夢か現か幻か | ナノ
Exhibition
文字サイズ 特大 行間 極広
旦那は一瞬でたまさんを破壊したパツキンストパー野郎を叩きのめし、彼女を抱えた。

「おいっ機械の修理は」
「生体以外の治療なんてできるわけないでしょう!?」

医者を何だと思ってるんだ。百歩譲って天人ならばいざ知らず、機械の治療は無理だ。人間を模したヒトガタの修理はそれこそ父親の領分だろう。あの人は、本当に機械が大好きだった。買ってきた機械をバラバラにして、子供のように遊んでいた。創真が誤飲するから床にパーツを散らすのはやめてほしかったけれど。

普段はあまり思い出さない父親の事を思い出すのは、たまさんと旦那が、死の床につく親しい者同士のような会話をしているからかな。相手は生命の定義からは外れた機械だ。だけど旦那は彼女が生きているかのように、彼女を引き留めようとしている。そして、彼女の方はどこまで行っても旦那の事を慮っていた。

本物の人間との別離のようだ。とっさに浮かんだ考えを身震いとともに否定する。まさかそんな、と。

たまさんの正体について思いを巡らせていたのが分かったのか単なる偶然か。機械特有のセンサーの目があたしを捉えた。

「桜ノ宮さん、どうか、銀時さま……を」

――よろしくおねがいします。

続きは発話されなかったけれど、凡そそのような言葉を遺そうとしたのは想像に難くない。

機械とはなんと健気なのだろう。人よりも純粋で、ずっと真っ直ぐで、揺るがない強さがある。……そういう意味では、あのポンコツストパーも自身の役割にどこまでも忠実だった故の暴走だと思われるので、責められないのだろうな。

旦那はたまさんがコロリと落とした何かを拾い上げた。あたしには分からない。それにどんな思い出があるのか、それどころか彼女が手から落としたものが何であるのかさえ。

何かを手にしたまま、ゆらりと幽鬼のように立ち上がった旦那はどんな顔をしているのか、自分の位置からは伺えない。

ただ、背中からでも伝わってくる気迫があった。かつて白夜叉と呼ばれたこの男の伝説が事実であると誰にでも納得させる重みがある、そんな気迫だ。

あたしは、何らかの決意を背負って立つ彼にかける言葉を、何一つとして持っていなかった。

*

コンビニで煙草の代金の支払いの後、一枚の紙が差し出された。紙面に描かれる顔は見慣れた白髪天パ。紙を出してきたお客様はかつての上司、土方さんだ。まさか、警察まで噛んでくるとは。大本である旦那と土方さんの関係を鑑みるに、旦那に成り代わったあのポンコツとこの人ってライバルなんだろうけど、よく協力する気になったなあ。

「なあ、この男、知らんか」
「さァ……?深夜帯といえどもお客様は沢山いらっしゃるので」
「そうだよな。悪かった」
「ちなみに、一体何をした男です?」
「器物損壊、だな」

なるほど、真っ当な罪状だ。あくまであのストパーに対するものだけであればだけど。たまさんに関しては完全に冤罪であるとあたしは知っている。しかし、知らないと言った手前、滅多な事は口にできなかった。あたしは嘘を吐くのが苦手らしい。

「被害届は出ているんですか?」
「いや、まだだ」
「なのに、どうして」
「奴には借りがある。利子つけて返さねェと気がすまねー」

万事屋と真選組が関わった一大事の顛末を思い出すまでもなく、真選組は旦那に少なからず借りがある。あの男は酒と甘味と金があれば多分気にしないと思うんだけど、土方さんにとってはそうも行かないのだろう。気持ちは分かる。あたしもそう思ってこの騒動に首を突っ込んだのだから。

味方する相手が違うだけで、あたしと彼の動機は似たようなものだ。決して間違いではない。だというのに、彼はどうして自分の行いに自信がなさそうな顔をしているのだろう。

「……土方さん?」
「妙に感じる。野郎、仲間がやられた時にこんな行動するタマだったか……?」
「こんな行動?」
「んなビラなんざ配って、キャバ嬢やら動員して大々的に犯人を追い込むやり方だよ。どうにも解せねー」

