。今回に限っては沖田隊長と意見がバッチリ合うらしい。

「総悟、先生。俺達は幕府に拾われた身だぞ。幕府がなければ今の俺達はない」

それは分かっているけど、どうにもなあ。助けてやってくださいと涙ながらに頭を下げたハム男の母親の姿が蘇る。そりゃあ、薬をやった人間に責任があるのは確かだ。自由である為には、自身の選択に対する責任を負う事が必要不可欠だから。でも、間違っていると知っていながらその選択肢を与える人間にだって、重い責任がある。売人にも、あのガマにも。

あたしには近藤さんの、「恩に報い忠義を尽くすは武士の本懐」という言葉は理解できない。

「理解できません。幕府があっても民が健全でなければ、幕府を支えるものがいなくなり、やがては崩れ落ちます。真に国の事を思うのなら、国を腐らせようとしたあのクソガエルをお白州に座らせるべきです。牢獄の中なら攘夷志士共の暗殺に怯える必要もないでしょうよ」
「先生の言う通りでさァ。難しい話はさておき、海賊とつるんでたかもしれん奴ですぜ。どうにものれねーや。ねェ、土方さん」
「俺はいつもノリノリだよ」

言いながら煙草を咥える様子からは、「ノリノリ」の「ノ」の字も感じられない。第一、土方さんがノリノリだったら、あたしや沖田さんその他大勢がこんなダラダラしているわけがないのだ。

直属の部下である山崎さんがバドミントンの素振りに勤しんでいるのを発見して、折檻に向かう土方さんを見送る。風を受けて広がった裾が背中を大きく見せていた。

「総悟よォ、あんまりゴチャゴチャ考えるのは止めとけ。目の前で命狙われてるやつがいたら、いい奴だろーが、悪い奴だろーが、手ェ差し伸べる。それが人間のあるべき姿ってもんだよ」
「……」
「先生も、あんまり難しい事考えてると肩こっちゃうぞ」
「先生は難しい事考えてなくても、胸の重みで肩凝ってそうですけどねィ」

セクハラ発言だけど、本番行為を迫ってきたカエル野郎に比べれば可愛いもんだ。廊下にあのカエルを発見した。近藤さんは声を上げて彼の元へと走る。

「ちょっと!勝手に出歩かんでください!!」

「ちょっとォ」と制止の声が遠く低くなっていく。人間のあるべき姿、か。確かに、自分の考え方はシステムに寄りすぎている部分があるのかもしれない。考えるなと言われても考えたくなるのが自分の悪い癖。近藤さんの言葉を何度もリピートする。それを断ち切るように、隣からため息が聞こえた。

「底無しのお人好しだ、あの人ァ」
「そこがいいところだとは思いますけどね。話していると、自分が歪だって気付かされます」
「その捻じ曲がりは永遠に治らないと思うんで諦めてくだせェ」
「天パだって縮毛矯正でどうにかなるんだ。この捻じ曲がった性根もいつかきっと真っ直ぐになるって信じてる」
「いや無理だろ」
「まーそれはさておき、ごめんなさい。近藤さんに対する不名誉な言いがかりを訂正できなくて」

とても珍しい事に、沖田さんは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。しばらく瞬きを繰り返したと思うと、盛大に溜息をついた。

「土方さんならまだしも、近藤さんがベタなエロ同人みたいな事できっこねェのは俺達が知ってるんだから、それは別に構いませんぜ。先生はそれよりも、人前で明け透けな事言うの止めてくだせェ」
「もしかしてみんな引いたのそっちだったんですか」
「当たり前でさァ。中古とか真顔で言われる身にもなってくだせェ」
「あー、気を付けます」

女性には綺麗でいて欲しいと願うのが、男という生き物らしい。それは正直理解できない。そんなのただの幻想だ。あたしは彼らが思うよりもずっと汚い。つーか沖田さんの奔放な言動が許されてあたし許されないの何なの。

「でもなんで沖田さんがアレな言動しても許されて――」

抗議を遮るように「いかん!」と大声を上げたのは近藤さんだ。非常時だと立ち上がると同時に轟く銃声。慌てて駆けつければ、カエルを庇って左肩に銃撃を受けた近藤さんの姿があった。

「どいてください!あと担架ァ!」

倒れたまま痛みに喘ぐ彼を心配して集まっていた隊士達を押しのけ、薄い手袋をはめた手で射出口を探る。無し。盲管銃創だ。肩甲骨で止まったか?

「フン、猿でも盾代わりにはなったようだな」

カエルの侮辱に反応して、近藤さんに声をかけていた沖田さんの空気が変わった。マズい、そう思って手を伸ばす。無駄だ。腐っても武道を嗜んでいる身だから瞬時にわかった。あたしの脳みそは、近藤さんの向こう側に手を届かせる前にカエルが小間切れにされると計算している。その結果をひっくり返したのは土方さんだった。この人なら大丈夫だな。そう判断して手すきの隊士に指示を飛ばす。

「止めとけ。――瞳孔開いてんぞ」

ちらりと彼の目を見ると、土方さんの平常時と同じような目をしていた。好戦的な部分がむき出しになった、本気でキレてる時の目。

二人に会釈して、担架で運ばれていく近藤さんの後を追った。

*

屋敷の一室。そこで眠っている近藤さんを囲んで警備に参加した隊士達が集まっていた。誰もがあたしの言葉を待っているのだと分かる。カルテを抱えた。

「桜ノ宮、近藤さんの容態は」
「結論から申し上げますと、命に別状はありません。当初心配された肺の損傷はなく、腕の神経も無事です。全治3週間、ですね。また、肩甲骨で止まっていた弾丸は破片も含めて摘出し、鑑識に回しました」

近藤さんの命に別状はない、と診断結果を告げるとあからさまに部屋の空気が緩んだ。土方さんも満足気に頷いている。かく言うあたしも、処置がうまくいった事と彼が無事だった事に少しホッとしている。

「次、山崎。ホシの調べはついたんだろうな」

山崎さんが話しているその時、襖がすーっと開いて、そこから覗いた夜闇から沖田さんが顔を出した。どうやらあたしに向かって手招きしているようだ。まあ用事は済んだし、外からでもある程度会話は聞き取れるし、出ても大丈夫かな。部屋からそろりと抜け出す。

「何やってるんですか」
「疑似餌を作ってるところでさァ」
「ちなみに、その十字架に誰をくくりつけるおつもりで?」
「もちろん、あのクソガマでさァ」

すごく意地の悪い笑顔を浮かべている。でも、今ばっかりはその笑顔に安心した。正直、昼間のアレソレはまだ根に持ってる。

「という事で、先生は色仕掛けでもなんでもして、ガマをここにつれてきてくだせェ。後は俺が引き受けまさァ」

そこからの話は思い出すのも憂鬱になるので省く。口八丁でおびき寄せ、かるーい麻酔で昏倒させ、沖田さんが十字架にくくりつけ薪を並べるまでの間、部屋から聞こえた話を思い出す事にする。

人間のためになんて機能していない幕府や、天人の傀儡になってしまった将軍ではなく、行き場のなかった破落戸達を迎え入れた優しい人をこそ護る。そのために剣を振るうのだと、そう語る声を思い出す事にする。

「あの人らしいな」
「スカした声でウダウダ言いやがって。ムカつくヤローでさァ」

その響きには、字面ほどの棘はなかった。なんだかんだ近藤さんに対しての意見は一致するらしい。むしろ一致するからこそ、邪魔なのかしら。なんにせよ、ここで混ぜっ返すのはよくないだろう。

「あの人ナチュラルにカッコつけだよね」
「違いねェや」

この人らと知り合って3年が経ったけれど、未だに沖田さんの内面は計り知れないと感じる。中身を見てしまってもそれでもわからない。つくづく不思議な人だ。

「そういや、近藤さんが撃たれる前、なんか言ってませんでしたか」
「ん?……ああ、なんで沖田さんが伏せ字ものの言動しても許されて、私が許されないのか。そんな事を言おうとしていたような気がします」
「アンタの見た目が清純派だから」
「見た目で性格まで決めつけるなんて差別だ」
「そもそもあの言動は人間として駄目だろ」
「じゃあ沖田さんは人間として駄目、と」
「ぶち殺すぞクソアマ」
「あー焚き火が温かいなー」
「……アンタも大分図太くなったねィ」

それについては自覚があるので肯定も否定もしたくない。一応弁明させてもらうと、こうでもないと男所帯では生きていけなかったんだ。

暗がりの中、揺れる火を見つめながら、ぱちぱちと火が爆ぜる音をBGMに会話をする。どこかでこんな体験をしたような。いや、自分自身の体験じゃなかったような。なんだったかな……。

「キャンプファイヤーだ」
「なんでィいきなり」
「そういやこんなのどっかの学園モノであったなーって思い出した。昔友達いなかったからこういう事した経験なくて」
「寂しい青春でィ」
「今思うともったいない事してたなって思う」

火が爆ぜる音の中に砂利を踏む音が混じる。炎越しにに音の方を見ると、いつもの咥え煙草。土方さんは状況を整理するように、こちらに向き直って何かを考えている。

「何してんのォォォォォ!!お前ら!!」
「大丈夫大丈夫。死んでませんぜ」
「ちょっと麻酔かけただけです」
「ねえ医師法と薬機法って知ってる?」

耳をふさいで聞こえないふりをする。命に別条はないし、国民の安全の前には些事些事。

沖田さんの計画はざっくり言ってしまえば、カエルを餌にして、のこのこ出てきた浪士を一掃するというもの。要は囮作戦だ。沖田さん流に言うと、「攻めの守り」だ。もちろんそれに反駁するのは囮に使われるカエル。やる事がテンプレの悪事なら、「貴様こんなことして〜」と脅し文句も紋切り型だ。沖田さんも聞き飽きたであろう言葉を、口に薪を突っ込んで中断させる。

「土方さん。俺もアンタと同じでさァ。早い話、真選組ここにいるのは、近藤さんが好きだからでしてねぇ。……でも何分、あの人ァ、人が良すぎらァ。他人のイイところ見つけるのは得意だが、悪いところを見ようとしねェ」

そう。あの人は人が良い。良すぎる。カエルが悪党だと知っていても襲撃から守ろうとしたり、何企んでるか分からない小娘を雇って屯所の医務室に置いたり。自分はその親切に乗っかってる立場だからあんまりとやかく言えないのだけど、見ていて少し不安になるのだ。近藤さんの善意が悪用されやしないかと。

「俺や土方さん、あとすみれ先生みてーな性悪がいて、それで丁度いいんですよ真選組は」
「外付けの良心ならぬ悪心回路」
「そういう事でさァ」

フンと鼻を鳴らす土方さんは、どこか満足そうだ。

「あー、なんだか今夜は冷え込むな…」

わざとらしい声。確かに少し冷えるけれど、焚き火がいるってほどじゃない。だというのに、彼は沖田さんに薪の追加を命じた。両生類のボディなだけあって熱さには弱いのか、くぐもった悲鳴が上がる。ちょっとかわいそ……いや、心のなかくらいは正直になろう。すごくいい気味だ。解けだかなんだか分かんないけど、すげー抗議している声で胸がすくような思いだ。

しかし、浮かれ気分も長くは続かない。

車のドアを閉めた時のような音がして、カエルの顔を銃弾がかすめる。ドアの開閉音じゃない。サプレッサーをつけた銃声だ。

「天誅ぅぅぅ!!」

牽制だったのか外したのか知らないけれど、有象無象がぞろぞろと。その中には、近藤さんを狙撃したと思われる小銃を担いだ男もいた。

「おいでなすった」
「派手にいくとしよーや」

さてこの二人はなんだかんだとやる時はやってくれる人なのでそれは良いとして、あたしは他の隊士達呼びに走ったほうがいいのかしら。

「まったく、喧嘩っ早い奴等よ」

呼びに向かうまでもなかった。浪士の前口上が聞こえていたのかそれとも彼らの行動を読んでいたのか。意識を取り戻した近藤さんが無事な方の腕で刀を掲げている。

「トシと総悟に遅れをとるな!!バカガエルを護れェェェェ!!」

この人がそう言うのなら、仕方ないな。正面を向けば、きっと同じ事を思っているだろう二人がいる。やる事は一つ。刀を構え、面前の敵を見据えた。あとは副長の声を待つだけだ。

「いくぞォォォ!!」

副長の号令を受けて、隊士達と共に夜闇の中を駆け出した。
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