CAコンテナは生鮮食品、主に果物や野菜などの農産物を運ぶコンテナだ。このコンテナは酸素を抜いて代わりに窒素を充填する事によって、酸素を5%以下に保つことができる。そうすると野菜や果物の呼吸が抑制されて、果物の糖や野菜の栄養素の損失を減らせる。つまり、従来の輸送方法である航空機輸送よりも安く、かつ新鮮なままでの輸送を可能にするのがCAコンテナだ。
今回の事件ではそれが悪用された、ということだ。そのコンテナ、決して安くないはずなんだけど、どっから導入したんだコイツら。
まあいい。今は近藤さんの状態について考えようか。
野菜や果物は酸素が少なければ休眠状態になるだけだが、人間は6%以下の酸素濃度だと昏睡し、6分間で死亡する。隊士達の症状を見るに10%以上はある、といったところか。近藤さん達は危機的状況と言って差し支えない。とはいえ、そこまで急激に酸素は減らされないだろう。後で搬送しないといけないけど。
どうやったって即時釈放といかないのは犯人にも分かりきっているはず。近藤さん達は人質だ。ならばすぐさま殺す愚行はしでかさないと考えられた。一応は猶予がある。流石に半日とまではいかないが。
しかし、いくら候補が絞られているといっても、この広大な江戸港だ。総当りで調べるにはやや時間が足りない。そこでリーファーコンテナの区画を一部停電させる事を土方さんが提案した。順番に停電させて、今もスピーカーから聞こえてくる冷凍機の音が止まればそこが近藤さんの居る区画という寸法だ。
これがうまく行くかは正直微妙。真選組の人間を税関の人間に仕立てる事でウチの関与を誤魔化しているつもりだけど、なまじっか内情を知る人間が相手だ。欺瞞もどこまで通用するか。
「土方さん」
「なんだよ」
「うまく行きますかねィ」
「……いつになく弱気だな。腹でも下したか」
「下すのは土方さんじゃないんですか」
「あ?俺がストレスで腹下すわきゃねーだろ」
「朝にすすったマヨネーズ、変な味がしやせんでしたか」
土方さんの顔色が、すっと青くなった。そして、こちらにも聞こえてくるほどの音で腹を鳴らしてうずくまった。
「総悟、テメェ、謀った、な……」
「おまる用意してもらいやしょうか」
「ふっっっざけんな、この、性悪がァ……!」
時を同じくして、近藤さんが悲痛な声を上げた。壁に投影された近藤さんはお腹を抱えて内股にした脚を震わせて、今にも堪えられないといった顔でこちらを見ている。近藤さんと一緒にいる隊士達はこれから密室で起きる惨劇の気配に恐れ慄いていた。
「トシ、総悟、俺……お腹が……」
「近藤さん、いい歳こいて拾い食いしないでくだせェ」
『沖田、貴様何を、したっ!』
「っかしーなー。下剤仕込んだのはマヨネーズだけだったんですがねィ。どいつもこいつも拾い食いたァ、どうかしてらァ」
「テメェェェェ……」
標的だった土方さんだけでなく、近藤さんや隊士も、それに轟と奴の仲間までも腹を下している。もしかして、今日の定食Aはタルタルソースだったから、それか。タルタルの原料・マヨネーズが下剤混入されたやつだったんだ。
そして食材の減りの速さの要因も把握できた。轟が横流しした食料を仲間が食べていたのか。その中に下剤マヨネーズのストックも混じっていたと。……南無三。遅効性だったからすっかり忘れていた。いやー、なんか嫌な予感がして定食頼まなくてよかった。
「うっかりしてた。その下剤マヨ、屯所の冷蔵庫にしまっといたんだった」
テヘペロ、とどこぞの少女のように、こめかみに軽く握った拳を当てて舌を出す。厠へのランナウェイをはじめた土方さんに凄まじい目で睨まれた。そりゃそうだ。自分でも、仕込んだマヨがここまで猛威を振るうとは思わなかった。
そして丁度いいタイミングで、スピーカーから聞こえてくる冷凍機の音が止まった。二回、三回、このリズムは人為的なものだ。
トイレに駆けていった土方さんに渡された無線がノイズを立てる。
「副長!」
「沖田でィ。今電源が落ちたのを見た。今電気止めた区画を探せ。荷主が分からねぇモンは問答無用でシール破壊しろ。開封時は扉から離れろよ、中の空気吸ったら最悪死ぬぞー」
「了解!!」
土方さんは厠の中だけど、彼も同じ指示を下すだろう。
海洋コンテナというものは開閉レバーにシールと呼ばれる金属製の棒を噛ます事で封をする。シールは一回ごとに専用のカッターで破壊される厳重なもので、コレを合法的に破壊できるのは荷主と受け入れ先の税関だけだ。
今回は横紙破りに片足を突っ込んでいるので、被害を被る善良な荷主は少ないに越した事はない。リーファーコンテナだから、下手すると中身がワインとか生鮮食品の類だったりする。面倒事は避けたい。
さて、近藤さんの肛門括約筋がもってくれるのかどうかもってくれ、祈りながら時を待っていると、近藤さんの前、カメラの後ろから光が差した。
「局長を確保しました!」
「おーうお疲れェー」
「局長のパンツも無事です!!」
「さっさと厠連れてってやれィ」
近藤さんは隊士に支えられてカメラの画角から離脱した。よし、これで近藤さんの脱糞が壁に映し出されるリスクは消えた。あとはどうにでもなるだろう。
「隊長!厠で轟一派を確保しました!!」
「よし、護送車回すから、それまでに下剤排出させておけ。逃がすなよ」
後始末について指示をやっていると、土方さんが心持ちげっそりした顔つきで戻ってきた。下剤の効果は抜けたらしい。よかったよかった。
「あ、土方さんおかえりなさーい」
「近藤さんは」
「土方さんがウンコタイムしてる間に救出できやしたぜ。奇跡的に漏らしてません」
「俺がウンコタイムするハメになったのも、近藤さんが漏らしかけたのも、元はと言えばてめーのせいだろうがよォ……」
こういう痛いことを言われた時にやる仕草は決まってる。後頭部で腕を組んで、斜めを向いて口笛を吹く。その結果はお察しの通り、頭を一発ぶん殴られた。妥当、いや大甘な結果だろう。なにせ人間の尊厳を奪いかけたのだから。
「いやー大変な目にあったけど、犯人も捕まったし、皆無事だし、結果オーライだな!」
「いや、アンタの尊厳は無事じゃないけどな」
「トシ……ズボン、あるかな?」
「パトカーに予備積んでるから取りに行かせる」
ひょっこりと戻ってきた近藤さんは何故かオムツをしていた。お気の毒さまに、と自分の行いを棚に上げて彼に同情した。
「いやー万事解決ですねィ」
「お前、下剤の件、始末書忘れるなよ」
「……さーて、飯食いに行くか」
「いつかぜってー下剤盛ってやる」
願わくばそれまでに桜ノ宮すみれの肉体に戻りたいものだ。
*
ローテーブルにお菓子山盛りの菓子盆とお茶を脇において参考書を挟んで二人でノートを取り、例題を解き、時には理解している方がまだな方に解説を行う。どっちも分からなければ岩尾先生を呼んで解説してもらう。もはや日常と化した風景だ。
勉強が一段落ついたので、お菓子をお茶請けに、前の日にあった出来事を教え合う。昨日の沖田さんはセクハラ患者に出くわしてしまったらしい。思わず言い返して面倒な事になったとか。報復を受けるなら沖田さんが中身の間であってほしい。それかせめて相手を再起不能になるまで叩きのめしておいてくれたのなら……。
「――とまあ、昨日はそんな事がありやした」
「それで俺が下剤盛られたら、テメーにも下剤入り麻婆見舞うからな」
「勘弁してくだせーよ。テメエが勝手に触雷したのを人に押し付けんなって話でさァ」
「機雷が敷設されんのは誰のせいって話だフザケンナ」
もうどっちがどっちだか、読者にも書いている人間にもわかりにくくなっているけれど、一番上は桜ノ宮すみれ(中身)の発言で、その次は沖田総悟(中身)の発言だ。後は交互なので雰囲気で読んでヨロシクと意味のわからないことを思いながら、昨日のドタバタを思い返した。
いやホント大変だった。主に始末書と轟一派の下痢ピーとその後始末が。沖田さんの給料には下の世話費なんて入っていないと思うんだよな。そもそも誰のせいかという話には耳を貸さないつもりである。
「まあ、コンテナの件は助かりました。芋侍にはどいつもこいつも似たようなもんに見えるので、マニアの父親から受け継いだ知識がある貴方がいてくれたのは僥倖です」
「じゃあ下剤はその代償って事で」
「それとこれとは話が別です。下剤食らうなら入れ替わってる間にしてくださいね」
「いやでィ。第一、一日一悪戯やれっつったのは自分だろォ。幸か不幸か大連鎖したからって責任おっかぶせるのはよしてくだせェ」
「管理できないレベルの大連鎖起こすなって話じゃないですかマジではっ倒しますよ」
……これ以上は面倒にしかならないだろうから、別の話に切り替えるとしよう。
「ところで、そっちはどうなんですかィ」
「土方ってキモいな」
「なんで?」
「……普通に考えて、ひょっこり現れた小娘に手を焼いて、そのくせ満更でもないってキモいでしょう」
ロリコンという単語が脳裏を過ぎった。これは肉体側の感覚かもしれない。実際一度、土方さんがロリコンの現行犯でこの人に捕まってるし。
「でも、下心がないのはアンタが一番分かってるだろ」
「…………そこも気に食わねェ」
沖田さん(中身)の言葉を皮切りに、自分の制御できない感情、肉体側の思惟が流れ込んでくる。
ご丁寧に彼が見てしまったものもコミコミだ。至れり尽くせりかな。
――あの時姉上をこっぴどく振ったくせに。なぜ、なぜ、まだ一途に姉上の方ばっか見てんだ。
――どうせなら、このちんちくりんの方に行けばいいのに。そうすれば、人の心は移ろうものと思える、割り切れるのに。……いや姉上がこのちんちくりんに負けんのは癪だな。
――とにかく、気に食わねェ。この女も、あの男も。
子供の駄々にも似た事を紡ぎ続けるそれの背中を擦りながら、弟を取られる日が来たら自分もそんなもんかねと思いつつ、思いつく感想はそうだね、ごめんね、と数少なく。漏らしてもいい子っぽくなくて問題ないものを漏らす。
「めんどくせーな沖田さんは」
「桜ノ宮さんほどじゃない」
「面倒くさいやつほどそうやって押し付けるんでさァ」
勉強をしながらも罵り合いは続き、岩尾家での夜は更けていく。
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