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注意:夢か現か幻かと同一夢主(ただしパラレル)

力を入れるだけで数多の人間の命を奪ってきた男の指先が硬く冷たくなっていく。否が応でも死ぬのだと狙撃手の男は理解した。男は敢えて自分が死ぬ間際の事を思い返さない。自分の行動の正否や勝敗はさておき、死ぬのには変わらないのだから。

男から視界が失われていく。最後の一分の思考で、男は、自らの心の在り処、戦場で交わした言葉を思い出した。

――なあ、×××。俺の頼みを聞いてくれよ。

僅かな思考でその声の主を描く。その男の腸は飛び出し、あれだけ清潔にするようにと口うるさく言われた軍服は血に汚れていない場所がなかった。文字通り息も絶え絶えといった様子で記憶の中の男は何かを思い出しているようだった。――今の狙撃手と同じように。

――お前は、優秀だから、生き残れるだろ?だから、頼むよ。俺の、俺の家族を。

狙撃をしながら男は何と言ったのだったか。ほかを当たれ、そのようなことを言った記憶がある。一人二人と脳漿をぶちまけ息絶える中、男はなおも言い募った。

――勲も征人も、死んじまった。親父はアテにできねえ。もう、お前にしか、頼めないんだ。

死にかけの男と狙撃手の間にこれといった交友関係はなかった。精々死にかけの方が狙撃手の出自を知っている程度だろう。だというのに、なぜこの男は狙撃手に何かを託そうとしているのだろう。彼は戦友にちらりとも視線を向けなかった。

――俺の代わりに、俺の、家族を、護ってくれ。

一度血の塊を吐き出して、それから死にかけの男は死体の男になった。それが狙撃手の回想の終わり。すなわち、彼の命の終わりだった。

*

私が病室で目覚めた時、貫かれた胸に真っ先に訪れたのは、死に損なったことへの落胆だった。ついで去来したものは疑問。刺した少女の憤りも悲しみも嘆きも、私からすれば正しいものだった。だというのになぜ、刺した少女は死に、自分が生き残ったのか。私は疑問を抱えたまま、医者の話を聞き流し、食事を流し込み、警察官や児相の人に何度も同じ話をして相槌を打ち、眠る。2週間それを繰り返し、めでたくもなく退院の運びとなった。

周囲の人から後ろ指をさされながら自宅に向かい、そして家の鍵を差し込んだ。何の異変もない。私は埃っぽい床を踏みしめ、リビングの扉を開き、そこで異様な男が堂々とソファに腰掛けているのを見つけた。

まだ若い男だ。迷彩の概念なんてかけらほども見当たらない、赤い肩章と襟が目立つ濃紺の軍服を身に着けている。軍人らしからぬ長さの髪の毛は後ろに撫でつけられていた。切れ長の目になぜか猫を被せたけれど、これそんなかわいいやつかな。というのも、精悍な顔つきに軍服という組み合わせのおかげでただでさえ怖いのに、顎の髭と縫合痕がおっかない印象を三割増しにしているからだ。そしてトドメの銃。今の自衛隊の正式採用されている小銃よりも随分と長い。そして古めかしいボルトアクションだ。確か38式だか30年式だかの。どちらにせよ父親が持っていたのを見たっきりだ。

不法侵入のコスプレ野郎かしら。それにしては纏う空気がいささか血なまぐさいような?

いやこの人の出で立ちもかなり問題だけれども、もっとヤバイことがある。そもそも、この人、誰だ?こんな知り合いはいない。先生にこんな知り合いがいた記憶もない。ここは3階だから窓から入ったとも考えがたい。うちはピッキング対策は万全だからそっちも違うと思う。いやいやまさかと思いながら足を確認すると、脛より下がないし足元に落ちているはずの影もない。しかもよく見ると、目の前の人には呼吸の兆しが一切見られない。つまりはそういうことで。頭の血がすーっと足元に落ちていく感覚。

そーっと顔を上げると、いつのまにか立ち上がっていた彼は、無表情でこちらを見下ろしている。死んだからなのか生前からなのか、井戸の底みたいな光のない目とかち合って思わず固まる。出で立ちを見た時に感じた血なまぐささがきつくなった。この人、アレな上にヤバい人だ。めげずに口を開いた。

