夢か現か幻か | ナノ
Bad feeling
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季節外れの新人というものは大抵嵐を呼ぶ。まだまだ暑い夏の盛りにやってきた新人も、自分の見立てでは間違いなくそうだ。

その男は、あろうことかキャップにグラサンにチンピラのような柄の着物と傾いた格好で道場に上がり、あまつさえガムを噛んで携帯を見ている。あたしはその様子を近藤さん土方さん沖田さんと並んで見ていた。

寝る間も惜しんで仕事を片付けていたせいか、子供の可愛い反抗心と思える余裕は一切なかった。近藤さんに止められなければ一発入れているくらいには頭にきている。

「佐々木鉄之助?」
「ああ。幕臣のうちでもエリートばかり輩出している、名門佐々木家の御子息だ。だが、どうした事か、彼だけは職にも就かず、悪さばかりしている悪ガキらしくてな。手がつけられないと真選組う ちで預かる事になった」

隊士達が稽古に励む中、一人地べたに座って携帯をいじる姿は浮いている。士気に関わるから止めてほしい。

要するに、世間体気にした親に見捨てられた落ちこぼれ、と沖田さんが総括してくれた。そして、ココが更生施設じゃないという意見にも心底同意だ。

「預けんなら、同じ警察でも見廻組に預けんのが筋だろう。家柄も才能もよりすぐったエリート警察ときいたぞ。たしかあそこの頭も佐々木某とか言わなかったか……」

土方さんは怪訝そうな顔だ。視線の先にいるボンボンは携帯電話で誰かと話している。『マジダリーんだけど帰っていい俺』とふざけた発言を耳にして、嫌でも顔がひきつるのを感じた。

ボンボンのアレは見なかったことにしよう。……見廻組の局長は確か佐々木異三郎殿だ。もちろん名門佐々木家の嫡男。三天の怪物と呼ばれるとんでもない切れ者だと聞く。

……まあ、噂に聞く佐々木異三郎殿の人物像が確かであれば、このボンボンを放り出すのも道理だと思うけれど。

しかし、新人を受け入れたらば、配属せねばならないのは当たり前の話だ。そして、頭が痛い話でもある。押し付け合いの空気が既に流れている。

「いいですよ俺の一番隊で預かります」

意外にも問題児を引き受けようとしたのは沖田さんだった。案外面倒見がいいのかと感心しかけた。一瞬、近藤さんも同じ考えを持ったらしい。あからさまに安堵しそうだった。

「前線に立たせて即殉職させてやりまさァ」
「ちょっと、それ衛生隊長のあたしが責任取らなきゃいけなくなるやつでしょ?やる時はあたしが出張でいない時にしてくださいね」
「いやいや、何かあったら上に何を言われるか」
「じゃあ雑用係でもやらせるか」
「いや、それも角が立つし……」

死なないし無難でいいと思うんだけどな。こういう時に、名家の出ってのは扱いに困るな。本人がそういうプライド持ってなければ遠慮なく雑に使えるのに、アレを見る限り、そういう謙虚さはないように見える。相応の扱いを望むならば、扱いに見合っただけの仕事をしなければならないと思うのですよ、あたしは。

どうしたものかと考えていると、近藤さんの視線もとい白羽の矢が自分に突き刺さりそうなのを感じた。ちらりと彼を横目で見ると、期待の目がこちらに向けられている。でも、残念な事に、あたしはああいうのを教育するのには不向きだ。

「あっ、すみれちゃん、仕事手伝ってくれる部下がほしいって」
「あたし、ああいう手合いを教育する時は鉄拳ですけど、いいんですか?」
「……いや、パワハラは誰であっても止めてね……」

手のひらに拳を打ち付けると、近藤さんの顔は分かりやすく引きつった。

不良をぶん殴った昔を思い出すな。もう少し性根が真っ直ぐであれば、あの仕事を舐め腐った男とも……無理だな。これは昔から変わらない魂だった。

幼稚園の頃、泣かされた同い年の子の代わりに、泣かした男子を殴った事を思い出した。三つ子の魂なんとやらだ。

諦めた近藤さんは、最後に残ったフォローの鬼に白羽の矢を立てた。近藤さんが面倒を見るという選択肢は……それこそややこしい事になるか。真選組の組織図を頭に浮かべて、自分のアイディアを却下した。となると残りは一人しかいない。

