something | ナノ
確かに私はこの商談を成功させようと少しばかり肩の力が入っていた。

でもね。だからといって、人が70メートルオーバーから自由落下するってマズいと思う!下手すればというか頭から落ちても落ちなくても、ゲロッキーになること請け合いのスプラッタな光景が完成する。どうしてこうなったのかは詳しくは省くけれど、ちょっとした外出でちょっと彼とはぐれて、ちょっとトラブルに巻き込まれて、ちょっと悪い人をタコ殴りにした。それだけ。そうしたらこのざま。

私の死ぬ気の炎じゃあXANXUSとか双子の兄の綱吉みたいに空は飛べない。炎圧も一度に出せる量も、綱吉やXANXUSのそれよりも遥かに劣る。唯一誇れることは純度。炎を水道にたとえるのなら、水の圧力は炎圧。これが高いほど、水は勢い良く出る。死ぬ気の炎の保有量は水を貯めるタンク。これが多ければ多いほど大量の炎を持っていることになる。私たち三人は多分炎の量、タンクの大きさにさほど差はない。でも水圧が高い、つまり水が勢い良く出てくるのがあの二人。私は水道管は細いし圧も低いしでチョロチョロとしか出ない。こういう違いがある。この違いがある以上私は二人のように一瞬で大量の炎を使うような飛び方は使えない。

私は欠点を補い、長所を伸ばすためにライフルを選択した。命中精度、連射速度、そして口径がもたらす威力。これで炎の量の心許なさを補うという寸法だ。幸いにして大空の炎の特性は調和、そして高い推進力。運動エネルギーは速度の二乗だ。まあ何が言いたいかというと。まだ死んだと決まったわけじゃないということ。

一度に発射できる炎の量が少ないから飛ぶほどの威力は出ないけれど、下に向かって撃った反動で減速くらいなら出来る。普通のライフルの火力ではできない芸当だ。頭のなかで撃てる弾数を数える。……久しぶりのHLヘルサレムズ・ロットでちょっとはしゃぎすぎたな。あと5発も全力全霊で撃てれば御の字、かな。でもこれだけあればセーフティネットを貼る時間は稼げる。

問題は下の人への被害だけど、

「そこの人たちーーー!どーーーいーーーてーーーくださーーーーい!!」

こうやって散らせばどうということはない。後は自己責任で。全力で逃げる異界存在ビヨンド人類ヒューマーも見下ろして、発射のタイミングを図る。第一ネット、第二ネット通過。……僅かに減速。対地速度はというと、このままだと間違いなく死ぬ数字がコンタクトに表示された。弾丸に炎を込める。薬室から光が放たれた。

発射スパーロ!」

一発目。ダメ。足りない。地面まで後40メートルちょっと。姿勢を正してもう一発。まだ速すぎる。三発目。このままじゃあネットに引っかかっても死ぬ。四発目。そろそろ気力が切れそう。でもまだネットの耐久力的に無傷は厳しい。あと10メートルちょっと。

「ラストォ!」

地面まであと10メートルを切った。辛うじてネットが破れない程度に減速できた!ちょーっと縫うこともあるかもしれないけど、でも多分死なない。正直なところあと一発は撃っておきたいのが本音だけども、これ以上は気力的にも安全的にも時間的にも無理。

覚悟を決めたとき、ネットに重ねられるように見慣れない赤い紐のようなものが六角形の目に広がる。網だ。誰かの匣?何にせよ補強してもらえるのはありがたい。そして、強烈な、それこそ身体が浮き上がりそうなほどの下から吹き上げる風。どうしてこんな都合のいい風が吹いてくれるのかは今ひとつわからないけど、これならいける!

ネットに接触。ネットは大きくたわんだけれど、私の身体は辛うじて地面に激突せずに空中に留まる。ホッとして身体を起こすと私の顔を覗き込む3対の目。一人はやや小柄な、糸目の少年と言っても良さそうな年の人。少ないながらもこの街に留まっている人間を見ていると、なんだか訳アリっぽそうな、良くも悪くも普通から離れた人が多かったのだけど、彼は普通だ。びっくりするほど普通だ。この街歩いてて大丈夫なのかなと思うくらいには普通だ。

もう一人は白髪で肌の浅黒い細身のお兄さん。どこか軽薄さを感じる。その手にはジッポがあった。彼はなんかこの街を歩いててもさほど違和感がない。大抵の危険は自分でなんとかしそうだ。それ以上に恨みを買っていたりするかもしれないけれども。

