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▼ 花の言葉

僕は、自分で言うのも気が引けるが、人間ができていると思う。

親切だ、とか、優しい、などと言われることは多いし、めったなことでは腹を立てない。


人に言えないような後ろ暗い秘密も、20数年生きてきて、たったひとつしかない。

そのことは、周りには一切話していないし、唯一その秘密を知っていた友人は、先月殺した。

それで、その秘密はなくなったと言ってもいい。僕以外誰も知らなくなったのだから。


つまり僕は今、何に怯える必要も、誰を攻撃する必要もない、平和で満たされた人生を送っている。

閉塞感や諦観の漂う現代社会で『平和で満たされた人生』なんて胸を張って言える人間は、なかなかいないだろう。

そのことが誇らしく、だからこそ僕は、他人にやさしくできるのだと思う。



――ある日、僕の部屋に、宅配便が届いた。

よく知らない白い花と、一枚の封筒。

差出人は『スズキタロウ』。

封筒を開けると、中に書かれていたのは『よかったな、おめでとう』という一文だけ。



スズキタロウ、などといういかにも偽名らしく思える名前に、心当たりはない。

花を贈られて祝福されるようなことも、今は特にない。

恋人とは結婚の話はまだしていないし、昇進したわけでもない。

ワープロで打たれた文字だから、筆跡というヒントもない。


幸い、差出人のところに住所が書いてあったから、僕はスズキという人物に手紙を送った。

『送り先を間違えていらっしゃるようです』と。


普通はこんなことはしないのだろう。けれど、誰かの心がこもった誰かへの祝いの品が届いていない、というのは心が痛むではないか。


すると一週間後、全く同じものが届いた。

手紙の内容だけが違っており、今回記されていたのは『間違いじゃない。あんたにだよ。ぴったりの花を添えてやっただろう?』という、不可解な言葉だった。


図鑑で調べると、その花は梔子だった。

花言葉のひとつは『幸せ』。


『最近、特別に幸せなことが起こった覚えはありません。やはり送り間違いではないでしょうか』

今度はそう返事を書いた。



一週間後、またも同じものが届いた。

手紙の文面は『花言葉なんてしゃれたものじゃない。ただのオヤジギャグさ』――さらに不可解なものだ。


オヤジギャグ、とはどういう意味だろうか。

梔子の――白い、花。

果実は漢方薬としても使われるらしい。

いや、それは関係ないだろうか。

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