夢か現か幻か | ナノ
Ipomoea nil part.1
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たまに、迷う。あたしがこのまま土方さんを好きでいていいものか。

あたしは、間違っている。医者としては受け持ちの患者さんに恋をしているし、人としては……そもそも生きているべきではないはずだ。

それに、この感情は本当に好きなのか、たまに分からなくなる。煙草離れできないところも、好きな人にこそ言いたい事を言えない不器用さも、全部ひっくるめて見ていると胸が暖かくなる。あの人がいれば幸せだ。多分これは彼の事が好きなんだと思う。

でもこれが何に根ざしているのか、それを知らない事には危険なような気がするのだ。ミツバ殿は、たとえそれが拾われた恩に根ざしたものでもいいのではと言ってくれたけど、それでは土方さんに申し訳ないように思える。

やっぱり前にも言った通り、自助の試み、つまりは自分で他の相手を見つけてみるのも必要なのではないか。そう思い、土方さんに後ろめたさを感じつつ、合コンだの婚活だのをやってみているのだが……。

結果は全敗。相手が見つかるまでは行ける。顔は親譲りの割と見れる顔……いやかなりいい部類の顔だ。子供のように見えてしまうのが腹立たしいけれど、生殖においては若く見える方が有利だ。見た目で断られる事はまずない。

問題はそこから。どうしてか相手とデートをしている最中に、目の前で背負投げや飛び蹴り、酷い時には人斬りの特技を披露するハメになるのだ。当然、一般市民がそんなものを見せられたらば、ドン引きする。そして、あえなくフラれるのが定常と化していた。これが一度や二度ならまだしも、これが三度も続けば、作為的なものを疑いたくもなる。

第一容疑者に詰問したが、いつもの読めない表情で「偶然じゃないですかねィ」とはぐらかされて終わりだった。第二、第三に問いただしても同じ結果だった。何?あたしに恨みでもあるの?何が気に食わなかったの?

昨日の婚活も同じ様な事が起こってあえなく撃沈。本人達は揃って否定していたけれど、多分連中の妨害だ。戦い以外では地雷を踏まれない限り比較的おとなしいと自負しているあたしでも、流石に物申したくなる。なので、書類を提出するついでに、第二容疑者もとい土方さんに苦情を訴える。

「ぜェったいわざとですよね。いっつもいーっつも、あたしがデート中なのを狙いすましたかのような襲撃とか、捕物とか!」
「知らねェつってんだろ」
「うっそだァ!」
「やかましいんだよ。婚活失敗したくらいでピーチクパーチク……第一、そんな相手選ぶからだろうが」

ぐうの音も出ない。いつぞやの件で言われた「男運が女運がって言う奴ァ大体相手を見る目がねェんだぞ」という鋭すぎる事実を思い出した。別れ際の言葉、事実だからって結構グサッと刺さる事言われるのが多いんだよなあ。いやぁ、あたしは慣れてるしいいんだけど、正しい言葉を言う事が正しいとは限らないと思う。

「ま、そんな奴はお前に相応しくなかったってこった。情が薄いうちに分かってよかったじゃねーか」
「次は行けそうな気がしたんですが……」
「そもそも、あんな男より――」
「……?」

土方さんは口に出しかけた言葉を慌てて飲み込んだ。急に気温が上がったかのように顔を赤くして、前髪の隙間から見える額にうっすら汗をかきながら、土方さんは咳払いをした。

「それより、近藤さんが最近妙なんだが」
「いつもの事では」
「いや、まァ、そうなんだが……って俺に失礼な事言わすな」
「すみません」
「その、近藤さん、最近ずっとゲーム機に話しかけてるんだ」
「ああ、もしかして、江戸で流行ってる弁天堂の恋愛ゲーム」
「そうだ。……ラブチョリス、とかいったっけか」
「トッシーなら食いつきそうですけどね」
「もういないからな。ラッキーだぜ」

確かリアルタイムに対応していたハズだから、彼がいたらドハマリして大変なことになっていただろうな……。真選組のツートップが恋愛ゲーにドハマリして現実から乖離してるなんて無理すぎる。

「で、女性に耐性のない近藤さんが見事にドハマリしたと」
「ああ……隊士達の前でもお構いなしだ。引き剥がそうとすると、とんでもねェ剣幕でキレられたしよ」
「近藤さん以外もハマりかねないですね」
「実際何人かやり始めたらしい。だから、俺の代わりに近藤さんをあれから引き剥がしてくれ。方法はお前に一任する」
「やってみます」

副長の書斎を辞して、縁側を歩きながら考える。自分の本分は精神科じゃない。だから彼と向かい合って原因を取り除くのは難しいだろう。むしろ深みにハマらせる可能性すらある。それほどに、人の精神とは深遠なものなのだ。

「一番手っ取り早いのは、同じ次元にまで堕ちる事、か」

つい昨日、投げつけられた言葉を思い出す。

「『人殺し』かぁ……」

純然たる事実だから言われるのは仕方がないと思う。けれど、傷つかないわけではないんだ。好きになろうと努力した人であれば、尚の事。

プログラムの女の子なら、多分、そんな事を言ってきたりしないんだろう。ちょっとだけ疲れた心には、丁度いい休憩かもしれない。

*

「――で、どうしてああなった」

俺が指差す先には、前よりなんとなく女らしい振る舞いをするようになったすみれ。そして奴の手には、ゲーム機。縦持ちのその画面には、二次元の小娘。もちろん自室などではなく、屯所の食堂。

食堂の長テーブルの向かいに座る山崎は、したり顔で頷いた。

「副長の采配ミスでしょ。あの人が両方イケるの忘れてましたか?」
「マジかよ」
「すみれ先生がロクな恋愛できてないのは副長だって知ってたじゃないですか。プログラムならその点、安泰ですからね」

ココに来て、アイツの見合いや合コンを妨害していたのが祟ってきたってワケか。でもああしないと、遅かれ早かれ食われそうな気がしたんだよ俺ァ。

「なんでか知らねェけど、前より綺麗になったな」
「恋してるからでしょうね。マニキュアは淡い色が中心で地味ですけど、綺麗に甘皮処理して、爪の形も整えてますよ」
「ああ、最近妙にアイツの手元に目ェ行くなと思ったら、そういう事だったのか」
「気が付いてなかったんですかアンタ……」
「化粧が前より上手くなった気はしてたんだが」
「そうですね。ナチュラルメイクもバチバチの化粧も、前より上達してます」
「なんで分かるんだお前」
「変装で化粧するので、多少は」

コイツの化粧談義はどうでもいい。ペラペラとナチュラルメイクについての講釈を垂れる目の前の山崎の声を意識から排除して、すみれの顔を見ていた。

女は、惚れた相手ができると、綺麗になるもんらしい。酷かった私服のセンスも、大分改善されて、今ではどこぞのお嬢様と言っても通じそうな雰囲気だ。いや、アイツ、元々はお嬢様だけど。

隊士共も見た目に磨きがかかった女を前に、目に見えて浮かれている。見た目を磨いていても鍛錬は怠ってないのか、道場で相手をしたが調子がいいようだ。この前センター長と飲んだ時に聞いたが、難しい手術にも見事成功したらしい。

女としても剣士としても医者としても絶好調。それが、俺には面白くない。自分が理由じゃない好調に、歯ぎしりをしている。我が事ながら狭量だ。

「副長、機嫌悪いですね」
「うるせェ!プログラムの女に女を寝取られた俺の気持ちがわかるか!?」
「いっててて!八つ当たりせんでくださいよ!そもそも先生は副長の彼女でも何でもないでしょうが!」

山崎の正論に、奴の向こう脛を蹴る脚が止まる。そうだ。俺はあくまでアイツの保護者で、上司だ。それ以上の関係ではない。あんな事を言われてから、アイツは俺のものな気でいたが、アイツの中ではきっと違うのだ。

「――そうだな。そうだったな」

ふと思う。もし、俺が、アイツをモノにしたいと正面から言ったらば、アイツは受け入れてくれるのだろうか――と。
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