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▼ オヒメサマになりたくて

「ね、聞いた?今日、この国にカズマ様が来てるみたいよ!」

 商品のアクセサリーを並べながら、私はカウンターにいるタイチに話し掛ける。タイチは渋い顔で私を見た。またかよ、って顔。
 カズマ様っていうのは、この国から少し遠い国の王様のご子息様───つまり、王子様。彼はお若いのに政治的手腕や剣術の腕前も素晴らしく、そしてたいそうお美しいということで、他の国でもかなり有名だ。イモぞろいのうちの王族と比べてはカズマ様を賞賛する私に、タイチはいつもうんざりしている。

「王族が晩餐会に招いただけだろ?いちいち煩いお前」
「もしかしたら、お顔くらいは見れるかも」
「あのなぁ、ヒナ。こんな下町の田舎臭いアクセサリーショップに王子様が来るわけねーだろ。城下は俺らなんかは行くことすらできねーし」
「……夢くらい見せろっての」

 そう呟いて、私は作業に戻る。私が作った、ビーズのアクセサリーを眺めながら、ため息を吐いた。
 世界が違うことくらい、分かってる。こんな小さい店で手作りアクセサリーなんか売ってる私が、他国のお美しいと噂の王子様を拝見するなんてできないことくらい。でも……。

「見てみたかったなぁぁあ、イケメン王子様」
「ミーハー女、黙れ」

 タイチは雑誌をめくりながら呟いた。女がイケメンを追うのなんて、当たり前でしょうが。タイチはその辺を分かっていない。

「だって、うちの王族なんてみんな不細工ばっかじゃない。王族に生まれた身分の上さらにイケメンだなんて、すごすぎるわ」

 もうタイチは返事をする気もなくしたようで、黙って雑誌をめくっていた。タイチも一応店員なんだから、真面目に働いてほしい。

「それに、知ってる?カズマ様の奥さん、カズマ様に溺愛されてるらしいわよ!幸せ者よねー!」
「えっ……!」

───えっ?
 タイチの返事の代わりに、可愛い声が聞こえた。見ると、可愛い女の子が少し頬を赤らめながらたっていた。いつの間に入ったんだろう。まぁ扉は開けっ放しにしているから、誰かが音もなく入ってきても不思議ではないんだけど。その子は、ピンクのビーズでできたシンプルな作りのブレスレットを手にしたまま、固まっていた。

「あっ……ごめんなさいね!お買い上げ?」
「い、いえ……!えっと、いいんです、すみません!」

 わたわたと両手を振り、その子はブレスレットを置いて逃げるように出ていってしまった。

「……どうしたのかな、あの子」
「さぁな。あの子もカズマ様とやらのファンだったんじゃねーの?」
「なんか、着てる服とか上品な感じ。それにあの髪飾り、すごい可愛かった。かなり私好み」
「……さっきの一瞬でそこまで見たのか、お前」

 女の観察眼って怖ぇー……、と呟いたタイチを尻目に、私はさっきの女の子が慌てて置いたブレスレットをもとの場所に戻そうとした。そして───息が止まった。
 少し息を切らしながら、お店に入ってきた男の人。フードを被っていてもわかる漆黒の髪に、吸いこまれそうな瞳。

「カ……ズマ様───?」
「は!?」

 訝しげに入り口を見たタイチも、彼の姿を見るなり固まった。タイチがそんな反応なら、間違いない。
 彼は肯定はしなかった。でも、否定もしなかった。噂に聞いたとおりの凛々しいお姿に、思わず背筋が伸びてしまう。彼───カズマ様は、店内を見回した後、私を見た。

「おい、ここへ誰か来なかったか」
「え……」
「髪飾りをした、小柄な女だ」

 カズマ様の言葉に、はっとする。おそらくカズマ様が言っているのは、さっきの女の子のことだ。そして、カズマ様が息を切らしてまでお探しになっているということは。

「リッ……、リン様なら、ここを出て右に行かれました!」

 私の発言で、さっきの女の子がリン様───噂をしていた、カズマ様の奥さんだと分かって、タイチは目を丸くさせていた。カズマ様は、私から“リン様”という単語が出てくると思っていなかったのか、少し驚いたようだった。そして、すぐホッとしたような、ムッとしたような顔を浮かべて、そうか、とだけ呟いた。
 すぐ出ていかれるのかと思ったら、カズマ様は少し店内を眺めたあと、私の手元のピンクのブレスレットに目を止めた。

「……それを貰おう」
「こっ……!こちらですか?はい、今すぐ!」

 私はどたばたとカウンターに向かう。タイチも雑誌を片付けて姿勢を正した。ブレスレットを袋に入れながら、私はおずおずとカズマ様に尋ねた。

「あの……このブレスレット、先ほどリン様が手にとっていたものなんです。どうして、これをお選びに?」

 包装されたそれを受け取りながら、カズマ様は口元をほんの少しだけ緩めて、言った。

「あいつが好きそうだと思ったからな。この店に迷わず入ったのもそれでだ」

 そう恥ずかしげもなく言ってのけるカズマ様に、私のほうが恥ずかしくなってしまう。数ある商品の中から、彼女が手にしたものを、そんな理由で。それだけのことで───リン様がいかにカズマ様に愛されているか分かった気がした。そのまま踵を返して入り口に向かうカズマ様を、私はただただ眺めていた。
 不意に入り口の前で、カズマ様が立ち止まった。私たちを一瞥した後、静かに、

「いい店だな。機会があればまた来たい」

 そう言った。まさかカズマ様に誉めていただけるとは思わなかったから、最初はぽかんと口を開けていた。しばらくして意味を理解して、すでに見えないカズマ様に向かって叫んだ。

「……今度は、ぜひお二人で!」

 カズマ様には聞こえただろうか。もし聞こえていて───いつかお二人で来店なさってくれたら、嬉しい。

「すげ……圧巻」

 さすがにタイチも、生のカズマ様の迫力にはまいったようで、姿勢を正したまま入り口を眺めていた。

「か……かっこいいかっこいいかっこいい!あの方が同じ人間だなんて思えないわ!」
「……おい」
「カズマ様にお店誉めてもらっちゃった!きゃー!どうしよう!」
「おい」
「リン様がうらやましい!私も、あんなかっこいい王子様がいるお姫様になりたい!」
「そろそろ───」

 言葉の途中で、タイチは私の唇を奪った。突然のことに、私は目を閉じる間もなく。唇を離したタイチは、びっくりするくらい膨れっ面で、

「黙れ。いい加減怒るぞ」

 そう小さく呟いた。いつもいつも嫌そうな顔で私のカズマ様話を聞いているなとは思っていたけど。……もしかして、カズマ様に妬いてたの?

「……バッカじゃない?」
「お前に言われたかねーよ」

 そして、タイチはもう一度乱暴に私の唇を奪った。不器用なキスに、思わず笑ってしまう。

「お前は───」

 タイチが小さく呟いた。独り言だったようだけど、私はわざと「え?」って聞き返した。

「何でもねーよ!」

 不貞腐れたまま、タイチは顔を逸らして、私を見なかった。

“お前は、ちゃんと俺のオヒメサマだよ”

 聞こえないようにしたつもりだろうけど、ちゃんと聞こえてましたよーだ。私は思わずにやけてしまう口元を隠しながら、カウンターから離れた。王子様とは程遠いけど。口悪いし、一般人だし、かっこよくもないけど。

───タイチだって、私だけの。

「王子様だわ……」
「だから、カズマ様の話はもういいっての!」

 夢は、あの二人みたいなおしどり夫婦───そう言ったら、タイチはどんな顔をするだろう。考えて、少し笑った。




-fin-

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