事情聴取はめんどくさい。何度も同じ話をさせられる。一般的に、嘘をついたり隠し事をしている人間の話は、話が前後したり抜け落ちたりと、ボロが出やすい。それを狙ってやってるのだ。
「で、お前、なんか黙ってる事あるだろ」
「無いです」
「あの天パ誰だ?」
「知らないですね。パッと見た感じちょい臭いますけれど」
「そんなこたぁ俺も分かってる。ありゃあ、ただもんじゃねェ」
不意打ちを躱しただけでなく、あの無茶だ。それだけで坂田さんがとんでもない人だとわかる。もしかすると桂や高杉に並ぶ大物なのかも。そうと分かっていて黙ってるのは理由がある。彼の周りにいた二人だ。どういう事情かは分からないけれど、多分、坂田さんとあの二人とは並々ならない繋がりがあるのだと思うのだ。それを引き離すのは心苦しかった。
それに、あたしもちょっとつついてみたい、という欲望もある。やりあって勝てる相手じゃなさそうだけど、手合わせくらいはしてみたい。
まあ、そんなわけで、坂田さんの経歴については知らぬ存ぜぬで通そうと思ったのでした。
そんなあたしをじーっと見ていた土方さんはそっとあたしの手をその大きな手で覆った。体を乗り出したせいで顔がずずいと近くなる。吐息を共有するような距離。顔が近いと焦るより前に射抜くような視線に体がこわばった。
「すみれ。お前、嘘つく時と不安な時、ピアス触るよな」
嘘がまかり通るほど世の中甘くないようで。無意識の癖を指摘されて冷や汗が吹き出る。思わず耳たぶから離そうとした手が重なった手に抑えつけられる。余裕を。土方さんはこの反応も見ている。
「図星を突かれると笑う癖も変わらねェな」
「あはは、私、なにも隠してませんよ……」
「俺の目を見て同じ事を言えるか」
そーっと伺うように土方さんの目を見る。あたしの心の深くまで切り込むような鋭さを誇る一対の刃がそこにあった。……坂田さんたちの顔を思い出す。もし、あのまま逮捕されれば彼らはどうなるか。多分二人は未成年だからなんとか釈放されるはずだ。一人は天人だから国外追放になっちゃうかもだけど。問題は坂田さんだ。彼は無事ですむまい。
あたしから彼の身元についての証言がなければ、警察も坂田さんの証言を採用せざるを得ない。あの性格だと、取り調べものらりくらりと躱せるだろうから、多分大丈夫。あたしが黙っていれば安全だ。
そう、自分が踏ん張ればいい。流石に、容疑者でもないのに拷問はない、はず。土方さんの気分次第では参考人から容疑者に格下げの可能性もあるけれど、真選組としての体面、そして岩尾先生への恩義の関係でまず無いだろう。
……大丈夫。きっといける。正面から刃に向き合う。ほんの僅かに目が見開かれた。
「私は、何も隠していません」
「本当だな」
「はい」
顔と手が離れていく。それに少しホッとしていると、油断するなというように小突かれた。こころなしかさっきよりも表情が柔らかい。……終わった?いや油断するなって小突かれたし、家に帰るまでが事情聴取だ。気を引き締めよう。
「おい山崎、こっから先は記録するな」
「職権濫用ですよ副長」
「うるせェよ、お前は言われた事をやってりゃいいんだ」
横暴だ。山崎さんとあたしの所感が完全に一致した瞬間だった。
「まァ、お前が黙ってようが喋ってようが、あの胡散臭い天パ野郎は泳がせるつもりだった。あの男、どうにもひっかかる。あんな無茶する奴ァ、うちにだっていやしねェ」
つまり、ちゃんと一戦交えたいんだろう。この人、仕事できるのは間違いないんだけど、たまに仕事やってるのか喧嘩してるのか分からない時がある。今回は喧嘩かな。
テロの経緯的に彼の悪事についての証拠が弱いってのもあるのかも?一応善良な市民やってるのはすぐに調べがつくだろうし。
「それに、どうも桂の野郎とも知己らしいし、泳がせて大物が引っかかったらフィッシュってな」
あれ。話の流れ的になんか色々無駄だった感が漂ってるような気がしなくもない。これ、あたしが何を言おうと坂田さん泳がされたな!?思わず顔をひきつらせると、土方さんは喉奥で笑った。そういうの様になるからムカつくわこの人。今度沖田さんと共謀してマヨネーズのボトルをカスタードに入れ替えてやる。
「お前の努力は無駄にゃなってないぜ。全部ゲロってたら調書をどう改ざんするか悩むところだったからなぁ」
からかうような調子で、本当に警察官なのか疑いたくなるような悪人じみた笑顔を浮かべ、司法に携わる人間としての資質を疑いたくなる事を宣う土方さん。うわあ、性悪だぁ。
ホント、ひどい人だ。自分の手を汚さず、人に嘘の記録作らせるなんて……!!いや、勝手に義務を背負い込んで偽証を行ったのはあたし自身ですけれども。
でも分かっていてもこう言わずにはいられない。
「くたばれ土方」
鬼は心底楽しそうに笑った。
*
スナックお登勢。この前の事件の発端となった物損事故の現場。あたしはそこのカウンター席でくだを巻いていた。あの後沖田さん協力の下、マヨネーズをカスタードに入れ替えたら、なぜかあたしだけが逆さ磔の刑に処された。しかも減俸とあっちこっちの掃除というおまけ付き。こんなにボッコボコにされたのに、共犯が罰せられないなんて酷い。
「もうやってらんないっすよ」
「アンタ、それは逆恨みだよ」
「まあそうなんですけど、それにしてもやりすぎなんですよ。第一、沖田さんだってマヨネーズを靴の中に仕込んでたのに、彼はお咎めなしなのも納得いきません」
おかわり、とグラスを差し出すと、思いっきりため息をつかれてしまった。
「さっきから高い酒を水みたいにガバガバ飲んでるけど、お代はあるんだろうね」
「腐れ副長に返すために貯めてたお金をぜーんぶおろすので大丈夫です」
「それ大丈夫じゃないだろ」
確かに。おかしくなってきたので笑っていると、グラスに水を注がれた。確かに、これ以上アルコールを流し込むと胃の内容物を全部リバースする段階に来ている感覚はある。急性アルコール中毒で死ぬのも御免だけど、醜態を晒すのだって勘弁だ。
他のお客さんを接客して戻ってきたお登勢さんはため息をついた。
「まったく、若いうちからそんな飲み方してたら早死するよ」
「いーんですよ。どうせ副長はマヨネーズと煙草で寿命ゴリゴリ削ってるんだし、恩を返す相手が死んでも尚生きる価値なんてないでしょう」
「若い頃はそう思えても、歳いったら考えが変わって長生きしたくなるもんさ。その時になって後悔したって遅いんだよ」
だから程々にしときな。そう言ったお登勢さんは煙草の煙を吐いた。煙の中で歳をとった自分を想像しようとして、これっぽっちもうまく行かないのに気付く。こんな稼業をやっていると、平均寿命の半分だっていけるか怪しいと思う。お登勢さんの言ってる事はわかるんだけどなあ。
「やだなーあたしお登勢さんみたいに綺麗に歳とれる気がしないし」
「おいおい、このババアのどこが綺麗なんだよ。おねーちゃん、目ェかっぽじってよォく見てみろ。男だか女だか分かりゃしねえぞ」
隣から割り込む声。低い声は紛れもない男性だけど、声に締まりがない。3年間刻み込まれた声とは全く違うのに、なにか似ている部分があるような気がする声。最近も聞いた声だ。
「銀時、家賃はまだなのかィ」
「来月二ヶ月分払うから待てって」
「三ヶ月分だバカ」
隣に目をやると、いた。白髪の天パ男。土方さんが指摘したように、死んだ魚の眼をしてる。上の物件の家賃を払っていないらしい。大丈夫なのかこの人。沖田さんソースの噂によると、彼らは上の物件で万事屋銀ちゃんという胡散臭い商売をやっていて、家賃のみならず従業員の給料も未払いだとか。従業員とは言わずもがなのあの二人である。確か一人は道場の跡取り息子で、もう一人は不法入国の天人の娘だそう。
「おねーちゃん、見た目によらず強いねェ」
「この前屯所で飲み比べしたらほぼ全員潰しました」
「エゲツなっ」
「あはは、流石に最後に立ちふさがった副長で、あたしぶっ倒れちゃって。でも、サシであの人と飲んだら絶対に負けませんけどね」
誰だったかの成人祝いで飲み比べだという話になり、あたし(と沖田さん)対それ以外という圧倒的不利にも関わらず、ほぼ全員を潰したのだ。一人に負ける事が許せなかった一同が藁にもすがるような気持ちで召喚した土方さんに潰されたけれど。仇は沖田さんに討ってもらったので満足です。
そういえば、どっかで見た顔だな。昨日に始まった話じゃないような。ぼんやりと男の顔を眺めていると、「見惚れた?ワンナイトいく?」などと抜かしたのでパフェに一味唐辛子をふりかけておいた。隣から絶叫が聞こえるけれど聞こえない。パフェ、パフェ。週に一回まで。ああ、糖尿気味の坂田さん。