「あっ、そういえばトシ……お前、雑務が増えたから、小姓がほしいって言ってなかったっけ」

心底嫌そうな顔をする土方さんを他人事のように見上げていた。……よく考えれば、ストレスが溜まった土方さんの行き先は最終的にカウンセリングする自分だって事も忘れて。

*

「うーん、よろしくね」

土方さんがありとあらゆる衝動を押し殺しているような声音で、ボンクラの小姓着任の挨拶に答えていた。なんというか、要所要所でツッコミを入れたくなるような挨拶だった。

まず土方さんの名前は間違っても土木作業員を指すあの放送禁止用語ではないし、土方さんにはあのボンクラが100人束になっても勝てないし、キレたら手がつけられないのは土方さんの方だ。それと制服稼業が階級無視しだしたらそれこそヤバい。そもそも、土方さんとボンクラは友達じゃない。

襖越しに聞いているだけの自分でさえ、頭が痛くなってくるほどのストレスを感じるのだから、土方さんはよっぽどだろう。ボンクラが立ち去った後で、障子か柱に頭を叩きつけているような音がしているし。

まさかの事態に備えて、救急セットを用意していたのが役に立ちそうだ。……本当はボンクラに使ってやるつもりだったんだけど。土方さんよく我慢できたな。あたしだったら口上の途中で手を出してた。

「失礼します」
「あーうん、どうしたの?」
「土方さん、頭から血が出てるので、手当しますね」
「頭よりも理性の手当を頼む」
「……アルコールでも処方しましょうか?」
「酔った状態であのガキの馬鹿に出くわしたら、そん時は俺ァ問答無用でたたっ斬るぞ」
「頑張ってください」
「お前が引き取ってくれりゃあ……いや、お前もかなりの短気か」

否定できない。我ながら、人の親にはなれそうもない気質だ。人の上に立つのも無理だ。こうやって専門職やってる方が性に合う。

さて、その専門職としての使命の一つ。隊士の精神の安定を図るべきか。額に包帯を巻いて、その上から傷に触れるか触れないかくらいに指を這わせる。自分を傷つけるくらいなら、いっそ、あのボンクラを……と思ってしまうのは無責任な他人だからか。

「急ぎのお仕事はありますか?」
「いや、ねェ」
「じゃあ、少し、休みましょう。そうしたらもう少ししきい値が上がるかも」
「ゲームじゃねェんだぞ」
「分かってますよ。えーと、そのですね……」

冷静に考えればかなりこっ恥ずかしいことを言おうとしている。セクハラになりかねない気もする。

言い出そうか悩んで、口ごもり、土方さんは胡乱げな目をあたしに向ける。外の温度よりも顔が熱くなっている。こんな事申し出たら、土方さん絶対引くよね。でも、なんか、そうしたいというか。頭を悩ませている土方さんの力になりたかったというか。

「なんだよ。早く言え」
「あたしのお膝、枕にしていいですから……」
「……つまり、なんだ」
「膝枕しましょうか?……その、嫌なら医務室戻りますけど」

顔を背けたまま目だけを横に動かすと、土方さんは、鳩が豆鉄砲を食ったような表情で固まっている。……自分で言っておいてなんだけど、恥ずかしいな。穴があったら入りたいというか。

「やっぱり戻ります。失礼し――」
「…………れ」
「え?」
「やってくれ」

中腰になった状態で、腕を引かれて、すとんと腰が畳に落ちた。片脚ずつ、どこか恭しい手付きであたしの脚を伸ばして、太ももの上に黒い頭が乗っかった。人の頭の重みがある。

「高さ、大丈夫ですか?」
「丁度いい」
「硬さは?」
「中に鋼を感じる」

薄く脂肪が乗ったその内側は筋肉だからね。そりゃあ硬いでしょうとも。でも降りる様子がないのを見ると、不快なほどではないのかもしれない。

「ど、どうですか……?」
「悪かねェ」

土方さんの手は、あたしの太ももに触れるか触れないかの位置にいた。別に触れてくれてもいいのに、という軽率極まりない思考を眉間に力を込めて排除した。膝枕でもギリギリセーフじゃなくてアウトなのに、その上、手はマズい。土方さんが問答無用でセクハラ上司になる。

「いい匂いだ」

アウト。超アウト。でも嬉しい。

複雑な感情を押し殺して、そっと黒い髪の毛を撫でてみる。硬くて真っ直ぐな毛だ。嫌がる反応はない。それどころか、ころりとあたしのお腹側に顔を向けて、すうすうと寝息を立てて眠ってしまった。

