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▼ にわか雨のあと

「……起きてたのか?」


自分の手に力強い指先が触れたのを感じてわたしは驚いた。


彼の声が少し掠れていることに気づいて、なんだか胸があたたかくなる。


「……いえ、わたしも いま、起きたところです」


「そうか」


彼は頷くと、わたしの顔をジッと見た。


あまりまじまじと覗き込むので、わたしは座りが悪いような……居心地が悪いような、そんな気持ちになる。


「ど、どうしたんですか……?」


しどろもどろで尋ねると、彼はフッ、と鼻先で微笑んだ。


「いや……ただ、顔を見ていたかっただけだ。……リン、」


まだ横になったままの彼の手が「こっちに来い」と言うように伸びる。


わたしは不思議に思いながらも少し彼の方にカラダを寄せた。


すると、手首を掴まれて そのまま彼の胸の中に引き寄せられた。


「……っカズマ様……?」


驚いていると、彼の長い指がわたしの髪をそっとすいた。


指先に毛先を挟んだまま、わたしの髪とわたしの顔とを交互に見ている。


「あの……っ」


なんだか恥ずかしくなって、わたしの胸は高鳴りだす。


けれど 彼はそんなわたしの心の中には気づかないのか、どこか無邪気な顔をしている。


「……綺麗な髪だ。もうすっかり乾いたな」


彼の言葉を聞いて、わたしは 昼間 ユキと遊んでいたら雨に降られてしまったことを思い出した。


「……カズマ様が拭いてくださったので……」


「バカ、風呂にすぐ入ったからだろう?後でマリカに礼を言っておけ」


「……はい」


……確かに、雨に濡れた髪を彼が上着で拭いてくれたことは いま こうして髪がちゃんと乾いて、風邪も引かずにすんだことに直接の関係はないかもしれないのだけど、それでもわたしは嬉しかったのだ。


あんなに必死にわたしを心配して、その行為自体に大した力はないと頭の隅ではきっとわかっていたはずなのに、いま出来ることをせずにはいられない、という顔を彼がしてくれたことそのものが。


「でも、やっぱり カズマ様にもお礼 言わせてください。……ありがとうございます」


わたしは微笑むと、彼にそう告げた。


彼はいつものように「ああ」も何も言わず黙っていたけれど、少ししてから わたしのカラダを引き寄せた。


わたしが彼の上に少しのしかかるような体勢になって、わたしは慌てる。


どうしたらいいのかわからないわたしを見つめて、彼は微笑んだ。


すこし、いじわるな顔をしている。


掴まれたままの腕を引かれて、唇が斜めに重なる。



「……っン……」


ぎゅっと目を瞑って、唇もかたく閉じていると彼の舌がわたしの下唇をなぞった。


神経が弾かれたようで、身が震える。


けれど、閉じた唇の力は緩めないでいると、彼は痺れを切らせたのか、少し唇を離して言った。


「……くち、ちゃんと開けてみろ。俺の舌に自分の舌を絡ませるんだ」


彼の言葉は少し 不遜とも命令とも とれる言い方だった。


でも、彼のそんな命令は逆効果だ。唇を開けるのも無理なのに、自分の舌を彼の舌に なんて……できるわけがない。


「……っそんなこと できません……っ!」


熱くなっている自分の頬が恥ずかしくて、わたしは俯いて叫んだ。


彼はやさしい声で言った。


「どうして?」


「どうして って……恥ずかしい です……っ」


「恥ずかしくない。リン、俺はお前の なんだ?」


グイ、と顎を掴まれて上向かされる。


彼の真っ直ぐな目がわたしだけを見ていた。


どこまでも澄んで、けれど強い意志を感じる瞳。


この瞳に見つめられて、目を逸らせるひとなんているんだろうか?……少なくとも、わたしは出来ない。


「……カズマ様は わたしの……」


「わたしの?」


「……旦那様 です……」


わたしが喉から搾り出すように答えると、彼は微笑んだ。


「そうだ。お前は、俺の妻だ。それなのにどうして恥ずかしい?俺をちゃんと受け入れろ、リン。……くち、開けられるな?」


心臓が、怖いくらいに高鳴っていた。


皮膚の下で、血が熱く 沸騰している。


でも、彼の言葉にどこか納得している自分がいることも否定できなかった。


……彼は、わたしの旦那様で、わたしは 彼の妻で。


それなら、わたしはこんな風に唇を合わせることを恥ずかしいと思っているのはおかしいのかもしれない。


ちゃんと口を開けて……彼の望むようなキスをできるようにならないと いけないのかもしれない。


わたしはおずおずと口を開けた。


その瞬間、彼の舌がわたしの口腔に滑り込んで、引っ込んでいた舌を捕らえる。


引っ込んだ舌を引き出すように 彼の濡れた舌がわたしの舌の裏側をなぞった。


「……っン……!」


「……やっと少し くちが開いたな」


彼はからかうような口調でそう言った。


「……っだって、カズマ様が……!」


「……俺が、なんだ?」


「カズマ様が……そうしろって……」


わたしは自分がなにを言っているのかわからなくなってきて、混乱した。


「あの、えっと……」


「……俺が言ったから口を開けてキスができるようになったんだろ?……それでいい。これからも ずっと、そうしろ、リン」


彼の大きな手がいとおしげにわたしの頬に触れる。


耳にかかった髪を撫でる。



……彼の言葉の意味は、ちゃんとはわからなかった。


でも、彼が「そうしろ」と言うのなら わたしはきっと、そうするのだと思う。


……そう、できるようになりたい。


彼の妻だ というだけで なんの力にもなれないけど……せめて、わたしにできる精一杯で、彼の望みを叶えてあげたい。


彼のためにわたしができることは、それくらいしかないから。



わたしはそっと彼の広い背中に腕をまわした。


もう一度 唇が重なる。


今度こそ わたしは 口をあけてキスすることを覚えた。






■END■


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