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(佐々木家の落ちこぼれの戦闘機パイロットが空で地上で奮闘する話)

チープな作りのひな壇に似合わぬ男たちの悲鳴。不慣れな拳を振るって敵対勢力を叩きのめそうとするオタクたち。その中に、名優の殺陣でもこうはいくまいというほど見事な大立ち回りを演じる者がいた。

彼は軽業じみた体捌きも目立ったが、その出で立ちも負けず劣らずだった。彼は質素な無地の着物をきっちりと着付けていながら、ワッペンが大量に縫い付けられた暗い緑色のフライトジャケットを羽織り、ごついブーツを履いている。

街を歩く者は皆和服ばかりのご時世、いや和服が廃れた後世であったとしても、かなり浮いた格好であることには違いない。しかし、彼はその珍妙な格好を上手く着こなしていた。男とも女ともとれる中性的な顔立ちに浮かぶ奔放さが、噛み合わない和洋折衷によく合っていた。

そんな彼の名前はなまえ。衝動を持て余す20歳の若人だ。ちなみに生物学上の性別は女性である。

そんな彼いや彼女の物語は、討議を重ねる番組で闘技を交わす最中、とある警察官をぶん殴ることから始まった。

*

小ぢんまりした個人事業主の応接間でメガネの少年に続いてなまえは頭を下げた。

「私もすみませんした。気付かなかったとはいえ、まさか鬼の副長殿を殴り倒してしまうなんて」

あの鬼の副長、土方十四郎が美少女フィギュアを大事そうに手にしていることはなまえにとって驚きではあったが、あの男が殴られたままでいることに殊更驚いていた。

江戸より少し離れた宿場町に居を構える彼女にも、鬼の副長の評判は届いていた。彼女が知る鬼の副長は、殴られたら殴り返す男だし、美少女フィギュアが無事だったからよしとするなんて口が裂けようと槍が降ろうと言わない男だった。

噂でしか土方のことを知らないので、もしかするとコレが実情なのかもしれないと彼女は考えようとしたが、それにしても様子がおかしいと首を振った。

非番のなまえはいざしらず、真選組の副長という重大なポストに就いている土方は多忙の身のはずだ。その彼がなぜこんな真っ昼間からあんなくだらない番組に出ていたのだろうか。土方十四郎や万事屋なる自営業御一行とはさっき出会ったばかりのなまえだが、どうにも嫌な予感がした。

「で、オタクは?見かけない格好だけど、何しに来たの?すごいアクションだったけど、ウチ芸能プロじゃないから映画のオファーとかないからね」
「ああ、ぶん殴った相手がまさかの鬼の副長、土方十四郎殿だったので顔を拝みに。なまえです」
「へーこの辺に住んでるの?」
「いえ、ここから車で40分はかかりますよ。江戸程ではないですがそこそこの街です」
「あー、なるほど、遊びに来たらコイツをぶん殴っちまったと。いいのかねェ、刀ぶら下げてるってこたァ、アンタ幕臣だろ?」
「本人がよしとすると言っていることですし、他人にとやかく言われる筋合いは無いっすね」

相手の精神状態が常ならぬ状態だと分かっていても、和解を引き出したと言い張るあたりでなまえの精神性がうかがえる。

なまえはあまり自分のことを語るのは好きではなかったので、少し離れて腰掛けるA系ボーイのことについて聞いてみた。どうも土方と万事屋御一行はお知り合いらしい。

「ところで、この人いつもこんなんすか」
「いつもも何も明らかにおかしいアル。同じ顔した別人ネ」
「いつもはもっと、こう……鬼とか、抜き身の刃みたいな」
「そうっすよね。自分もそう聞いてます」

鬼。抜き身の刃。彼女が伝え聞く土方もそのような男であった。真選組をクビになり、アニメ声優志望などと宣う土方が常ならぬ状態であることは、人伝の土方しか知らないなまえにも理解できた。現状を理解した彼女が次に考えたのは、なぜこうなった?という単純だが難しい疑問だった。しかし、その疑問の解決につながる糸口は、渦中の人からあっさり投げ渡された。

「店の人が妖刀とかいってたけど、まさかね」

仕事をやめただの、同人誌を書かないかだの、万事屋と土方との愚にもつかない会話を聞き流していたなまえだが、妖刀のワードに引っかかりを感じて顔を上げた。どうやっても手放せないという刀を万事屋達とともにしげしげと眺める。刀を売り払う理由については聞かなかったことにした。妖刀から美女云々についても。

「鞘から抜けないんですか?」
「抜けるよ」

刃紋を目の当たりにしたなまえは、ほうとため息を付いた。なまえは裏表揃った刃紋にすっかり魅了され目を童女のように輝かせている。万事屋の主の坂田銀時は呆れた様子でその背中を見下ろしていた。

「随分綺麗な刀だ。おそらくかなり腕のいい刀匠が打った刀でしょ。よく斬れるだろうに、持ち主がコレでは永遠に使われないのが残念すね。……そういえばどこかでこんな刃紋の刀の話を聞いたような。確かそいつも人の魂を喰らう妖刀って呼ばれてたはず」
「お兄さん軍オタのみならず刀オタなの」
「刀の方はオタクと言うほどでは。話のネタになる程度に知ってるだけです」

それをオタクって言うんだろーが。なまえは銀時の鋭いツッコミを無視した。なまえに言わせれば、オタクというものは一度そのジャンルを語らせれば何時間も一人で話し続ける人種のことを指すのだ。自分はその領域に達していないとなまえは考えていた。

***

餅は餅屋と、刀匠鉄子の元に向かった万事屋と土方、そしてなまえは、妖刀改め村麻紗の逸話を聞かされた。これが非常に妙な逸話で、魂を喰らうなどというオカルトチックな話もさることながら、引きこもりの息子を斬殺するために使われた刀などという明らかに真新しい曰くまでついてきている。胡散臭いことこの上ない話だ。しかし、それを腰に佩いた男の末路が彼らの目の前にいる以上、彼らも信じるしかない。真選組副長、土方十四郎という男の根本がもう残っていないかもしれないという悲しい事実も、信じるほかないように思われた。

なんとなーく成り行きで付いてきただけで、土方との関わりが薄いなまえも、重い事実の前に黙り込んでいたが、生木がいぶるのとは違う煙が漂っている事に気づいて、その発生源を見た。土方の皮を被ったヘタレオタクは煙草を吸わない。しかし彼は紫煙をくゆらせている。その意味に気づいた銀時がまさかと口にするのも介さず、土方はため息のように長く煙を吐いて、そして口を開いた。鋭い双眸がなまえを一瞥して、すぐに万事屋の面々に移った。

「最後の一本吸いに来たら、眼の前にいるのが………見知らぬ野郎に、よりによっててめーらたァ……俺もヤキが回ったもんだ」

隊士や浪士を震え上がらせていたはずの声に最早ハリはなく、言葉は途切れ途切れに。まるで死にかけの人間が最後の言葉を残すような、そんな嫌な緩やかさをもった話しぶり。今まで誰かと戦っていた、いや、今も誰かと戦っているようなひどい汗だ。なまえは目を見開いて、土方を見ていた。畏敬と畏怖の狭間をひた走っていた男の最後の姿だ。

「まァ、いい……。コイツで…最後だ…ワラだろうがなんだろうが、すがってやらァ…」

最後の言葉を残すような、ではない。遺言だ。川の下流のような静かな終わりを感じさせる言葉が続く。誰も口を挟まない。薄ら寒い静けさを持った声が口出しを許さない。

「いいかァ、時間がねェ。一度しか言わねェ…てめーらに…最初で最後の頼みがある」

今まさに妖刀に魂が喰われているのか。煙草を咥える唇が震えている。言葉の続きを、誰もが黙して待っていた。プライドの高い男が、己に抗いながら、その頭を下げる様子を、誰もが見守っていた。

「頼…む…真選組を…俺の…俺達の真選組を…護って…く…れ」

最後の一音が口から零れ落ちるように発せられ、まだまだ吸えるはずの煙草が転がり落ちた。燃えさしの煙草が行き場のない煙を漂わせている。なまえは一つの人格の死に凍りつく頭で、昇る紫煙を魂のようだと考え、縁起でもないと首を振った。

暑いはずの鍛冶屋が、冷えていく。

紫煙が、消えた。

***

なまえは土方と並んで万事屋御一行の数歩後ろを歩いていた。既に辺りは暗くなり始め、夜型の趣が強いかぶき町も起き出していた。活気づく空気とは裏腹に、彼らの空気は重たい。

無理もない。預けられた、いや託された物はあまりにも大きかった。

「真選組内で今、何かが起きている。そういうことですか」
「考えられるのは内部抗争、すね」
「もしかして土方さんも、そのせいで真選組をクビになったんじゃ…妖刀にとり憑かれて、あんな状態で、何もできなくて」
「さあな。まァ何が起きてようが、起きてなかろうが、俺達には直接関係ねーだろ。これ以上深入りはよそうや」
「彼が頭を下げるということは、よっぽどの事態だろーし、それが賢いかも」

後ろから撃たれた形の新八は眉根を寄せた。新八は土方を放っておけないらしい。神楽は特に考えていないのか、ぶらぶらと歩いている。成り行き次第といったところだろうか。なまえは涼しい顔で続けた。

「それに、コトは一般人の介入する範囲を超えている、そんな予感がします」
「だからですよ。僕たち万事屋だし、なにより、あのプライドの高い土方さんが、恥も外聞も捨てて人にものを頼んでいるのに…」

銀時は何を思っているのか、黙り込んでいた。土方と何度もぶつかってきた彼だからこそ、誇り高い男が頭を下げる意味を重く捉えているのかもしれない。新八はなまえに視線を移す。

「なまえさんはやっぱり関わらないつもりですか?」
「縄張り外だからと弱った人間や困った人間を捨て置けるほど、物分りが良くなったつもりはない。でも何をするにしても、まず隊の現状を知らないことには……」

シリアスな空気をぶち壊すような気の抜けた声が、なまえの隣、元鬼の副長もといトッシーから発せられた。

曰く、レア物の美少女フィギュアを複数個入手するために並んでほしい、と。

なんだかんだ土方の遺言が引っかかっている三人組は意見の相違も何のその。彼らは結託してトッシーを足蹴にしていた。血筋の割には温厚と自負しているなまえも、流石に苛立ちが募る。せっかく人が心配しているのに、なにお前はフィギュアの心配してるんだよコノヤロウ、というか実用ってナニするつもりだと。一方的な暴力に参加すべくなまえが足を踏み出したところで、喧嘩というかリンチを咎めるように、夜と昼の変わり目の街に鋭いブレーキ音が響く。

「副長ォ!ようやく見つけた!!」

真選組のパトカーから揃いの制服を纏った隊士たちが飛び出してきて、口々に窮状を告げる。真選組の隊士の一人、山崎退というなまえの知らない男が、何者かに殺害されたという。屯所の外れという人気のない場所での犯行だったらしく、被害者は死亡、下手人は不明。

隊士が襲われる緊急時ということで、隊士らは隊に戻るよう土方に進言するが、ヘタレ土方は拒否する。だが、ヘタレ精神が出した同行拒否という結論は、このときばかりは正しかった。

「さっ、早く…副長も山崎の所へ」

そう、それが車の中で斬り殺されるか、車に乗る前に一斉に斬りかかられるかの違いであったとしても。

土方は幸運だった。彼は銀時に首根っこを捕まれ、殺気立った隊士の囲いを脱したのだ。本来上司であるはずの土方を襲う隊士が複数人存在するという異常事態。銀時やトッシーの動揺の声が路地裏を満たす。

「もうのっぴきならない状態っすねコレ。抗争の最終段階、実力行使即ち暗殺決行」
「なんであんたはそんなに冷静なんだァ!!」
「世の中の大抵のことは驚くに値しない。これ、急いだ方がいいかも。副長暗殺だけで済むとは思えない」
「誰かそのヘタレとバカを黙らせろォォォ!」

なまえの落ち着きぶりは大したものだが、神楽が持ち前の怪力でパトカーを押しとどめている状況で言うことではない。場違いさ加減に限っては、二次元関係の安直な例えで神楽を讃えるトッシーとどっこいである。人間ばなれした所業に目がいっている運転手を木刀でもって排除した銀時達は割れたフロントガラスから車内に滑り込み、パトカーごと路地に飛び出した。

エンジンの唸りに混じって男の情けない悲鳴が上がるが、知ったことかと銀時はアクセルを踏み込む。そして何食わぬ顔で無線を繋いだ。味方のふりをして情報を聞き出すつもりらしい。後席に座るなまえ達三人も思わず前のめりになる。

