夢か現か幻か | ナノ
Y's Melancholy
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師走も中頃。世間はやれ忘年会だ、やれクリスマス会だと目に見えて浮き足立っていた。その足元をすくうかのようにいつにも増して活発に蠢く攘夷浪士共。俺達真選組はそいつらを刈り取り江戸の平和を守るべく、仲良くおててを繋ぐバカップル達を尻目に公務に勤しんでいた。

……別に、羨ましいなんて、少しも思ってない。今年も彼女が出来なかったな、なんてちっとも思ってない。山崎退、29歳。20代最後の冬もこれまでと同じく彼女ナシのムサいクリスマスを迎えることになりそうだ。……別に悲しくない。悲しくないけど、なんでだろう、ぼやけて前がよく見えない。

これ以上自分の身の上について考えるのはよそう。虚しくなる。

俺達下っ端も恋人を作る暇さえない程働かされるけど、別のベクトルで大変なのは隊長以上の幹部陣、特に俺の直属の上司、副長である土方十四郎だ。あの人は剣を振り回すしか能がない俺達の分まで頭を回している。具体的には上へ提出する書類の作成とか、主に沖田隊長の起こした不祥事のフォローとか。

活動を行うほど、実績を高めていけばいくほど、処理すべき書類もうず高く積もっていくのは官僚主義の宿命。そこにウチの問題児の始末も上乗せ。既決書類と同じペースで増えていく煙草の吸殻。数時間もしない内に灰皿の上にはある種のアートが作り上げられる。彼は目に見えてイライラしていた。俺がやらかすと一呼吸も置かない内に足が飛んでくる……これはいつものことか。

ライフワークバランスなんて概念など知らぬとばかりにバリバリ仕事をこなす副長を見かねたのだろう、局長は彼に休暇を言い渡した。訳のわからない泣き落としを受けて不承不承休暇を賜った副長は、ふらりと屯所を出てどこぞへと消えていった。少しは休めたら、俺への折檻も軽くなって楽なんだけどな。でも戻ってきたら絶対沖田隊長絡みの始末書が増えてる筈だから、むしろ大変かもしれない。ああ……。

そんなことを考えながら見廻りに出る。今日の相方は十番隊の隊長、原田だ。彼は見た目こそスキンヘッドでイカツいが、意外と気のいいヤツだ。沖田隊長を筆頭に曲者が多い隊長格の中でも、比較的接しやすいといえる。副長直下にいるおかげでなんのかんのと隊長格とつるまされる機会が多いけれど、原田が一番仲が良いと俺は思っている。タメ口を許してくれている辺り、向こうも同じなんだろう。

「あれ、副長じゃね?」
「本当だ。酔ってる」
「何やってるんだろ」
「誰かに話しかけてるように見えるな」
「あっ誰か引きずり出した」
「女の子だ!」

青筋を立てた副長の手で路地裏から引きずり出されたのは、和服がほとんどのこのご時世に珍しいセーラー服の女の子。横顔を遠目から見ただけだからなんとも言えないけど、10代前半の、割と可愛い女の子なのではなかろうか。

「事案か?」
「いやいやあの人に限ってまさかそんな事はないでしょ。わざわざリスク背負わなくても女の人の方から寄ってくるんだから」
「羨ましいよなあ」
「ホントだよ……あっ手繋いでる」
「事案だ」

副長と女の子が手を繋いでいるのを目撃した瞬間、原田と心が一つになった。異口同音に同じ事実を口にして顔を見合わせる。アレはどう見たってやばい絵面だ。万が一彼女が補導された場合、副長の立場が危ない。

「どうする?」
「休暇邪魔したら確実に殺されるよな」
「間違いない」

鬼の副長を怒らせればどうなるか、俺達はソレを身をもって知っている。半殺しですめば良いほうだ。ただでさえ原田と市中デートならぬ見廻りで悲しい気分なのに、更に物理的にもボコされたら立ち直れる気がしない。

「よし、俺達でさり気なく警邏中の連中を遠ざけよう」
「俺達もバレないようにしないと」

野次馬根性……もとい、副長の名誉と休暇、そして俺達の肉体と精神を守るためにコソコソと二人組の後をつけた。彼女が何事かを言ったのか、副長は咳き込んだ挙げ句つんのめって転びかけた。その後手を繋がなかったのを見ると、多分指摘されたんだろうなあ。

二人は言葉をかわすこと無く歩いていく。うつむき加減の彼女がどんな顔をしているのか、後ろからつけている俺達にはわからないが、少ししょんぼりしているようにも見えなくない。

副長と女の子は幸いにして何事もなくホテルへとたどり着いた。ここらへん一帯ではかなり高級な部類のホテルだ。少なくとも俺の給料では泊まる気にもならない。女の子も驚いているのか、ロビーの入り口で立ち止まってしまっている。振り返った副長の視界に入らないように、夜闇に身を隠す。こういう時、黒尽くめの制服は役に立つ。

「山崎、ここって」
「前、浪士共に爆破されかけたホテルだ」
「副長が支配人にエラく感謝されてた?」
「そうそう。副長が駆けずり回ってたホテル」
「恩を売った相手がいるホテルに転がり込んだと」

ここまで来れば彼女が補導されることもないだろう。つまり俺達も役目を果たしたということで。あとは若いお二人で仲良くどうぞ、だ。倫理的に色々問題がある気がするけれど、首を突っ込んで殺される方が怖い。