「あの、その銃、本物ですか……?」

いや、それよりももっと聞くべきことがあるだろ。貴方誰ですかとか、何者ですかとか、どうやって入ってきたんですか、とか。こんな状況下でも、そんなつまらないことを聞いてしまう自分を殴りたい。

「どっちだろうな?」

軍人さんは面白そうにニヤニヤ笑いながらそう言ってきた。意思疎通が出来てしまったことに驚いてその場で飛び上がる。彼は片眉を上げて「お前が話しかけてきたんだろうが」とごもっともな事を言ってくれた。

「ごめんなさい。びっくりしてしまって。ところで、軍人さん、お名前分かりますか?」
「人に名前を聞く時は自分から名乗るのが礼儀じゃないのかい」
「あ、そうですよね。ごめんなさい。私はみょうじなまえです」
「……みょうじ?」
「はい。あの、私の苗字にお心当たりでも?」
「いや」

言葉の上では否定しているけれど、小さな声で「あの野郎……」などと誰かを罵っていたので、多分ご先祖様がお世話されたかお世話したかなんだろうな。聞いて教えてもらえそうな空気じゃないので黙っておこう。

「軍人さんはいつからここに?」
「尾形百之助」
「へ?」
「名前を聞いてきたのはお前だろ」
「てっきり教えてもらえないのかと思って」
「知りたくなかったのか」
「いえそんなことは。……ありがとうございます」

百之助という若い子にはまず見られない古めかしい名前が、この人が故人であるという事実に重みを与えている。本当に、幽霊?額に冷や汗が伝う。無意識に一歩下がってしまうと、彼は大きく一歩踏み込んできた。今度は意図的に退く。詰められる。追い詰める猫。逃げ場を失って狼狽するネズミ。本能的な恐怖に、もうすぐ抜糸のはずの傷口を握りしめた。痛い。現実だ。

「いつから、ここに?」
「17日前だな」

17日。私が刺されてからだ。私が死に損なうと同時にこの部屋に現れたというこの軍人さん。私や私の家と一体何の関係があるのか。それともこれは私の見ている幻覚で、とうとう頭がおかしくなったのか。手の甲をぎゅっとつねったけれど、痛いし尾形さんはいなくならない。勘弁してほしい。

「なんで、ここに?」

答えはない。それは知らないから答えないというよりも、知っていて黙っているという空気だった。こういう人はきっと私が何を言っても教えてくれないだろうなあ。今は気にしても仕方がない。

「悪いことを、しに来たんですか?」
「それはお前の受け取り方次第だ」

ニヤニヤ笑い。チェシャ猫を連想させる笑顔だ。それを見たおかげで妙に冷静になった。まあ、この顔と性格で悪い人ではございません系の答えを返されるよりは信用できるかな。信頼はできないけれど。

「いつまでいるつもりですか」
「俺が知りたいくらいだ」

理由を知っているのなら、と思っての質問だった。でも、この様子だとここにいる理由は知っていても、何をすれば良いかまでは知らないのかもしれない。カンでしかないけど。

「それと」
「アンタばかり質問しているだろ。こっちに譲れ」
「ごめんなさい」
「なにか困り事があったんじゃないのか」
「こまりごと?」

鸚鵡返しすると、特徴的な眉がひそめられた。記憶を探ってもこれといって出てこない。そりゃあ、どう生きていこうとか、そういう類のはあるけれど、初対面の人にこんなこと言ってもなあ。考え込んでいると小さくため息をつかれた。もう息してない幽霊なのにそう言う仕草だけは健在なんだ……。

「な、ないです」
「俺の目を見て言え」

なんで初対面の人にそんなこと強要されなきゃいけないんだと思いつつ、足元に開いた穴めいた暗がりを宿す目をちらりと見る。この人の目はどうも苦手だ。見ていると、実家のガレージの暗がりを思い出す。あそこには悪い思い出が多い。

「こまりごとは、ないです」
「嘘が下手だな」
「貴方の目が苦手なだけです。それ、生前からですか」
「生きていた頃はもう少し輝いていたかもしれん」
「ウソつけ!絶対生前からそんな感じの目だったでしょう!」

彼は髪の毛をなでつけながら、「傷ついたよ」などと心にもないことを宣った。いちいち反応するのも馬鹿らしくなって、白い目で見るだけにとどめる。そんなことよりも、さっきからずっとお腹が鳴っている。なにか口に入れたい。

「これからご飯にしようと思いますが、貴方は食べられるんですか?」
「ふりなら出来るが意味はない」
「精神的な補充としては?」
「何の価値もない」

食欲の薄い人なのかしら。淡白そうだし。ただ、この手の人って、なんかヤバイ方面の欲求だけは、過剰なまでにしっかり備えていることがあるんだよなあ。普通なら三大欲求が先にくる場面でも、もっと別の、承認とか闘争とか支配とか、その類が先にきちゃうタイプ。施設にもそんな子供がゴロゴロいたことを思い出しながら尾形さんを見ていた。

「なにか付いているか?」
「いえ、なにも」

底の見えない目を盗み見ながら思う。彼の地雷だけは踏まないように気をつけようと。あれは破裂させるととんでもないことになるタイプだと見た。自分だけが死ぬのは歓迎だけど、他に被害が行くのは耐えられない。

ご飯は……面倒だからお茶漬けでいいか。お医者さんに生きる意欲に乏しいだのなんだの言われたけれど、あれで食欲旺盛にかじりつけなんて無理だ。

*

「粗食だな」

お茶漬けを見た尾形さんの第一声だ。あんまりな物言いに少しかちんと来る。

「いいんです。私が生きていくには十分なんだから」

尾形さんにお茶漬けを勧めてみたけれど、あっさりいらんと言われてしまった。自分だけが食事を摂るのはなんだか申し訳ないような気分になる。熱々のお茶漬けを咀嚼しながら話をする。

「この薄っぺらいのにはもっと豪華な料理が映っていたぞ」
「テレビのことですか?」
「それだ。あれは向こう側を映し出しているのか」
「そうですね。昔で言うなら、活動写真、のスクリーンと映写機が一緒になったようなものです」
「へえ」
「撮影した場所から流れてきた電波を受け取って、映像にしている、といった仕組みだったと思います」
「随分曖昧だな」
「仕組みまで分かって使っているわけではないので」

技術というものは土台に物理法則がある。このへんから説明するのは骨が折れる。尾形さんは多分深いところまで興味があるわけではないだろうから、箱の中に人がいないこと、つまりさわりだけで十分だろう。

というか、この人は家主がいない間に何をしていたんだろう。少し話をしたけれど、ある程度現世のことを把握しているような節がある。それにものが動かされた痕跡もあるし、もしかしてパソコンとか色々つかって情報収集したりしていたんだろうか。

「変なものには触っていませんよね」
「厨房周りはいじってない」
「なら良かったです。パソコンなどはお好きに触ってください」
「そういや、この建物がてれびとやらに映っていたぞ」
「ああ……」
「その薄い妙な本……ぱそこん、と言ったか?にお前の名前が出ていた。女に刺されたんだってな、お前」

そこまで知っていたか。深々とため息をついた。建物にはモザイクが掛かっているはずだけど、知っている人には分かってしまうだろうなあ。同じ学校だったり近所の人であったりはたまた親戚連中なら私の身元まで分かってしまって当然だ。それに、お世辞にも好かれている人間ではないから根回しをしてたのでなければあることないこと言われても仕方がない。第一、外に出れば心中未遂現場がそこにあるのだし。

「刃傷沙汰とはよっぽど恨みを買っていたらしい」
「死んで当然だと思っていたんですが」
「死に損なったか。お前みたいな死に損ないの男が知り合いにいたのを思い出したぜ」
「へえ」
「そいつは不死身と言われていた。その異名通り、刺されても撃たれても生きてやがった」

壮絶さに思わず絶句する。その不死身さんに比べたら私の人生なんてささやかなものだ。

「前にも死にかけたんだろ。そん時に親兄弟は死んでお前だけ生き残った」

名乗った時のあの反応は、『コイツがみょうじなまえか』だったのか。そもそも、この家の中には、公共料金の払込書だとかダイレクトメールだとか、家主の名前がわかるものがたくさんある。ここに帰ってくる人間、つまり私の事をある程度知っていたということで。一杯食わされたような気分だ。

「どんな気分だった」
「なにが」
「好いた男と好いた女を殺した気分だよ」

あまりにも直截な言い方にひゅっと息が詰まる。病院にいた頃はずっと家に帰りたいと思っていたけれど、今はただただ逃げ出したい。震える唇を強く噛んで、目を閉じる。目を開くと、尾形さんの吸い込まれそうなほど昏い目にかち合った。臍の周りに力を入れて、真正面から見返す。精一杯気を張っている自分の顔が彼の目に映り込む。

「なんでそんなことを初対面の人に言わなきゃいけないんです?」
「これからずっと一緒なんだ。つれないこと言うなよ」

冗談じゃない。一体何が気に入ったのか気に食わなかったのか知らないけれど、執着されるのは面倒だ。何が目的かはさっぱりわからないけれど、さっさと成仏して欲しい。

「教えてくれよ。アンタは、罪悪感を抱いたのか」

言われた言葉に目を見開いた。罪悪感。そうか、私、ずっと。あの時に自分だけが生き残った時、半月前に意識を取り戻した時、私が抱いたそれは、罪悪感だったのか。でも、彼はなんでいきなりそんなことを言いだしたのだろう。そこで、不意に、三大欲求よりも先にくるものを思い出した。この人は、一体何が先にきているのだろう。

多分、罪悪感は鍵なんだ。じゃあ、彼は、この目の持ち主は、罪悪感を抱くのか。孤児を思い出す。愛に餓えた孤児を。不思議なほどに、彼らと彼は似ていた。どこがかは分からないけれど、そういうことか、と腑に落ちた。多分、彼は無条件に受け取れるものが欠けていたのだ。幼い頃に確かにあった光景が脳裏をよぎる。全部ではないけれど、少しだけ、理解できた。全く分からない状態はこわい。けれど少しでも分かれば怖くない。

「私は、貴方の望む答えを返せないと思いますが」

慎重に言葉を選ぶ。この人は、答え次第で、私を殺す。殺されるのは、構わない。けれど、誠意も悪意も、この人に伝えてからじゃないと、死ぬには未練が強すぎる。

「生き残ったのが自分でなければよかった、これが罪悪感だというのなら、多分そうです」

すうっと目が細まる。狙いを定めた猫を連想した。そこでやっと、彼の手が、いつでも小銃をとれることに気がついた。あの銃で撃たれたら、死ぬのかしら。

「ふり、だろ。それか、生きるのが苦しいから親や弟に押し付けたいかだ」
「どちらも否定できません。自分は巣と一緒に壊れてしまっていますから。痛みを痛みと感じていなくて、無意識に逃げ出そうとしている可能性はあると思います」

彼は黙って前髪をなでつけた。目を見ても何を考えているかなんてこれっぽっちもわからない。小銃を抱える指先の動きがどこかサックス奏者めいている。

「お前は他人を殺した自分が存在してはいけないと思うのか」
「私自身は存在してはいけないと、そう思います。でも、他人は、自由にすればいいと思っています」
「自由」
「自分の行いを悔いて仏門に入ろうが、死のうが、悔やまず繰り返そうが、生きようが、それは個人の責任において自由だと思うのです。誰がなんと言おうと、存在してはいけない人間はこの世のどこにもいないでしょう」

何がおかしいのか、尾形さんは小さく笑い声を上げた。それを聞いて、胸が締められているような気分になった。

これは理想論でしか無い。他人は許せて自分が許せないのは矛盾している。どっちも分かっている。けれど、これは本音でもある。

尾形さんは、その矛盾を寒々しく感じたのかも。

*

板張りの床、丁寧にはられた壁紙、洋風の調度品、用途のわからない絡繰り仕掛けの何か。尾形は見知らぬ部屋に居た。彼は新聞の日付を見て、自分が生きた時代よりも一世紀ほど先の時代である事を理解した。そして尾形は首をかしげる。さっきまで三途の川の渡し船に揺られていたのだが、と。

家主が帰ってくるまでの暇つぶしに部屋の隅にまとめ置きされている郵便物を見ると、宛名に女の名前。部屋の使われ方からすると、女ひとりでこの広い部屋に住んでいるらしい。金持ちのお嬢様か。尾形はあるボンボンを思い出して眉をひそめた。それにこの名字に覚えがある。死に際に家族を託してきた上等兵と同じ名字だ。

この段階で尾形は少し嫌な予感がしていた。

ふせられた写真立てを起こしてやると、子供二人の肩に腕を回し、子供よりも子供らしい笑顔を浮かべる父親らしき男がいた。子供たちは随分と幼い。尾形は目を見開いた。男の顔が、件の上等兵と同じ顔をしていたからだ。まるで母方の血の影響を全て排してきたと言わんばかりの瓜二つぶりに、尾形は嫌な予感を強めた。

――頼むよ。俺の、俺の家族を。

上等兵の言葉が脳内で反響する。尾形は頭を押さえた。

「おいおい、百年越しの約束を果たせってか?」

実のところ、尾形にこの世への未練はなかった。地獄に落ちるというのならさっさと落とせばいいと考えていた。だというのに百年の休息を経て再びこの世にぽいと投げ入れられた気分はそれほど良くない。さりとて帰る算段があるわけでもないので、家主と思しき娘はどんなもんだろうと待ってみたはいいものの、みょうじなまえが帰ってくる様子はない。尾形はふらりと外に出た。そこには堅苦しい制服と思しき上下に身を包んだ男たちが床に這いつくばって何かをしている。床には血溜まりがあり、白い紙のようなもので人の形が描かれている。尾形はここで人が刺されたのではないかと推測した。欄干から下を覗き込んでいる男に倣って尾形も下を見ると、そこにも同じような血溜まりと人形があった。体の倒れた向きを考えるに、刺されたのは尾形が現れた部屋の主であるらしい、と分かった。

「もう手遅れみたいだなみょうじ上等兵?」

尾形のつぶやきに反応するものはいない。男たちはドアをすり抜けて出てきた尾形に一切関心を向けない。どうやらこの場にいる男たちに尾形が見えるものはいないらしい。尾形はこれ以上得るものはないと判断して部屋に戻った。

適当に絡繰りのボタンを押していく。すると薄い板に森が映し出された。まるで触れてしまいそうなほどに鮮やかなそれに、尾形は思わず手を伸ばす。しかし触れない。板の裏側を探っても尾形には仕掛けが分からなかった。しかし、何か遠くの光景を映しているのだろうということは理解できた。外には男どもがいたことを思い出して、音を絞ってテレビを見る。

実にくだらない漫談から、尾形から見れば随分と豪華な料理、胡散臭い物品の販売番組、そしてその日起きたことを伝える新聞のような番組。様々な情報が尾形の前に提示される。土方のじーさんや鶴見中尉が見たら食いつきそうだなと思いながらぼんやりとテレビを見ていた尾形は、ニュースで今自分がいる建物が映し出されていることに気がついた。わざとピントを合わせていないのかぼんやりとしているが、おそらくそうだ。

「白昼堂々の無理心中と思われます」

男が沈痛な面持ちで事件を紹介するのを他人事のように聞いていた。戸棚から引きずり出したアルバムを見る。ある時点から、娘一人しか映っていない写真しかない。兵士という職業に見合わず白い指が、全てが抜け落ちたような虚ろさが香る写真をなぞる。

「きょう正午、××区のマンションで、『女子学生が倒れている』との通報があり警察が駆けつけたところ、このマンションに住む17歳の女子高校生と、その同級生で友人の女性が倒れているのを発見しました。友人の女性はその場で死亡が確認され、女子高生は意識不明の重体です」

刃物がどうこう、動機がだのを解説していくのを尾形は聞き流しながら、顔に傷のある男を思い出していた。あの出血量だと死んでいてもおかしくないが、あの小娘、華奢な体の割に意外としぶといらしい。流石にあの男ほどではないが、それでも普通ならあそこで死んでいてもおかしくない。それなりの顔立ちをしているが、佳人薄命とは程遠い女のようだ。

尾形は小さく笑った。

*

2週間あまりを殺風景な部屋で過ごし、実際に彼女と対面して分かったのは、彼女が予想以上の潔癖であるということだった。今は違うにせよ、一度でも祝福されたことのある人間は違うらしいと尾形は笑う。挙げ句、尾形の底にあるものを見透かしたかのように、他人は自由にすればいいと宣った。なるほど、人の望むものを見抜き与える姿勢は鶴見中尉に通じるものがある。あれでもう少し野心的であればいい勝負だっただろう。尾形は髪をなでつけながら銃に指を這わせた。

これ以上話すことはないと言わんばかりに自分の部屋に引き上げた女を見送る。あの女は気がついていない。首筋に絡みつく何かに。背中に乗る男に、気がついていない。

「なるほど、孫思いの爺さんだな」

あれを引き剥がすのは骨が折れるぞ。尾形はひとりごちた。
BVR(金カム/尾形)

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