なまえが懸念していた通り、副長暗殺は伊東派の計画の一部に過ぎなかった。土方も本命には違いないが、彼らの大本命は真選組局長、近藤だった。

伊東派とやらは、隊士募集の遠征に向かう列車の中を自らの一派で固め、その密室で近藤暗殺を決行する腹づもりらしい。表向きは浪士達の犯行ということにして。

真選組の危機に狼狽する新八の隣で、なまえはまずったなあと頭をかいていた。

「どーしよう…ここまで大掛かりだと自分の痕跡隠し通せない。隊長にドヤされる」
「この期に及んで自己保身ですかアンタは!!」
「そりゃ外出禁止がかかってますからねこっちは。お前にわかんのかァ?一月も外出できずに、回し車をカラカラするハムスターよろしく延々と敷地内をランニングするしかない人間の気持ちがァ!!!」
「知らねーよ!!アンタの外出の自由より、近藤さんの命の方がどう考えたって大切でしょーが!!!」
「あ、そっか。真選組局長助けて恩売ってなんとか取りなしてもらおう。ヨーシ全速前進!」
「調子良いなアンタ!」

一転してノリノリのなまえとは対照的に、トッシーは顔を蒼白にして身体を抱え震えていた。新八の呼びかけにも応じず、念仏のように僕は知らないと呟き続けている。

「しっかりしてください土方さん!このままじゃあなたの大切な人が…大切なものが全部失くなっちゃうかもしれないんですよ!!」
「僕は知らない。僕は知らない。僕は知らない…」
「なしのつぶてだ。このタマなしには新八くんの熱も届かないようで」
「土方さん!」
「銀ちゃん、どうするアルか?」

事の成り行きを静観していた神楽が、銀時の意見を問う。彼は、真選組が保有する全車両および屯所に無線をつながせ、土方の名前で非伊東派の隊士を近藤の元へ送る。この一連の行動をもって神楽への回答とした。

「ふぬけたツラは見飽きたぜ」

腑抜けたツラなのは銀時も同じなのでは。なまえとしては突っ込みを入れたいがそんな空気ではない。空気は吸うものとしか定義していないなまえにも、口を挟めばぶん殴られそうな雰囲気を察知する本能は活きている。

「丁度いい。真選組が消えるなら、てめーも一緒に消えればいい。墓場までは送ってやらァ」

土方が生き残って近藤や他の隊士らが死ぬのは道理が通らない。銀時は言下にそう告げていた。副長でもなんでもないつもりのトッシーは当然反駁するが、その言葉は途切れた。いい加減彼の我慢も限界に来ていたのか、ハンドルから離れてトッシーの胸ぐらを掴む両の手。勝手にケツまくってどこに行くという呼びかけはトッシー越しの誰かに向けられている。神楽が助手席越しにハンドルを握るのが別世界の出来事のようだ。

「てめーが人に、もの頼むタマか。てめーが真選組、他人に押しつけてくたばるタマか」

白い方のふやけた男は戦場に立つ男児のような覇気の片鱗があった。新八の説得に目も合わせず逃避した黒い方のふやけた男は、胸ぐらを掴む男を真っ直ぐに見ている。なまえはそこにわずかな兆しを感じ取った。

「くたばるなら大事なもんの傍らで剣振り回してくたばりやがれ!!それが土方十四郎だろーが!!」

口角から泡を飛ばしながら土方に発破をかける銀時。なまえが言う所のタマなしのトッシーであれば、その檄を甘んじて受けるだけだったはずだが、この時ばかりは勝手が違った。胸ぐらを掴んだまま様子を見ていた銀時の腕を掴む手があった。みしみしと、凝り固まった己を無理に動かす音が、エンジンと風の音にも負けず、なまえにまで届いた。

「……ってーな」

己が思い描く武士の理想を四十五ヶ条にまとめた男が、滅多なことでは頭を下げないプライドの高い男が。よりにもよって宿命のライバルに胸ぐらを引っ掴まれ説教され。そんな状況で黙っていられるようなタマではないのだ。

「痛ェって、言ってんだろーがァァァ!!」

銀時の頭が無線機に叩きつけられる。叫んだ男は、確かに真選組副長の土方十四郎だった。だがそれも長くは続かない。無線の破片が床に落ちる頃には、我に返ったように銀時の頭から手を離していた。

「え?あれ?僕は何をしていたでござるか?」
「そこで白目剥いてる銀髪ぶん殴ってたっス」
「ウソォ!?拙者そんな大それたことしてないよ!?」
「……元の木阿弥だ」
「黙ってられなかったんでしょうね」

一人喚くトッシーを横目に、なまえは一旦パーキングエリアに止まるように指示した。
テール・エンド・チャーリー!

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