土方さんは旦那の違和感を感じ取っていたようだ。伊達に何度もぶつかっていない。

……たまさんが破壊されたあの後、たまさんを源外さんのところに運び込んだ。あたしが家に戻ろうとしたその時、旦那は『これ以上関わるな』と言った。『借りモンに傷つけたら土方くんにぶっ飛ばされちまうわァ』なんて、いつもの調子で嘯いて。

今までもずっとそうしてきたのか、あの男は自分一人でなんでも背負い込む癖がある。他人の心配なんて余計だと言わんばかりの態度で誰も寄せ付けずに戦う男。あたしを気遣って戦いから遠ざけたような男が、わざわざ他人を扇動してまで仇討ちなんかするものか。現に一人と一匹でカタをつけようとしているのだから。今日この時に備えて一応保険はかけておいたけれど、どうなるか。

土方さんは話しきった後に思案顔のあたしを見て、少し喋りすぎたと思ったらしい。わざとらしい咳払いをして、少し照れたようにあたしから視線をずらした。

「……なんでだろうな。お前を見ているとつい口が軽くなっちまう」
「話しやすい見た目だから、ですか?」
「いや、それ以上に……お前を見てると、なんか懐かしくなる」
「懐かしい」
「ああ。おかしいだろ?お前といると、もう何年も一緒にいたような気分になる。ついこの前定食屋で初めて会ったのに、だ」

そりゃ本当に何年も一緒にいましたから。珍しくはにかむ土方さんへマジレスしそうになるのを気合でこらえた。忘れられるというのは、こんなにも堪えるものなんだな。土方さんが居なくなって、彼に助けれられた自分も抹消された時は大して痛くなかったのに、この人に知らない人扱いされると、胸が張り裂けそうになる。

だってあたしは、この人が拾い上げてくれなかったら今頃死んでいたんだから。土方さんがなければあたしは生きていられなかった。でも、あたしがいなくても土方さんは大丈夫。事実だし、自分がそんな大層な人間じゃないのは最初から分かっているけれど、いざあたしと土方さんの関係の非対称性を突きつけられると辛かった。

「……なにか言いたそうだな」
「いえ、なにも?」
「まあいい。なにか分かったら連絡してくれ」

砕け散りそうな心に蓋をして、土方さんの背中を見送る。広い背中は忘れられる前後で変わらない。

その背中を見て、あたしは一つ気がついた。もう今更といっていい事実に。

「――あ」

あたしは、自分が記憶を失ったときに、彼らに同じ思いをさせたのか。

かつて自分が気が付かなかった彼らの痛み。それが、今感じている痛みだったのか。

あたしに思い出してほしかったのは、記憶を失った自分がいらないのではなく。忘れられた痛みが故だったとしたら。あたしはひどい言葉を投げかけた。……いや、日頃から結構アレな事言ってた気がするけど、そうじゃなくて。

「自分がその立場に置かれないと分からないとは、本当に愚者だなこれじゃあ」

もし、坂田金時を打倒してみんなの記憶がもとに戻ったら、ちゃんと謝らないと。もう遅いかもしれないけど、それでも。

過去の自分は一旦さて置いて、今は自分が為すべき事に目を向けよう。旦那はああ言ったから表立って彼に協力はしない方が良いだろう。せめてもの協力として警察の目を逸らすためにデコイも撒いた。けれど、まだ足りない。こんなところにいちゃ駄目だ。あたしも戦わなければ。

「すみません!用事思い出したので今日は帰ります!!」とおばあちゃんに叫んで店を飛び出した。追いかけてきた暖かな声は確かに激励のものだった。全部終わったら菓子折り持ってかないとなあ。

「どうしたんだ。血相変えて飛び出して。お前、まだシフトだろ」
「土方さん」
「しかも廃刀令のご時世に似合わねェ人斬り包丁ぶら下げて、穏やかじゃねーな」
「…………土方さんこそ、どちらに行かれるんですか」
「かぶき町に坂田銀時が出た。おかげであっちは祭り状態だ」
「土方さんはどうなさるおつもりですか」
「俺達は警察だ。なら、この馬鹿げた騒ぎを終わらせなきゃなるめーよ」
「どうやって?」
「騒乱罪で全員しょっ引く」