「帰ろう」
「そうだな」

そうして俺達は屯所への帰途についた。彼女の正体、副長の趣味、色々と疑問の余地はあったけど、それらを見なかったことにして日常へ回帰しようとしたはずだった。ついうっかり、他の隊士に副長が女の子と歩いていたことを漏らしたことも忘れて。

翌日の見廻りは沖田隊長を相方にしていたはずが、隊長はいつの間にやら雲隠れ。これはいつものことなので、諦めて一人で仕事をしていたところで、とあるファミレスの前を通りがかった。副長がちょくちょくいると噂の和食チェーン店。そこに昨日から休暇中の副長と、昨日の女の子がいた。今日は和服なんだ。

窓ガラス越しだからよくわからないけども、彼女はメニュー表の下らへんを指差して、副長は浪士を取り逃がしたときのような苦い顔をしている。やがて給仕さんを呼びつけて、副長が何事を注文しようとして、衝撃に固まった。女の子が早口で何事かを注文するのを彼は凄まじい顔つきで見ている。手の位置からすると、足……いや脛を押さえているのか。状況がなんとなく推測できてしまう。……可愛い顔して意外とアグレッシヴな女の子なんだな。もしかして、沖田隊長の同類?

いやーな予感に背筋を震わせていると、彼女がこちらを向いた。看板を眺めるふりをしてやり過ごす。見てないですよー。俺は何も見てないですよー。こんな事してるのを副長に見つかったりしたらコトだ。俺はそそくさとファミレスから遠ざかった。監察には引き際を見極める目も大事だ。

しかし、今日の俺はとことんツイてない。行く先々で副長御一行様とニアミスする。なんでか沖田隊長までいるし。なんで一人増えてるんですか副長。というか沖田隊長は俺とペアだったよね。なんで私服で歩いてんだろ。なんで女の子にヘッドロック決められて下着屋の乗り込まされてるんだろ。大きなおっぱいに顔埋めてるのちょっと羨ましいぞ!!!

夜、俺は竹刀袋に竹刀を二本入れて夜道を走った。それもこれも副長が「山崎ィ、竹刀もってこい。二振りな」なんて言うからだ。今日は寒いってのに、とんだ災難だ。届け終わって、ちら、と頭だけ塀の上に出して岩尾先生のとこの庭を覗くと、副長が素振りしている。どこまで行っても剣のことしか頭にない人だなあ。

翌日、副長の3連休最終日。俺はやっぱりツイてなかった。またも出くわす副長と女の子。立って歩いているだけで様になっている副長の隣を歩く女の子はとても目立つ。二人揃って顔面偏差値高いのがそれに拍車をかけている。いいなー、俺も可愛い子と一緒に街を歩きたい。

二人は仲良さげに歩いている。会話が聞こえないからそう見えるだけでも、やさぐれた俺の目にはそう見えた。女の子が何か重大な忘れ物を思い出したような顔をする。そして遠目からでも分かるくらい痛恨の極みですと言いたげな顔つきになった。副長は「つまんねー事気にすんな」みたいな雰囲気だけど、彼女はそうもいかないようだ。キョロキョロと何かを探して考え込んで、そして副長の手を掴んで健康ランドに消えていく。

いいなモテ男は。……仕事に戻ろう。

俺は一人虚しく屯所へと引き返した。

*

ちょっと長めの休暇が終わった副長は、いつも通りバリバリと仕事をこなしていた。

「失礼します副長」

張り込みの報告書を持って障子を開くと煙が襲いかかってくる。最初は咳き込んだりしたけれどもう慣れた。それでも臭いのには変わりないけど、こればっかりは仕方がない。

「報告書です」
「ああ、ご苦労だった」
「休暇はどうでしたか?」
「……悪くはなかったな」
「可愛い女の子が一緒でしたもんね」

副長は激しくむせた。煙草なんか吸ってるから。軽い窒息か照れか、顔が赤い。抜き身の刃めいた目が俺を睨む。ついビクついてしまうけれど、言うことは言っとかないと駄目だと思った。

「山崎、おま」
「どんな趣味でも構いませんが、捕まらんでくださいよ」
「バッッッ、ちっげーよ!!アイツは、なんだ、その……エラく手ェ掛かる妹みたいなもんだ。一文無しだったからジーさんのところに預けただけであってな」
「はいはい」
「山崎お前信じてねーだろ。本当だからな。俺はアイツに指一本触れちゃいねェ!」

必死さが逆に怪しい。めったに見られない副長の周章狼狽ぶりが面白い。日頃の仕返しついでにちょっと言ってやろう。

「でもおっぱいは気になるんじゃないですか?」

沈黙。そしてぶつけられる明確な殺意。マズい。調子に乗りすぎた。そう思うも後の祭り。副長は立ち上がって指をペキポキと鳴らしている。ヤバイ。

「オイ随分詳しいな山崎ィ?」
「い、いや俺は、たまたま見廻りとか張り込みの最中に、副長と沖田隊長と女の子が一緒に歩いているのを目撃しただけで!」
「ほーう。噂の出どころはお前か山崎ィ……」
「いいじゃないですか!副長はいい思いしたんだから」
「だから指一本触れちゃいねェっつってんだろ!」
「でも一緒に銭湯行ったじゃないですか」
「どこまで見てんだお前!ったく、仕事放ってサボりたァいい度胸してんじゃねーかぁ!腹切れェェェ!!」

気がついたら傷だらけになって屯所の廊下に転がっていた。体のあちこちが燃えるように熱い。影から副長の名誉を護っていたのに、なんでこんな。俺の嘆きは夜の闇に溶けていった。
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