「何すんだこのクソアマ!」
「コナをかけられた気がしたので」
「だからこっちも
一味かけましたってか!!全然うまくねーんだよ!!これパフェ!銀さんのなけなしの財産で頼んだパフェなの!!」
「そんなのにつぎ込んでないで従業員に給料払ったらどうですか」
そんなのってなんだゴラァ!と目を三角にして詰め寄る男をいなす。冗談に冗談以上で返した自覚はあるので責任をとって一味がかかった部分は自分で食べた。辛い。やっぱり辛味もTPOが大切だな。
「ババアも言ってたけど、程々にしとけよ。肝臓悪くするとしんどいぞ」
「坂田さんこそ甘いもの控えたほうがいいんじゃないですか。糖尿は合併症がツライですよ」
「え、医者から糖尿気味って指摘されてるの知ってるの」
「今思い出しました。岩尾先生のところによく来るでしょう」
「ああ、あのクソジジイのとこの。娘さんだっけ。似てないねー」
「そりゃ血が繋がってませんから」
ぴたりとパフェを食べる手が止まった。酔いどれのカラオケのボリュームが大きくなった気がする。しかしそれも一瞬。彼はたった一言「ふーん」と相槌を打って再びパフェを食べ進めた。
「あ、言い忘れてました。釈放おめでとうございます」
「おせーよ」
釈放祝いにパフェおごってよと言ってくる坂田さんのグラスにブランデーを注いで渡す。本当はダメなんだけど、迷惑をかけたのも確かだし。
「署にきた税金泥棒が言ってたけど、アンタが無罪を説いてくれたんだってな」
「家族はいっしょにいるほうがいいでしょう?」
「……アイツらはそんなんじゃねーよ」
「そうですか?その割には気を遣っているように思ったので」
「そりゃ気ィ遣うだろ。アイツら、今はあんなんでも前途洋々たる若人だよ?」
まさかこの人からそんな殊勝なセリフが聞けるとは。健康診断でものらりくらりと躱す男だったからてっきり逃げられると思ったのだけれど。
「はは、うちの副長に聞かせてやりたいセリフですね」
「オタクが言う副長さんってアレ?瞳孔開いてる黒髪の?」
「そうそう、貴方に喧嘩を売った煙草臭いお兄さん」
「アイツもアンタの事気遣ってると思うぜ」
聞いて思わず笑ってしまった。最近の仕打ちを思い出すととてもとてもそうは思えない。ずっと前に廊下で昼寝していたら肩を蹴られたし、桂の時もあわや壁の花になりかけたりチョップ食らわされたりもした。扱いがかなりラフだと思う。
「まっさかーこの前なんか、逆さ磔ですよ?少なくとも女の子にする仕打ちじゃないです」
「いや、気ィ遣ってなかったら真っ先に助けに来ないだろ」
「えー、アレぜ―ったい坂田さんに喧嘩売るついでですよ」
「そうかねー」
「そうですよ」
グラス片手にカウンターに肘をついてこちらを見る坂田さん。その目は「本当にそうかな―」と言っている。
「俺はヅラに引っ張られてる時、鬼みたいな顔してると思ったけどね」
「いつもそんな顔ですよあの人は」
「まあ、これ以上は野暮ってもんか」
「土方さんと私の事を話す人は、みんながみんな同じような事を言って、勝手に話を打ち切るんですけれど、流行ってるんですかソレ」
「重症、いやアンタは――」
「止せよババア。こればっかりはコイツの問題だろ」
坂田さんはそう言って、よっこいせと立ち上がった。そしてひらりと右手を振って店を出ていく。一連の動きがあまりにも自然だったので、坂田さんがお金を払わずに出ていった事に気付くのが遅れた。
「あの天パ、ごくごく自然に人に会計押し付けたな」
「アンタも間抜けだねェ。アイツと飲み食いする時は一緒に出ないと」
「多分次はないと思いますが、今度からそうします」
まあ、パフェと酒が少しだったから、自分の分払うついでに払っとくけどさぁ。成人前の小娘に物を奢らせるアラサー男って一体……。そっちもアレだけど、自分の伝票を見て思わず口元が引きつった。いくらなんでも飲みすぎたんじゃないだろうか。酔いが覚めそうな額を吹き飛ばして、少し冷えた懐を感じながら店を出た。
「お邪魔しました」
「あんなのが常連だけど、懲りずにまた来ておくれ」
お登勢さんの声を背にふらりと夜風の中に出る。アルコールで熱を持った体に冷たい風が心地良い。月を見上げながら家路を急ぐ。月は既にてっぺんを超えて、下り坂に差し掛かっていた。
鼻歌を歌いたくなるくらい、いい夜だ。ガードレールの上で上機嫌にステップを踏んでいると、自分の少し前にパトカーが停まった。ちらりと見えた車体の文字は大江戸警察。うちのパトカーは大江戸警察のと真選組の、両方が混在してるから、これだけだとお知り合いかはわからない。お、なんか見覚えがある黒服が見えるなと思うよりも早く助手席のドアが開いて、お馴染みの咥え煙草のお兄さんが出てきた。
「アンタ、どこ歩いて……ってお前か」
「土方さんこんばんはー」
「こんばんは、酔いどれ娘」
土方さんは酷いしかめっ面で挨拶を返してきた。その律儀さに、昼間受けた仕打ちも忘れて笑ってしまう。
「お前、今何時だと思ってんだ。つーか降りろ」
手が伸びてくるのをガードレールの上を跳ねて避ける。パトカーを追い越して、くるりとターンすれば、アルコールで弱った三半規管が悲鳴を上げて、体が傾ぐ。
「おっと」
立て直しに成功。ぎょっとした土方さんが駆け寄ってくる。
「馬鹿!降りろ!!」
二度も逃走を許すほど土方さんも甘くない。あっさりと腰を掴まえられて、路肩に引きずり降ろされる。それなりに交通量が多い道なので追突されないかが心配だけど、運転席の沖田さんがハザードランプを焚いているので、多分大丈夫だろう。
がちゃりと、討ち入りの時によく目にするワッパをかけられる。
「あれ?」
「0時25分、酩酊防止法違反により現行犯逮捕な」
言われてみれば、もし転倒したらどっちに転んでも大変な事故になるよなあと思い至った。……ここまで判断能力が衰えるくらいに飲んでるのって、結構やばくないか、と今更ながらに気付かされる。お酒を飲んで大きくなりすぎた気分がしゅんと萎んだ。
「ごめんなさい」
「気付くのおせーんだよ。酔いが覚めるまで留置所に突っ込んでおくから」
今日の寝床はあの座敷牢かー。人間が眠れる程度の環境だったら別にいいや。土方さんにパトカーの後部座席に押し込まれ、沖田さんの運転で発進する頃にはウトウトしていた。その後の記憶はぷっつりと、ない。
*
痛む頭に手を当てていると、まず真っ先に鼻についたのは煙草の匂い。慣れていなければむせそうなほどのそれをかいでいると、ちょっと頭がしゃっきりしてきた。柔らかい布団を引っ剥がして起き上がると、文机に向かって胡座をかいて書き物をしている土方さんがいた。
「起きたか、トラ娘」
酔いどれ娘とかトラ娘とかバカ娘とか、随分あだ名が増えたなあ。昨日の醜態はちょっと忘れたいので前二つはちょっと勘弁して欲しい。身体的ダメージはリバースするよりもマシだけど、精神のダメージはこっちのほうが大きい。
「もうお酒飲みません」
「そう言って実際に酒を断った奴を知らねェ」
確かに。酷い酔い方をして薬を貰いに来る隊士達が決まって言うセリフだけど、早ければ数日後にまた同じ案件で医務室に来る。大人なんだから自分のコントロールをしないと。
「昨日は大変ご迷惑をおかけしました。申し訳ありません」
「まあ、昨日は俺もカッとなりすぎた。近藤さんにも言われたよ。『いくらなんでも可哀想だ』ってな」
「いえ、もとはあたしの逆恨みですから……」
そんな感じで謝罪の押し付け合いをしていると、無性に嫌な予感。ばっと障子を見ると、映るシルエットがどう考えてもバズーカを担いだ沖田さんだ。釣られて障子を見た土方さんががばりとこちらに跳んできて、床に押し倒した。すぐさま障子を突き破って飛んできた砲弾が炸裂して埃が舞う。
「すいやせーん。火力演習の的と間違えちまいやしたー」
「てめっワザとだろ!!!総悟ォォォ!!!」
吹雪のように書類が舞う中を飛び出していく土方さんの手には真剣。最初見た時はびっくりしたけれど、いつもの事なので見えないふりをする。無事そうな書類を拾い集めて、破れてしまった書類と区別して次は吹っ飛んでしまわないように重しを乗せる。
――アイツもアンタの事気遣ってると思うぜ。
留置所に入れるって言っておきながら、自分の部屋に放り込む辺り、たしかにそうなのかもしれない。いつの間にか手錠も外してあったし。それに、さっきも真っ先にかばいに来たし。
閉める事も出来ない入り口からは、二日酔いの頭にはちょっとツライくらいの綺麗な青空がよく見えた。
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