よっぽど疲れていたんだろうな……。こうなるなら、無理してでもあたしがボンクラを引き受け……ごめんなさい、それだけはやっぱり無理。

「いつもお疲れさまです」

ささやくように伝えた言葉は、土方さんの夢の中に届いてくれればいいのだけど。

それにしても、こっちまで眠たくなるような、そんな気持ちよさそうな寝顔だ。暇な時は暇だけど、一昨日までは結構忙しかったな。あたしも少しだけ休憩したってバチは当たるまい。少しだけ、少しだけ……。

*

目を覚ますと、仏頂面の土方さん、そしてニヤニヤと腹立つ笑顔の沖田さんがいた。苦笑気味の近藤さんがちょっと離れた場所にいる。あたしは、折りたたまれた座布団を枕に、畳の上で眠っていた。……ここは、土方さんの書斎かな。確か、土方さんに膝枕していた記憶があるのだけど。

「あれ、いつの間に、私」
「よく寝てやした。俺がシャッター切っても気づかないくらいにゃ、ぐっすりでしたぜ」
「シャッター?」

苦り切った表情の土方さん、悪魔めいた笑みを浮かべる沖田さん、そして遠目なら女性と間違えそうなほどに白い沖田さんの手が支える一眼レフがいやーな予感を掻き立てている。

そしてニヤニヤ笑う沖田さんが引っ張り出したのは、まっすぐ伸ばされて6コマに切り分けられたカラーフィルム。ネガなおかげで分かりにくいそれには、二つの人影が写されているように見える。気のせいでなければその片方は土方さんだ。もう片方は自分の間抜け面な気がする。

「これは?」
「真選組の副長(仮)と衛生隊長のお昼寝でさァ」
「……いつの間に?」
「それで、コイツはこのフィルムを印画紙に焼いた奴」
「これ、ウチが使ってるフィルムと印画紙ですよね。税金で何やってんですか」
「税金で飯食ってるくせに勤務時間中に寝てた人がそれを言うんですかィ」
「お前だって常日頃サボってんだろーが!!!」

いつもの沖田さんと土方さんの言い争いが始まった。そのどさくさに紛れて、沖田さんの手から抜き取った写真を眺める。

土方さんは座布団を枕にして、それであたしは土方さんの二の腕を枕に眠っていた。自分の寝顔を見るなんて、子供の頃、父親が写真を撮ったのを見せてきた時以来だ。自分の顔はよだれさえ垂らしてなければどうでもいいので、もう一人の被写体の顔を指でなぞる。

珍しく、写真の中の土方さんの寝顔が緩んでいるように見える。人というものは誰しも、安心して眠りについている間はこんな無防備な顔を晒しているものなのかもしれない。土方さんにとってのあたしは、安心できる場所になれているみたいだ。それが誇らしい。

「沖田さん、これ、焼き増しできます?」
「任せてくだせェ。一枚400円でさァ」
「たっけーな!!!」
「じゃあ2枚ください」
「2枚も!?」
「土方さんも買いますか?土方さんには特別に一枚1000円でさァ」
「なんで俺だけ2.5倍なんだよ」
「でもすみれさんの寝顔ですぜ。それなりにゃ価値があるんじゃないですかねィ」

沖田さんと土方さんの間に、見えない火花が飛び散ったような気がする。近藤さんが間でうろたえる無言の攻防も一瞬、土方さんは折れたようなため息をついた。

「……せめて800円にまけろ。それで十分元が取れるだろ」
「分かりやした」

土方さん共々お金を渡す。(アコギな)商売がうまくいって、沖田さんは満足そうだ。彼はちょっと待つように言い残して、書斎を出ていった。近藤さんも用事が済んだのか沖田さんと一緒に縁側に出た。

「意外です。買わないと思ってました」
「……お前が、写ってたからな」

それは、期待していい言葉なのか。考えあぐねた末に「そうですか」というつまらないセリフしか出てこなかった。

「ガキみてェな寝顔してやがる」
「土方さんだって」
「よっぽど疲れてたんだな、俺達」
「そうみたいですね」
「……ありがとよ」

不器用な人の、どこかたどたどしさを感じるお礼。思わず笑いがこみ上げて、赤くなってふてくされる土方さんの横でお腹を抱えて笑った。ひとときの静穏。それを土方さんと共有している、それが嬉しくて仕方なかった。

――後から振り返ると、嵐の前の静けさ、だったのかもしれないけれど。
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