いつもの風景
「エレーン!!!ちょーっといいかなー?」
「ハンジさん?いいですけど…」
「ホントー?!じゃあここで座って待っててくれない?飲み物持ってくるから!」
「え、あ、ありがとうございます。」
さっそうと去って行くハンジを横目で見ながら用意されてあるソファに腰掛けた。リヴァイ兵長を中心とするリヴァイ班のリビングは殺風景である。必要最低限の物しか配置されていないが隅々まで掃除が行き届いているのがうかがえる。
「お待ちどーさま。ささ、飲んで!」
「ありがとうございます。いただきます。」
ハンジが用意した飲み物を飲む。色、香りは紅茶のような感じだ。ただ、味がイマイチだ。なんかおかしいだろ、そう思ったがもう全部飲んでしまっていた。
「ハンジさん…これ、なんですか…?」
また偶然変なものができちゃったんだろうな、なんて考える。冷静なあたりそういうことにも慣れ始めてるんだと気づかされる。
「気づいちゃったー?それね、失敗作!まだどうなるのか私にもわからないんだよねー!あ、でも元に戻す薬もあるから心配はいらないよ。」
言い終わるのが早いかどうかのタイミングで体に異変を感じた。
(あれ、なんかいつもより聞こえよくねーか?)
ハンジが目を見開いてエレンをガン見。そしてエレンの背後に視線を移し、目を輝かせた。
(俺の後ろに何かあるのか…?)
後ろを振り返ると黒くて細長いふわふわしたものがうねっていた。これはどう見てもあれだ。
(尻尾だ。ってことは……)
やはりそうだ。耳の聞こえが良くなったのも猫耳が生えているせいだ。手も肉球があって変な感覚だ。ただ体は人間のままだし、完全な猫化ではなさそうだ。
「うほぉぉおおおお!エレン!エレンに猫耳と尻尾が生えたぞー!肉球もある!エレン、体に異変は?!」
「………にゃいです。……えっ。」
別に噛んだわけではない。普通に喋った結果がこれだ。
「エレン、かんだ?」
「かんでにゃいです。」
うーんとうなるハンジを横目にエレンは自分の姿を鏡で見た。面白い、本物だ。自分の意思で動くあたりすごいなと感動してしまう。
「エレン、私に後に続いて言ってみて。」
「はい。」
「な、に、ぬ、ね、の」
「にゃ、に、ぬ、ね、の」
“な”だけはどうしても“にゃ”になってしまう。これも薬の影響だろうか。
「言葉も猫化したってところだろうね〜。まあ、今すぐ元に戻せるけど、折角だから効き目切れるまで満喫しなよ!」
「え、ちょ、ハンジさん!」
「じゃー、私用事あるから!」
嵐のように去って行ったハンジに唖然とするエレン。満喫しろっつったってどうすればいいんだと深くため息をついた。
「エレンよ、いるか?開けるぞ。」
「えっ、兵長?!うわっ、ちょ、待って…」
待ってくださいと言おうとしたが既に遅かった。ドアを開け、中に一歩踏み込んだリヴァイが目にした光景は異様なものだった。猫耳と尻尾をつけたエレンがショックな顔をして佇んでいる光景だ。
「これは一体どういう状況だ、エレン。」
「あっ、えっと……そのー。」
「なんだ、早く言え。」
「はい、すみません!ハンジさんが失敗した実験薬を飲んだらこうなりました!」
「ほぅ……またあのクソ眼鏡が原因か。」
帰ってきたら削ぐ、そう言ってソファに腰掛けたリヴァイ。ここだけの話、人類最強はソファに座ると足が床に届かない。そんなリヴァイをみて可愛いなんて思っているとは到底エレンからは言えないのである。
「効き目が切れれば元に戻るらしいので、この姿を満喫しろと言われました。」
「そうか…」
やっぱりあのクソ眼鏡削ぐ、小声で言いエレンに向き直った。
「だがまあ、猫は嫌いじゃねぇ。」
おいでとばかりに両手を広げるリヴァイ。なんですかその可愛い行動と悶えるのを我慢するエレン。
「なんだ、来ねぇのか?」
「い、いえ!行きます!」
なら早く来いとリヴァイが言い終わるや否やエレンがリヴァイの胸に飛び込んだ。この感じ、久々だなと微笑むエレン。エレンにとってリヴァイの腕の中は心地の良いものだった。
「兵長ー」
「どうしたエレン。」
「たまには猫化してみるのもいいですね。」
「……そうだな、悪くねぇ。」
「エレーン!猫化はどう?満喫できた?!」
勢良くドアを開け放ち、ものすごいKYっぷりを発揮して飛び込んできたハンジ。当然リヴァイの機嫌は悪くなるわけであって…。
「ハンジ、削ぐぞ。」
「あれー?私悪いことしちゃった?」
「当たり前だてめぇ。もっと空気読みやがれクソ眼鏡。」
わーぎゃー言っている大人気ない大人二人を横目に、ハンジさんって実はワザとなんじゃないかとエレンは考えた。そうだったら余計タチが悪いな。
「まあまあ、お二人とも落ち着いてください。」
「これが落ち着いていられるか。いいところを邪魔しやがって。」
「あっはっは!リヴァイまだそんなこと言ってんの?!」
ひー!腹いてー!と大笑いするハンジに更にキレ気味になるリヴァイ。そんな風景もエレンにとっては日常の一部だ。そんな日常がエレンは大好きなのである。