小話 | ナノ


▼ 乱される、満たされる




「一番大事なもの、かあ」

不意に呟いた彼女の一言に、俺は顔を上げた。


「どうしたんだ?日夏。いきなり」

「んー、占いにね、一番大事なものを肌身離さず持っておくといいことがあるって書いてあるから」

「占い……」

「信じてるわけじゃないけど、一番大事なものって何かなあって、考えてた」


彼女は頬杖をついて遠くを眺めた。



「で?思いついた?」


どこかに向いていた視線が、戻される。


「うーん、ええと。クロかなあ」


「……え」


『もの』と言っていたから、自分の名前が挙がると期待していたわけではなかった。

それでも、がくりと肩を落としてしまったのは、仕方のないことだと思う。


同時に胸に押し寄せる、悔しさ、不安、嫉妬、自己嫌悪、――きりのない、後ろ向きな感情。


彼女がその名前を呼ぶたびに、本当はいつも胸がちくりと痛い。


かけがえのない家族。そんなことはわかっている。

それでも。



「俺は?」

「えっ?」

「俺は何番目?」


大人げなく、尋ねる。


彼女は、わずかに躊躇ってから答えた。


「早瀬は、――とくべつ」


頬が少しだけ、赤く染まる。


「何番目とかじゃなくて、とくべつ」


こちらを見ようとしない彼女の、そんな一言に――さっきまでの感情は簡単に吹き飛ばされてしまった。



それでも、聞いてしまう。


「大事と特別って、何が違うの?」


彼女は、今度は困ったように笑った。


「わかんない」




ああ、またそうやって。

彼女がそうやって、笑うから。



全部の感情がごちゃまぜになって、息ができなくなってしまいそうだ。



だからいつも苦しいくらいに、この心は彼女のことでいっぱいで。



「好きだよ」



伝えても伝えても、まだまだ伝え足りないような気がする。



「いきなり……言わないで」



こんな彼女の顔を見られることが、あいつとは違う『特別』のしるしなんだろうか。


だとしたら――



「うん、ごめん。好きだよ」


「……早瀬のばか。からかってるでしょ」


「そんなことないよ」


「……うそつき」





乱されたぶんだけ、満たされる。





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