夢か現か幻か | ナノ
Guilt trip
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土方さんと定食屋でご飯を食べた後、なんとか職を発見し、いつ行ってもおばあちゃんか青年が立っているコンビニの深夜帯を担当させてもらう事になった。こんなところでコンビニバイト経験有りの設定が活きるとは誰が思おうか。少なくともつい数週間前はこんな事になるなんて思いもしなかった。

意外となんとか生活は回っている。公務員と非常勤医師やってた頃よりもずっとお賃金が安いけれど、女が一人、慎ましく暮らす分には稼げるから問題ない。貯金もあるし、廃棄持って帰っていいって言われたし。

「いらっしゃいませー」

かぶき町の外にあるコンビニだからか、金色横丁辺りで飲んできたお客だったり、今頃仕事帰りの哀れなリーマンであったり、はたまた公務員であったりと、深夜帯でも多種多様なお客さんがやってくる。

おばあちゃんはこの店をお孫さんと交代で切り盛りしていたそうだ。でも最近お孫さんが事故で入院してしまったため、人手が足りなくて深夜は閉店しようかと思っていたのだとか。

そんな時にあたしという存在は渡りに船だったという。最初は女の子が一人でと心配していたけれど、こっそりカウンターの中に刀を持ち込むから心配ないと言うと、「そうかい」と二カっと笑っていた。こういう器の大きな人になりたいものだ。

今日のお客さんもバリエーション豊かだ。飲み会帰りのやんちゃ坊主だったり、本当に色々来た。中には首に異様な汗をかいてガンギマリの目をしておかしな事を宣う輩もいたけれど、麻取に密告する程度に留めておこう。

そして更に夜が深まった頃、隊服姿の土方さんがこのコンビニに顔を出した。あたしがバイトを始めてしばらくしてからやってきて、あたしの顔を見てキョトンとしていたのは見ものだった。流石の鬼の副長も、まさかコンビニにあたしが居るとは思わなかったらしい。

今日も見回りの途中で立ち寄ったようで、鋭い目にはどこか力がなくて、ちょっとお疲れのようだ。

「いらっしゃいませ。お疲れさまです」
「おう、いつものくれ」
「こちらの、マヨボロ12ミリ・ソフトでございますね」
「手際が良いな」
「土方さんのは覚えやすいので」
「にしても、こんな時間に女一人って大丈夫か?」
「強盗程度なら負ける気がしません」

カウンターの中でシャドーボクシングの真似事をして見せると、土方さんは目を見開いて「いい拳だ」と一言唸った。

「まさかとは思うが、剣もやってるのか」
「かじった程度ですよ」
「その手でかじった程度なわけあるか。隊士でもそこまでやるのは珍しいってのに。男だったらウチに欲しいくらいだ」

ウチに欲しいも何も、あたし真選組にいたんですけどね。まさかそんな事を言えるはずもなく、曖昧に微笑んだ。ついでに言うなら、子供の喧嘩しか知らなかったあたしに本格的な殴る蹴るのやり方を教えてくれたのは土方さんだ。バラガキ拳法強い。

「まァいい。強盗にあったらレジの金渡してでも逃げろ。下手に抵抗するな。刃物に拳は無力だぞ」
「はい、肝に銘じます。土方さんもお勤め、頑張ってくださいね」
「おう」
「ありがとうございました。またお越しくださいませ」

土方さんは片手を挙げて応じてくれた。あたしの事を忘れてしまっても、こういうところが大好きだ。

「いらっしゃい、ませ……」
「え?何?すみれ先生、俺の事分かる感じ?」

ようやっと見つけた銀髪天パを店内で唯一監視カメラのない場所、すなわちウォークインに引きずり込む。ウォークインは通常ペットボトルの冷蔵庫なので、お客さんがペットボトルをとるときに扉を開くと音が漏れるが、今は深夜帯の中でも客数が少ない時間。そんな心配は無用。一応店の中の様子も見えるので万引き対策もできてはいる。

つまり、心置きなく聞かれてはマズい会話もできるわけだ。軽く互いの近況を交換した。

「で、あのポンコツに自分の居場所ぶんどられた旦那はどうするつもりで?」
「……まあ一応、アイツから仲間を取り返すって話にはなってる」
「ああ、機械には洗脳は効きませんからね」
「畜生もな」
「それは初耳でした」