法にどこまでも忠実な対応だ。生真面目な土方さんなら、そうするだろうと思った。

あの狂乱の中であたしの役割はないに等しい。旦那があたしをはじき出してしまったし、実際できる事もないのはわかりきっている。

しかし、あたしにも為すべき事がある。

坂田銀時と坂田金時が決着を付けるのを土方さん達警察に手出しさせられない。だから、あたしが彼らの邪魔をする。これは立派な反逆だ。記憶戻っても復職させてもらえるかなあ。

「私がそれを妨害する、と言ったら?」
「……奴らの逮捕に動くのは俺だけじゃねェ。お前もそれなりに使うようだが、他の連中を止められるほどじゃねーだろ」
「そうですね。あなた単体ならしばらくはもつでしょうが、全員を相手にして勝てる気はしない。だから、皆さんには江戸の外に出ていただきました」
「――!?……まさか、あのタレコミ」
「ええ、私です。でも、嘘ではありませんよ。近藤局長と沖田さんに斉藤隊長達は実際に浪士と戦闘になっているはずですから。まあ、その浪士も偽情報を流して集結させた囮なのですが。そして残りの半数は……指揮官たる貴方さえ押さえれば無力化は容易です」
「随分と周到じゃねーか。見た目に騙されるなたァ、お前のためにある言葉だな」
「鬼の副長にそう言っていただけるとは、恐悦至極に存じます」

自分の打った手を今一度検算する。

かつての攘夷戦争で白夜叉と呼ばれた旦那なら、土方さんや近藤さんが一人増えてもどうにかさばくだろう。沖田さんとガチンコはその時の状況次第。斉藤隊長は未知数だけど、まあ旦那の敵ではなかろう。しかし、流石に四人が一斉にかかったら旦那でも危ういと考えられる。他は何人束になろうと旦那の相手は無理だ。

つまり、抑えるべき頭は四つだ。圧倒的に脅威度が高いのは沖田さん。しかし、既に手は打ってある。近藤さんに沖田さんと斉藤隊長、ついでに他の隊長の方は、謎のタレコミを受けて江戸の外。これで三人を盤上からどかした。しかし土方さんだけは江戸を離れなかった。近藤さん留守の間江戸を預かる任務があるからだ。なら、ここからは、あたしの出番だ。

「どうしても退かないんだな」
「私の心配よりも、ご自身の命を心配したほうがよろしいのでは?――手加減、出来ないと思うので」
「抜かせ」

互いに刀の柄に手を添える。

勇ましい事を宣いはしたものの、内心では鉄骨渡りをしている気分だ。同じ得物でもリーチはあちらの方が上。実力は言わずもがな。相手に油断している様子はない。不意打ちが通用する相手でもない。一つ一つの要素をつまみ上げると勝機なんてないのが分かる。

今よりもさらに実力が劣っていた二年ほど前に土方さんに勝てたのは、周りの助けがあっての事だったのだと痛感させられる。

今度こそ、死ぬかもしれないな。

「……あの旦那は『ありもしねー義務を背負い込んで余計な事を』と仰るのかもしれませんね」
「何を言っている?」
「懺悔を、少々」
「もう一度聞くが、退く気はないんだな」
「はい」

土方さんは肺腑の底から絞り出すようなため息をついた。伏し目がちの目が、ビルに遮られて見えない地平線を見て、そしてあたしの目をまっすぐに見た。刃のような目には嘆くような色が乗っている。

「つくづく、惜しいな。……腹ァ括ったいい目だ。隊士にもそんな目をする奴ァなかなかいねェ。男だったらウチに欲しいもんだ」

あたし、真選組の隊士だったんですけどね。口元から出かかった言葉を飲み込む。覚えていない相手に言ったところでどうしようもない。

「最後に聞くぞ。――なぜ俺達の邪魔をする」
「義理、ですね」
「……そうか。なら、仕方ねェな」

互いに果たすべき義理があり、しかし相手だけが違った。そして義理を果たす相手は対立している。ならば、あたしと土方さんも、ぶつかり合うのは必定と言えるだろう。

鯉口を切る直前、自己に問う。――慕う人を斬る覚悟はできているかと。

出来ている。大丈夫。斬れる。

暗示めいた覚悟を胸に、刃を引きずり出した。
prev
102
next

Designed by Slooope.
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -