夢か現か幻か | ナノ
Reconnaissance
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紫煙の満ちる副長の書斎。そこで無事職場に復帰した土方さんが煙草をふかしていた。バラガキ共が大暴れした件で彼が入院している間、この匂いが薄れていたから、ほんの少し寂しかったのだ。……一応医者なので、喫煙を賛美する発言はできない。それ故に、彼にそう伝えるつもりはない。

そんな事をここに話に来たんじゃない。自分が佐々木について感じた所感、殊に『計画』を知っていた件とそれから推測できる黒いつながりを、憶測ではあるものの口頭で報告する。

あたしの報告を一通り聞き終わった土方さんは、溜息をつくように紫煙を吐き出した。

「――で、佐々木が高杉と繋がっていると?『計画』を知っていたのは和田を通じて高杉から聞いていたからだと?」
「その可能性はかなり高いかと」
「別の浪士や幕臣が漏洩元の可能性は」
「幕府の、いいえ、我々真選組の情報統制はほぼ完璧です。その辺の幕臣や浪士があたしの正体まで掴めるとは思いませんが」
「天導衆の連中が漏らしたとは」
「思えませんね」
「なぜ断言できる」
「連中の望みに関わってくるからです」
「望み?」
「天導衆が望んでいるのは不老不死、正確にはそれが導く永遠の搾取です」

そうでしょう?と視線で問うと、土方さんは静かに首肯した。

将軍を矢面に立たせて自らは決して表に出ない奴らは、地球に住まう全ての命を軽視している。煉獄関の件や、いつぞやの戦争で投入された厭魅もそうだ。連中に地球人達の命を想う心がほんの少しでもあれば、あんな行いはできない。

それなりの知能の生命体、今のところは尽きない金鉱脈を始めとする希少な資源、そして龍脈のエネルギー。連中から見れば、地球という星は宝の山に見えるのだろう。

そんな地球という星の資源を、搾り取れるところまで搾り尽くす事。それが天導衆の目的であるのは、幕府にいて連中の存在を知っていると嫌でも理解できた。それを守っている事実に嫌悪感が湧くものの、義憤だけでどうにかできるほど相手は小さくない。

どん詰まりにいるような、ガラスの檻に閉じ込められているような、ある種の閉塞感。こういうのを打破するのは、決まって時代のうねりだ。でも、このうねりはガラスの天井を破るけれど、砕け散ったガラスの破片で色んな人を傷つける。傷つく人の中には罪のない人も大勢いるだろう。そういうのは、好きじゃない。そして自分は体制側、うねりを止める側だ。だけど本質的にはうねりの側でもある。

どうしたものかと思うけれど、こればっかりは時期が来るのを待つしかなさそうだ。

考えごとから復帰して顔を上げると、土方さんの怪訝な顔。ああ、黙り込んだから不審に思われたのか。考え事をすると脱線してしまうのはあたしの悪い癖だ。一つ咳払いをして、話を続ける。

「失礼しました。……この星から搾り取り続けるためには、自分達『だけが』不死でなければならない。だから実験が失敗したと見るや施設を放棄し、被検体や実験の関係者を殺し尽くしたのです。非人道的な実験内容や異世界の存在を覆い隠したかったのも一因でしょうが、主たる理由は別にあると私は考えます」
「死なずの存在がある事を伏せたかったんだな。そして自分達がそれに近い場所にいる事も」
「はい。不死の存在が普遍的になれば、それは彼らの優位性を揺るがしてしまう。だから、研究結果が利用されないように封印したのだと思います。……和田には部分的に再現されたようですが」
「なんにせよ、そこまでして情報を封鎖したからには誰かに簡単に喋るはずがない、そういう事か」
「はい。連中の望みは簡潔。自己の保身ですから」

土方さんは煙草の火を上下させて、思案顔だ。しばらく沈黙して、そして長々と紫煙を吐いて、もう一度吸って吐いて、そして結論が出たのか口を開いた。

「もし、野郎が高杉の奴と繋がっていたとして、追求しても逃げられるだろうな。『計画』の話だけじゃ根拠が弱い。その上に『計画』を知らねェとっつぁんに『計画』の話をするわけにもいかねェ」
「ですよね……」
「だが、佐々木の野郎がどうにも臭うのは俺も同意だ。とっつぁんに佐々木の動きには気をつけるように伝えておく」
「ありがとうございます」

土方さんの言葉で、幕府そのものに関わることならば、聞き入れてくれるだろう。……いや、あの人なら、あたしが言っても聞いてくれると思う。

だが、大切なのは通すべき筋は通す事だ。上司の頭越しに情報をやり取りするのは、公務員としてマズい。この軍隊めいた組織では特に。上意下達というものは思考が硬直すると非難されがちではあるが、秩序というものを保つためにはとても有効なのだ。

「しっかし、万が一お前の言う通り高杉と繋がっていたとして、奴の目的は何だ……?」
「さあ……?」

怪物殿の頭の中身は分からない。あちらの方が人生経験も豊富だろうし、頭の回転も速いだろうしで、聞き出せるとも思えない。行動から予測するのがせいぜいだけど、それもフェイクを織り交ぜられれば。

「そうだ。お前、なんとかして探ってみろよ」
「は?」
「確か、奴の見廻組には衛生隊があったな」
「そういえば、そんな事も言ってましたね」
「本来なら奴さんの方から顔を出すべきなんだろうが……お前が見廻組に行って来い。視察っつーか教導の方は俺が体裁を整えておく」
「……つまり、内偵しろと」
「ああ。お前なら頭も役職も申し分ねェ。このところデカいヤマも無い。しばらくなら抜けても問題がねェのはお前くらいなもんだ」

近藤さんは論外。沖田さんはそういうの向いてない。土方さんはご覧の通り多忙の身。他の隊長達は血の気が多いから避けたいのが本音だろう。だとすれば、残る隊長は自分くらいなものか……。

ならば下の方はどうだと頭の中で悪あがきをしてみる。まず、監察の山崎さんは送り込めばあからさま過ぎて軋轢を生みかねない。警察同士でこれ以上揉めたくないのが土方さんの本音だと思う。

他の隊士ではハッキリ言ってダメだ。間違いなく見廻組でひと悶着起こす。沖田さんを投入する方がマシだった未来すらありえる。

……本当だ。あたししかいないじゃん。

「で、やるのか、やらねェのか」と返事を催促してくる理不尽な上官に、ホールドアップで答えた。

「一応探りを入れてみますが、何も掴めなくても文句言わないでくださいね」
「駄目で元々だ。期待はしてねェ」
「そう言ってくださると助かります。それで、いつからにしますか」
「先方に合わせるが、いつでも出られるようにしておけ」
「了解。準備だけは整えておきます」

必要な物資を脳裏に浮かべる。

あちらは官舎に泊まると聞くから、着替えや細々した道具一式。それと一応教導(研修)の名目だから、仕事道具も必要だ。自作の教育用マニュアルも持っていった方がいいな。

……結構な大荷物だ。それなりに覚悟した方がいいかな。

ここまで考えて、土方さんから離れて知らぬ環境に飛び込む事を、少なからず楽しみにしていると気がついた。

昔、岩尾先生のところに置いていかれる時、ひどく心細かった。今回もロクに知らない人間の巣窟に飛び込むのに、不思議とそれを不安に思っていないのだ。

「仕事なのに不謹慎かもしれませんが、いいですか?」
「言ってみろ」
「見廻組を見に行くの、ちょっと楽しみです」
「浮かれるのはいいが、怪我するなよ」
「あはは……気をつけます」

浮かれるあたしとは正反対に、土方さんの方は渋い顔だった。行けって言っておいて機嫌よく行こうとするとコレだよ!とちょっと腹立たしくなった。

*

――しかし、その苛立ちも、視察前日になって手渡されたお守りで吹き飛んだ。江戸の大きな神社の安全御守だ。神仏には祈らなさそうな人がわざわざ買いに行ったかと思うと、彼の仏頂面の下に隠れた心配が見て取れた。

「いってまいります」
「ヘマするなよ」
「すみれさんたまに致命的なドジするから気をつけろよ〜」
「お土産よろしく!見廻組まんじゅうでいいから!」
「土方さんの分はタバスコトッピングで頼まァ!」
「なに言ってんだ!マヨネーズトッピング以外つけたら切腹だぞ!」

また始まった。土方さんと沖田さんの漫才だ。微笑ましく見守っていると、大江戸ドームあたりのマウンドで白球を投げていそうなフォームで石を投げられた。投げたのは言うまでもなく沖田さんだ。それなりの速度で投げられた拳ほどの大きさの石は、後ろの重たい木の扉を揺らした。当たったら昏倒していたな。

「あぶねェなーすみれさん。言動には気をつけねーと、抹殺されちまうぜ」

言ってる事は正しい……が、抹殺しようとした奴にだけは言われたくない。

まあ、同じ警察組織だし、まさか殺されるような事はないだろうけど、万が一ということもある。見廻組の大部分の隊士ならまだしも、あっちの副長局長には勝てる気がしない。確かに、立ち回りに気をつけるべきだ。

門の前に落ちた石を片し、気を引き締めたところで、土方さんが持っている無線が音を立てた。内容までは聞こえないけれど、見廻組の迎えの車が来たのだろう。

「よし、門を開け」

両頬を叩いて、しゃんと立つ。見廻組はどんなところか、ちょっと楽しみなのは確かだけど、これはれっきとした任務でもある。

もし、高杉と佐々木が本当に繋がっているのなら、国家の安全に関わる。国家が揺るげば、それに巻き込まれて国民が血を流す。……脳裏をよぎる、過去の残響。

土方さんは言っていた。罪を雪げなくても、裁けなくても、そんな身だからできる事はあるのだと。きっとうねりが訪れるのを避ける事はできない。しかし、大切な人を喪う人を可能な限り減らす事は、あたしにもできるはずだ。

真面目にやらないと。

決意を胸に、開く門を睨んだ。

*

頑張って何かしらの情報をゲットしよう。

そう気負ったものの、色々なトラブルが舞い込んだ結果、特に何も掴めなかった。やっぱりあたしに監察の真似事は無理ゲーだったか。

情報面では使用している火器や彼らが一橋の恩恵が強い組織である事、それと佐々木の個人的な事情しか得られなかった。肝心の疑惑についてはほぼ手ぶらで帰ってきたあたしを土方さんはあっさりと受け入れてくれた。

「安心しろ。お前が何か掴めるとは思っちゃいねェ。奴らの屯所に潜り込ませた山崎だって何も掴めなかったんだ」

しかも、あたしは見廻組の連中の注意をひくための陽動でしかなかった、と。まあ、あちらの事例も収集できたのは、衛生隊長としての収穫としようか。自分の運用方法にはまだまだ改善の余地がある。仲間の血を流さずに改良のためのデータを手に入れることがかなったのだ。

そうでもないと、人を囮にしておいてふてぶてしく煙草をふかすこの男を殴りたいやら、骨折り損のくたびれ儲けで泣きたいやらで忙しい心を落ち着けられない。

――土方さんなんて、マヨネーズにタバスコを仕込んだ見廻組まんじゅう桜ノ宮スペシャルでも食べて爆散すればいいんだ!

もちろん、トラップを仕掛けた事がバレて、おおよそ2年ぶりに庭の松の木に逆さ吊りにされたのは言うまでもない。
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