大方、たまさんがあの腐れストパー野郎への対策を練っているのだろう。彼に仲間がいるようで何より。

というか、あたしは人外にカウントされてるのか。……確かに事実かもだけど、複雑だな。

「センセ、今家あんの?」
「アレに接触する前にセーフハウスは確保しておきました。紙の契約書もありますから、その日は相手がボケてたって事になってます」

岩尾先生のところからセーフハウスに書き換えた自分の住所は抹消されてはいなかった。住民票は機械で管理しているからだ。格別の問題が生じない限りは、不都合に直面することはないだろう。

一方健康保険の方はそうもいかない。コンピューター上では真選組に在籍している事になっているから、社会保険は使えるんだろうけど、多分請求の時に勤務実態がない事がバレるから使うのは避けないといけない。国民皆保険制度は便利な制度だったのか……。

「アレを知ってたのか」
「事態に気がついたのは旦那の釈放の話が持ち上がったくらいですね。つまり、周囲の洗脳が終わった頃です」
「お前だけは洗脳されなかったと」
「はい。それでマズい事になっていると気が付いて、目的を聞きに、そして洗脳の対策を立てるためにアレを挑発したらこの通りです」
「バカだねェ。その場のテンションに身を任せる奴は破滅するんだって」
「破滅はしてませんよ。なんせ貯金はありますし、ご飯も食べれています。失ったものは大きすぎますが、洗脳波のサンプリングには成功しました。……どこにもっていこうか検討中ですが」

旦那の顔は相変わらずの間延びした顔。旦那からすれば、何勝手に巻き込まれて破滅してるんだって感じなんだろう。

旦那は気にしなくても、あたしが気にするのだ。真選組が旦那を勾留した事でこれが起きてしまったのなら、隊士として償わなければならないと思った。それが大きなおせっかいだと言われても、それでも、やらなければならないのではないかと思ったのだ。ようは自己満足でしかない。その結果困った事態に陥っているのは完全に自己責任だ。旦那に咎などあろうはずもない。

「相手に広範囲の機械をハッキングする機能まではついていなかったようで幸いです。ついていれば今頃住所不定無職の自称・桜ノ宮すみれ(20)になっていましたから」
「でも先生は医師免許あるんだから忘れられても職にあぶれるこたァねーだろ」
「医療過誤があった時が面倒なので、危ない橋を渡らないことにしたんです」

医師免許を管理しているのもコンピューターだから、多分資格を失ってはいないんだろうけど、問題は人の記憶がない点。なんかやらかした時に資格取得の際の証人――つまり岩尾先生がいなければ、下手したら偽証罪に問われる。君子危うきに近寄らず。危ない橋は避けて通るが道理なのです。手技を忘れないように訓練はやり続けているので、技量の低下は緩やかであると信じたい。

「なるほどね。で、俺はさておき、そっちはどーすんの」
「どうしましょう。土方さんにも忘れられちゃいましたから、今こうして糊口をしのいているのですが」
「土方くんも冷たい男だねェ。こんな困った女の事も忘れちまうなんざ。ちょっと目ェ離したら死んじまうだろ」

そんなスペランカー先生とか幼児じゃないんだから。……いや、こうして対岸の火事に飛び込んで火達磨になってるんだし、似たようなもんか。

「自分の居場所を取り戻す算段は整っていますか?」
「たまは違和感を刺激すれば金メッキがハゲるかもっつってたが」
「それは当たっていると思います。あのパーペキなポンコツが旦那みたいな真似してるのは矛盾ですから」
「ちょっとそれどういう意味」
「それと、過去の再現も効果があるかも。前にやった会話とかに反応がありました」
「無視すんな」
「まあ、我々真選組が蒔いた種でもありますし、何かしらで協力しますね」

その時、入る時に切ったウォークインの空調が作動した。人工的な風の唸る音に混じって旦那が何かを言ったかもしれない。聞き返そうとしたその時、店内に響いた軽快な音が、店に人が入ってきた事を知らせてくれた。コンビニ店員の本分に戻らねば。旦那に一言挨拶をしてバックルームを通ってバタバタとレジに出ていく。

「いらっしゃいませ」

接客をしている間に、旦那はしれっと出ていった。店の自動ドアをくぐる寸前、ちらりと自分を見ていた目には、どこか憂いがこもっていたような。

*

フラフラと街を歩いて、旦那がいそうな場所を探し当てて、地べたにゴザも敷かず座り込んで目を閉じたままの白髪の前にコンビニのレジ袋をぶら下げた。

「旦那ァ、廃棄の弁当とサラダ貰ってきたんですが要りますか?」
「甘味はねェのか気が利かねーな」
「やだな、曲がりなりにも医者が糖尿寸前の人間に甘味出すわけないでしょ」

たとえ医師免許が意味をなくしているとしても、自分は医者だ。

たとえ誰も覚えていなくったって、自分は警官だ。

そんな自分が他人が病気になったり忘れられて軽くブルーになってたり、餓死するようなのを見逃すわけにはいかない。いろいろやってもらっておいて、このくらいしか返せないのは申し訳ないけれど。

「で、どうなんです。随分毒気が削がれているようですが」
「直截だねェ。公務員ってのは迂遠な物言いをするもんだと思ってたが」
「何をするのにも書類が必要なゴリゴリの官僚組織なんですから、やる事いる物はハッキリ口にしませんと遅くなる一方でしょう」
「元公務員様も大変だな」
「まァ、直属の上司の気質も大いに手伝っているかもしれませんが」
「目に浮かぶぜ」

少しずつ薄れている記憶の中の、仕事中の土方さんの姿を思い出す。今頃あの人はマヨネーズでもすすっているのだろうか。鉄いじめられてないといいなあ。ちょくちょく煙草間違えて土方さんにどつかれてるけど悪い子じゃないんだ、彼は。

……話が逸れた。

「俺の心配も結構だけどよォ、センセの方こそ大丈夫なの?後から土方くんに怒られても俺ァ知らねェからな」
「これでも建前は備えているのでお気になさらず」

あたしがわざわざあの機械人形に接触した理由は先に述べたように旦那への義理だ。しかし、いくつか副次的な理由がある。その一つはあの木偶人形の電磁波のサンプルを用意することだった。誰かに洗脳電磁波のカウンターを開発してもらうためには、実際の波形が必要になる。

一応道理はあるのだ。多数の個人を洗脳できるアレが浪士の手に渡ればとんでもない事になる。為政者側に使わせるのは個人的に業腹だ。そんな物を放置しているのは治安的にもよろしくない。

もう一つは自分の状態の把握だ。

佐々木の件があってから『赤泉』計画の資料をさらに盗み出したところ、いずれの結果にも共通点が見受けられると分かった。発見に寄与した長谷川さんに感謝と焼鳥を。

それは大多数の被検体が何らかの特殊な能力を得ていたという事実。主に生命や精神に関する能力で、人格の分裂といった精神病でも起こり得る現象から、死なずの細胞の無限分裂――ただし制御できないので癌細胞と変わらない――という計画が目指した目標に限りなく近いものまで多岐にわたっていた。

自分がどのような原理で洗脳波を弾いたのか、それを解明する必要もあると考えたのがもう一つの建前だ。

すべて公式な文書にはできない建前だけども。

それを旦那に説明する必要はないので、別の話題に切り替える。

「ところで、たまさん、なにか焦った様子で走っていってましたね。旦那はなにか心当たりでも?」

普段は気の抜けた表情ばかりの彼が、気色ばんであたしを見た。それも一瞬。旦那は一切振り返らずに走り出した。

付いていくべきか。遠ざかる背中を見ながら悩み、ここで知らぬふりは元警官としていかがなものかという疑問に行き当たった。……多分、知らないふりは許されないだろう。彼の後を追って走る。

毒を食らわば皿まで。ここまでくれば一蓮托生だ。

――その結果見たものが、膝関節と、動力部があると思しき胸部、それから記憶領域がある重要なパーツである頭を破壊されたたまさんだった。

路地裏に、金の髪が鈍く輝いていた。
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