夢か現か幻か | ナノ
Wanderer part.2
文字サイズ 特大 行間 極広
一仕事終えて、コーヒーを啜りながら趣味に勤しんでいると、ガラガラと医務室の引き戸が開いた。慌てて作りかけの書類のウィンドウを開く。一応非番だけど、隊の備品のPCを私用で使っているのがバレるのは少しマズい。

「桜ノ宮くん、桜ノ宮くん、桜ノ宮くん!」
「なんですその盗犯係長みたいな三連呼」

というか、名前をちゃんと変換している人にはこのネタ伝わらないんじゃなかろうか。

「で、どうしたんです局長」
「今日先生が変な場所にいたって聞いて!ねえ大丈夫なの?黒焦げになってない?」
「ったく、ソイツもじきに成人なんだ。危険くらい自力で退けるさ、って言ったんだがな」

なんかやたら心配している近藤さんの後ろに控える土方さんは、昼ぐらいに見かけたときと違って制服をきっちり着ていた。あれから着替えたらしい。用事は済んだのかと聞こうと思ったけれど、この人の性格的に近藤さんは巻き込まずにやってるだろうから黙っとこ。近藤さんの後ろで、下手な発言したら殺すって目してるし。

「なにはともあれ無事でよかった。実はあの辺、春雨の縄張りなんだよ」
「春雨って宇宙海賊の?」
「そうそう」

話を聞いて真っ先に思い出したのはちぐはぐな二人組だった。あんなところに子供だけなんて、あの二人、大丈夫だったんだろうか。しまったな。やっぱりついてあげていた方が良かったんじゃないだろうか。そう思うも後の祭りだ。

医務室に向かって走ってくる激しい足音、すわ急患かとスタンバイしていると、山崎さんが飛び込んできた。

「局長ォ!副長!大変です!港で春雨のものと思しき海賊船が沈みました!」
「仲間割れか?」
「いいえ、船を沈めたのはたった二人の侍で、その片割れは桂だそうです!」
「何ィ?本当か山崎」

侍と聞いて銀髪が脳裏をよぎった。確か桂とも知己のハズだし、二人が組んで海賊船を壊滅させたとしたらこの戦果にも納得がいく。問題は動機だけれど、どうにも嫌な予感がする。確かに春雨の行いは至誠に悖る行為だ。でもそれだけか。あの人それだけで動く人じゃないだろう。どうにも嫌な予感がする。

「それにまだ問題がありまして」

何か続けようとしている山崎さんの横をすり抜けて走り出した。

*

スナックお登勢の2階。万事屋銀ちゃんという看板がかかる手すりの内側でインターホンを連打する。ドタドタドタという派手な足音が速さを緩める事なく突っ込んでくる。

「家賃ならねーっていってんだろーがこのクソババア!!」

玄関をぶち破って突っ込んでくる裸足を避ける。運動エネルギーの行き場を失った坂田さんは手すりに思いっきり突っ込んだ。もしかしたら怪我でもしてんじゃないかと思ったけど、ダッシュする元気があるならいいか。無視して室内に上がり込む。

「あ、先生」
「先生そんなに慌ててどーしたネ」
「お邪魔します。よかった、お元気そうですね」
「え?」
「あの後私帰ってしまったでしょう。そしたら山崎さんから宇宙海賊『春雨』の船が沈んだって聞いて」
「あ、えーと」

どもる様子で言いたくないのだろうなと察した。桂と行動をともにした点を突かれると困るだろう。まあ所詮は屯所委託医師だから密告の義務はないし、義務があったとしても言うつもりはないのだけど。

「事情聴取でもなんでもないので、無理に話さなくてもいいですよ。一介の医者として見に来ただけですから。何か危害は加えられませんでしたか?」
「俺!俺が一番重症だよ!!ちゃんとトリアージしろこのヤブ医者!!」
「じゃあとりあえず坂田さんには黒タグつけておきます」
「死体だろーが!」

腕に巻きつけてあげた黒いタグを引っ剥がして床に叩きつける坂田さん。よしよし元気そうだ。

「馬鹿に付ける薬はないと言うでしょう。ま、それはさておき」
「さておきじゃないよね。なんで無視するの?ねえせんせーい」
「で、体調は大丈夫ですか?」
「ちょっと変な薬を嗅がされましたけど、多分大丈夫です」
「あのくらいで死んだりしないヨ」
「なら大丈夫かな。なんかあるとマズいので、しばらくの間はお酒飲んだり煙草吸ったりしないようにしてください」
「いやコイツら未成年だからね」

目が泳ぐ。そうか、普通の人間は未成年の内はお酒を飲んだりしないのか。沖田さんも飲むしあたしも飲むしで失念していたわ。

――その癖直したほうが良いぞ。そのうち袋叩きに遭う。

土方さんの声が蘇る。そうか、あたしズレてるのか。妙なところで認識しちゃったな。

「ま、なんであれ無事でよかった」
「銀さん全然無事じゃないけどね?」
「これを機に禁酒するのが吉ですよ」
「やなこった。知らねえの先生?アルコール飲むと化膿しねーんだよ」
「銀さんそれ迷信」
「じゃあお大事にー」

受け答えもしっかりしているし、医者にできる事はなさそうだ。そそくさと万事屋を後にする。嗅ぎつけられたら困るのはお互い様。

路地裏に停めたSR400にまたがって、何度かキックペダルを蹴る。デコンプレバーを軽く握りながら作業をしていると、数回蹴ったところでレバーを握る左手に振動が伝わる。そこでレバーを離してペダルを踏み込めばエンジンが回りだす。まだこれに慣れていなかった頃、何度もペダルを踏んだ末に逆回転したペダルに脛を蹴られて悶絶したのはいい思い出だ。

「おーおーデカイの乗ってるねェ」
「坂田さん、どうしたんですか」
「いちごみるく切れたから買い行くとこ」
「今に糖尿なりますよ」

スクーターにまたがる男はへいへいと聞き流しモードだ。糠に釘、暖簾に腕押し、馬の耳に念仏。こうなってしまうと聞き入れてもらえまい。諦めて発進すると、なぜかついてくるスクーター。一番近いコンビニは反対方向だった気がする。

「なんでついてくるんです?」
「こっちのコンビニのほうが品揃えいいんだよ。ボン・キュッ・ボンな店員さんもいるしよ」
「なるほど」

それ、あっちのコンビニだったような。うーんと考えて気づいた。あれ、これ心配されてる?言葉を引っ張り出すよりも先に信号が青に変わったので、慌てて前に進ませる。コンビニの前で一旦停止。一方の坂田さんは愛車から降りて店内に足を向けた。

「すみません、ご心配おかけしたみたいで」
「いや、別に。銀さんはただいちごみるく買いに来ただけだから」
「そういう事にしておきます」
「そういう事、じゃなくて事実だからね?いやホント。ねえ信じてってば」

何度も念押しされるとかえって疑いたくなる。彼は知ってか知らでかイマイチ何考えてるのかわからない顔で身振り手振りを使って否定しているけれど、多分心配をかけたのだろう。

「『信じて』なんて殊勝な言葉は、岩尾先生のとこにつけてある診察費を耳を揃えて払ってから言うもんですよ」
「医は仁術なりって言うだろ。医者ががめつさ出したらシメーだよ」
「こっちだって金の話ばっかりしたかないですけど、薬も針も電気もタダじゃないし、飯食ってかなきゃいけないんですからね」

じゃあ今度岩尾先生に払ってあげてください、と手のひらを上げて別れを告げた。

気分転換にしばらく走って屯所の駐輪場に愛車を停めていると、待ち受ける人影があった。駐輪場の壁に体を凭れさせて、腕を組んで煙草を咥える男。土方さんだ。どうやらあたしを待ち伏せしていたらしい。

「急に出てったかと思えば、こんな夜更けまでどこ行ってたんだ」
「急にツーリングしたくなって」
「話も聞かずに飛び出すってどんだけしたかったの。つかお前今日飲んでなかった?」
「一応アルコールチェックして通ってます」
「ならいいが」

ならいいと言う割に仕事に戻るでもなく、何か用事を切り出す風でもない。わざわざ仕事ほっぽりだして待ち伏せしていたぐらいだから何か用があるはずなんだけど。首を傾げても土方さんは何も言わない。

「何か、ご用でしょうか」
「ねーよ」
「え?」
「用なんざねーよ」
「用がないのに、ここで待ってたんですか?」
「いや、別に待ってた訳じゃねーから。アレだアレ。掃除中で灰皿なかったから」

前半分が言い訳の口上述べる時のそれだったから、灰皿がないのは方便なんだろう。というかそもそもこんな時間に掃除はしないし。そういえば急に飛び出したんだっけ。それで遅くまで帰ってこないとあっては迷惑をかけてしまっていたのかも。

ずっとマナーモードにしている携帯を開けば数十件の不在着信。大体が土方さんと近藤さん、たまに沖田さんのラインナップだ。岩尾先生はこういう時は決まって不干渉だからかかってきてない。新着メールを問い合わせるとこれもそれなりに来ている。割合は着信と同じくらいで、内容は『今どこにいる』とか『いつ帰るんだ』とかそんなお父さんじみたものだ。

「副長、すみません。勝手にいなくなって」
「非番なんだからどこ行こうがお前の自由だろ」
「ですよね」

そんな事言ってる人間が同じ体で鬼電とメールしてるんですが。微妙にご立腹ですよね。心と体が乖離でもしましたかこの人。多重人格?

屯所で靴を脱ぎ、板張りの廊下を歩いていると、ついてくる土方さん。いつもはあたしが後ろを歩いているから変な気分だ。

土方さんに何があったんだろうと考えていたらあっという間に医務室の前だ。足を止めると、少し後ろで歩みが止まる。振り返って見た顔は影が差していて、表情が読めない。そのままじっと見つめていると、満杯になった携帯灰皿に煙草を押し込んで新たな煙草を吸い始めていた。それを見てやっと、不機嫌な理由に気づいた。

「あの、土方さん。心配おかけしてすみませんでした」
「別に謝る事じゃねーだろ。お前も後少しで成人だ。夜歩きでもなんでも好きにすりゃいい。法律に反してなければ、俺ァ何も言わねーよ」

意地でも心配したとは言わないんだな。でも駐輪場でずっと待っていてくれたのは、携帯灰皿に押し込められた吸い殻達が教えてくれた。さすがの土方さんでも、あんなになるまで待っていたら冷えてしまうはずだ。

「よかったら、医務室でお話ついでに、お茶を飲んでいきませんか?」

どうせお礼を言ったって、何の事だと突っぱねられて受け取ってもらえまい。でも、冷えた体を内側から温める事ぐらいは許してもらえるはずだ。あわよくばマヨか煙草を制限できればいいのだけど。

「健康指導は抜きで頼む」
「言われる心当たりを無くしてください」

目も合わしてもらえなかった。その姿が拗ねた子供に似ている。まったく、困った人だ。思いとは裏腹に、暖かなものを抱えながら、両手で立て付けの悪い引き戸を横にずらした。
prev
22
next

Designed by Slooope.
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -