夢か現か幻か | ナノ
With gratitude: second
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その日、朝から土方さんはうんざり顔だった。そんな彼の目の前には山と積まれた柏餅。稀にちまきが混じっている。一個一個はそう大きくないそれらの品々だが、塵も積もれば山となるとはよく言ったもので、彼の起床からはや数時間で小さな山を築いていた。

柏餅の山の隣には、マヨネーズのボトルがうず高く積まれている。特別感の演出か、色とりどりのリボンが巻かれたものが多めだ。なんというか、隊士の皆々様が思い描く土方さん像がうっすら透けて見えているような。

柏餅とマヨネーズのプレゼント。今日は端午の節句、そして土方さんの誕生日だ。

「お誕生日おめでとうございます」
「おっ今年はちゃんと分かってたか」
「同じ手は2度も食いません」
「主役よりも驚いてた癖してよく言うぜ」

そう。『1年前』、岩尾先生のところに流れ着いてから半年足らずの頃、突然近藤さんに呼び出されたと思ったら、会議室に土方さんを呼び出すように言われ、彼を連れて行ったら実はサプライズパーティーでした。そんな事もあったのだ。土方さん本人は薄々勘付いていたのに、連れてきた人間がびっくりしていたのだから、さぞやおかしかった事だろう。

「わぁ、去年もそうでしたけれど、すごい量ですね」
「この日が誕生日だといつもこうだ。とっくに成人してるってのによ」
「じゃあ一ついただきまーす」
「了承取る前に食うな」
「あっ、これ寅屋の柏餅だ」
「てめっ、いいもん狙って食ってんじゃねェ!」
「うまーい」

もちもちとした食感とあんこの甘味が懐かしい味だ。ぺろりと一つ食べた横で、土方さんは柏餅にマヨネーズをぶっかけている。昔は正直引いたけれど、今では慣れっこだ。いいのか悪いのかよく分からない慣れだけれど。

「でも地域柄、ちまきの方が馴染みがありますね。甘いお団子が入ってるやつ」
「お前あっちの方だもんな」
「……よく弟のおこぼれもらってました」
「……そうか」
「土方さんこんな量食べ切れるんですか?」
「いつもは書類出しに来た連中にやってる」
「あげても殆どは食べられないんですね……」

期限切れになる前には大抵はけている印象だったので、どういう絡繰なのだろうと思ったら、なんの事はない。食べきれない分を誰かにあげていただけだった。

「お供え物みたいですね」
「どーいう意味だよ」
「だって、お供え物って供えられた人は食べられないじゃないですか」
「縁起でもねー事言うな。第一ちょっとは食ってるだろ」
「ちょっとでしょ。もう一個いただきます」
「まだ食うのか」

山の上に乗っかっていた柏餅を適当に取って、ペリペリと包装をはがして一口食べて、口の中を襲った衝撃に咳き込んだ。まるで刺すような痛み。土方さんの前で口に含んだものを吐き出すのは死んでも嫌なので、口の中を突き刺す辛い辛い柏餅を飲み込んだ。口の中に諸悪の根源がなくなっても、咳は止まりそうもない。口の中が熱い。口から火を噴きそうだ。

「おいっどうした!?」
「これ、誰から……貰い、ました?」
「確か、総悟だな――あ」

土方さんも同じ結論に至ったようで、露骨に顔をひきつらせた。一歩間違えれば彼がタバスコ入り柏餅を食すことになっていたのだから、当然だ。

「大丈夫か?水いるか?」
「牛乳で」
「分かった。今持ってくるから座ってろよ!」

咳き込みながら頷いた。バタバタとにぎやかな足音が遠ざかっていく。慌てて出ていった土方さんと入れ替わりに、沖田さんが障子の影から顔を出した。

「なんでィすみれさんが食っちまったのかィ」
「よくも……」
「食い意地張りすぎ」
「ちまきで、口直し」

慌てて団子の入ったちまきを食べたけれど、それはそれで慣れ親しんだ味には程遠かった。今度は苦い。胃薬なんて比じゃないレベルだ。甘味がかえって苦味を増長させているようにすら思える。

嵐が吹き荒れたかと思えば、今度は地震が来たような。口の中はそんな感じだ。

この味を知っている。かつて冷凍庫に入っていたアイスに混入していた物体……!下手人は言うまでもない。

「あー、すみれさんまたハズレ引いてる」
「安息香酸デナトニウム……」
「正解」

コイツぅ……。土方さんへのプレゼントで撲殺してしまいそうになったけれど、ぐっとこらえた。ここで手を出したら負けだ多分。あらゆる意味で。

「牛乳もってきたぞ!」
「ありがとうございます……あー、生き返る」

でっかい亀の怪獣とアリンコみたいに群れる珪素生物が口の中で戦っているような感じだった。つまりあたしの口の中は仙台です。牛乳を飲んでそれらを流し去り、人心地ついたところで、部屋を見渡したけれど、自分と土方さん以外見当たらない。

「おい総悟――って逃げたな」
「ああ、散々な目に遭った気がします」
「人のもん食うからだ」

正論だ。まあ自分が地雷を踏んだ事で後続の人間の安全が確保されたと思おう。

「そうだ。お誕生日おめでとうございます。これ、プレゼントです」
「これ買う金で服買えただろ」
「別に、お洋服なんて隠す場所を隠していれば十分だと思いますが」
「人間としてヤバい発言してるぞお前」

やり取りの間に開けてもいいか?そんな風に目配せされたので、こくりと頷いた。大きな手が意外にも繊細に動き回って、丁寧に包装紙を開いている。箱の中に鎮座している物体を見て、土方さんは少し目を見開いた。

「文鎮、か……?」
「はい。机の上に好きなものがあると楽しいかなって。せっかくなのでマヨネーズの文鎮にしてみました」
「よくこんなの見つけたな」

誇らしさに黙って胸を張ると、調子に乗るなとばかりに小突かれた。拳の尖った部分が側頭部に直撃したけれど、温かみのある打撃だった、気がする。

「せいぜい、砕け散るまで使ってやるか」
「私だと思ってじゃんじゃん使ってくださいね!」
「流石にそれは重い」
「文鎮ですから」
「うまくねーんだよ」

上手い返しをしたつもりだったけれど、土方さんにとってはそれが癪に障ったらしい。再び頭に拳が降ってきた。

「まあなんだ。……ありがとよ」

その言葉だけで十分です。でも、ほんの少しだけ欲張る事を許されるのならば、来年も再来年もそのまた次も、あなたと共に在る事ができればいい。今はそう思う。
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