ひときわ目を引くのは水色のお肌がツヤツヤで、ヘッドホンのようなものを首につけた半魚人のような人。……そう、人だ。少なくとも半分くらいは。彼は見た目からして只者じゃない感じがする。彼も軽薄なお兄さんとどこか似ている気がする。雰囲気とか、そのあたりは真逆と言ってもいいぐらい違うのに。

それにしても、彼ら、一緒に行動しているのが不思議なくらいバラバラだ。

「あの、大丈夫、ですか?」
「ああ、はい。ええっと、このネットは」
「俺だけど」
「風は」
「僕です」
「ありがとうございました。お陰でなんとか命拾いしました」

三人組の詮索も程々にして、ネットからひょいと飛び降りアニマルリングから出していた蜘蛛を引っ込める。糸目の少年が僅かに反応する。これが見えているってことは相当目がいい子なんだな。いやいやいや。目がいいったって、いくら私の術師適正低いからって、幻覚で隠してたネット見破るか!?疑問を取り敢えず置いておいて、蜘蛛とは別に収納用匣を取り出して小銃をしまう。

「えっと、あなたは」
「沢田なまえです」
「あーオレはザップ・レンフロ。この魚類はツェッド」
「よろしくお願いします」
「僕はレオナルド・ウォッチです」
「ザップさんにツェッドさんにレオナルドさんですね。どうかよろしく」

その時少年の携帯が着信を告げた。彼はポケットから端末を取り出すとこちらに会釈して背を向けて誰かと会話し始める。

「ここに来るのは久しぶりで迷ってしまったのですが、×××ホテルへの道はご存知でしょうか?」
「いいすっよ。俺らも今からそこに行くところだったし」
「助けていただいただけでなく、案内まで頼んでしまってすみません」

ぺこりとお辞儀をするとさほど離れていない場所で電話していたレオナルド少年が素っ頓狂な声を上げた。思わずそちらを見るとバッチリ私と目があった。一瞬で視線がそらされる。

「えっと、沢田なまえさんなら、今、ここにいます……」

声が遠くて聞こえにくい部分は読唇術で読み取った。……なるほど。ボンゴレ10代目の名代がHL入りすることを知っている組織は数あれど、沢田なまえがHL入りすることを知っているものはそうはいない。そして知っているもので、私を見ても襲わない、敵意を向けないものは殆ど無い。どうやら私は図らずしてライブラの方たちと接触してしまったらしい。私は雑踏に紛れてしまいそうなほどの声でツェッドさんに話しかける。

「もしかして、ライブラの方ですか?」
「もしかしてあなたは」
「そうです今日、会談を行う相手です」

時計を見る。会談まであと2時間はある。のんびり歩いていっても間に合うはず。あ、そう言えば、私は、XANXUSが目を離したときに厄介事を見つけて首を突っ込んで落ちて来た。そしてこの目立つ騒ぎ。来る、よね。

「なまえ」

ほら来た。後ろめたさと申し訳無さでそうっと振り返ると、そこにはなんとまあご機嫌斜めな旦那様がそこにいた。振り返る間際にちらりと見えたお三方の顔は皆一様に引きつっている。そりゃあこんな怖いお兄さんが不機嫌な顔で立ってたらそんなの一つや二つは顔したくなる。というか私もそんな顔してると思う。私の旦那様はむっつりとした表情のまま口を開いた。

「厄介事には首を突っ込むなと言ったのをもう忘れたのか」
「申し訳ありませんでした」
「ドンボンゴレの名代が墜落死なんざ笑い話にもなりやしねえ」
「軽率な行動を反省しております」

頭を下げれば更に威圧感は増した。ひいっと誰かが息を呑む声が聞こえる。顔を上げればさっきよりも二割増しで不機嫌なXANXUSの顔が見える。流石に街中で憤怒の炎ぶっ放しなんてことはないとは思うけれど。

「思ってもねえことをつらつらと……」
「いやあ、突っ込まない?婦女暴行の現場見たりしたら」
「その悪癖を直せ。逆恨みでもされたらどうする」
「これだから人情の分からない人は」

その瞬間頭に拳骨が落ちた。脳天から顎先まで突き抜けるような衝撃が走る。思わず呻き声を上げて頭を押さえた。拳骨の主は誰かなんて言うまでもない。我が旦那様だ。たしかにさっきの物言いは悪かった気がする。でも私にも一応理由はあるんだ。

「いたたた……」
「ぐだぐだ言いやがって。いい加減学習しろ」

もちろんわかっている。基本的に―浮気以外なら―何をしても放任する彼がここまでやるのは、ほかでもない私を心配してのことだということくらい。でも、あそこで、あんな現場を見て、それを見捨てたのならば、きっと私の根幹が腐る。それだけは譲れなかった。顔を上げて真正面からXANXUSを睨みつけると、眉間の皺を増産して睨み返してきた。流石というかなんというか、睨むことと憤怒の炎に関しては右に出るものが居ない男。私なんかが対抗しようなんて100年早かった。

「……今度無茶をするならオレと行動しているときにしろ」
「厄介事に単身で首を突っ込んでごめんなさい」

今度は心から頭を下げると、上から溜息が降ってきて、頭をくしゃっとかき混ぜられる。片手で乱れた髪を直していると、コホンと咳払いの音が聞こえて慌てて振り返る。

そこにはライブラの方が居た。ん?増えてない?いや気配でなんか増えたなあくらいには思っていたけれど増えたメンツが問題だ。

一人は天をつくようなという言葉がしっくり来る短い赤毛の大男。イタリア人の平均を遥かに上回る身長のXANXUSさえ超えるような身長の男はそう居ない。そして彼からはXANXUSとはベクトルが違えど、獣の空気を感じた。あと、どこか立ち居振る舞いは彼に通ずるものがあった。つまり、威圧感はあっても、礼儀を知らぬ佇まいではない。かなり高貴な家の出身なのかもしれない。

もう一人は伊達男、と言い表すのが的確だと思う。身長はXANXUSよりも高くない。それでも私からすればかなり高い部類に入るけれど。ゆるいクセのある黒髪。優しそうなタレ目。頬に傷があるがそれは容姿を損なうことなく、むしろ魅力を備えている。同じ傷顔でも雰囲気や顔の作りでこんなに違うものなのか。でも、こういう優しげな容姿の男が実際に優しいことなど数えられるほどしか見たことがない。こんな日向に当たれない稼業の者なら尚の事。それになんか寒気がする。この人の前で迂闊な真似はよそう。

思わずしっかりと観察してしまうほどには強烈な方々だ。会釈するとあちらも同じように返してくる。……うん。これはしっかりと箸の上げ下ろしまで教育された人間の動きだ。前三人は普通の人に近い動作だけど、この二人はなんか違う。いわゆる上流階級だ。

「ミス沢田、私、こういうものです」

二人それぞれから名刺を受取る。大柄な紳士がクラウス・V・ラインヘルツ。伊達男はスティーブン・A・スターフェイズ。にしてもクラウスさんでかいな。名刺がもっと別の小さい紙に見えた。丁寧に名刺ケースにしまう。

「沢田なまえです」

お手本そのままに名刺を手渡す。二人共ちらりと名刺に視線を落としてケースにしまった。

「まだ会談には早い時間だと思いましたが」
「女性が集団に襲われ撃退したはいいものの、はずみでビルから落下したという一報が入ったのでもしやと、そちらのレオナルドに連絡したところ貴方様が落ちてきたということでしたので」

うわ、なんだかすごく恥ずかしいぞ。後ろの方で鼻で笑う声が聞こえた。うん、これは笑われても致し方がない。というかこれ会談で不利になっても仕方のない状況だなあ。助けてやったんだから〜なんて言われる。彼らはそんなこといいそうにないタイプなのはわかってるけど、こちらが助けられて何も返さないのは非常にマズいよね。うわあ。やっちゃった。

「それは、お恥ずかしいところをお見せしました。そして助けていただいてありがとうございます」
「困っている人を見捨てておけないのは我々も同じですから。それにしても、まさかお一人で人身売買集団を壊滅させるとは」
「あら、彼らそういうのだったんですか」

クラウスさんの言葉に驚きの言葉を返すと、知らなかったのかよ、というつぶやきがザップさんから漏れた。気のせいでなければ多分に呆れを含んでいたように思う。目の前で女性が襲われてたからとっさに飛び出ただけだし。ぎょっと目をむいたスティーブンさんが唖然としたような表情で口を開く。

「何も知らずに?」
「ああいうの見てしまうと、ついつい体が動いてしまって」
「ああ……そういう」

なんとなく事情を理解したのであろうスティーブンさんがどことなく疲れたような顔をした。彼の遥か頭上ではクラウスさんが私に同意するようにうんうんと頷いている。……なるほどこの二人の関係性がなんとなく伺えてしまう。クラウスさん、彼もついつい身体が動く族の人だ。一方私の頭上からはもう少し考えて動けこのバカ娘というイタリア語の罵倒が浴びせられた。すみません。
長女×BBB 02

back
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -