▼ 67回目
朝も早くから、彼女がテレビを食い入るように見つめている。
彼女の故郷で行われている、67回目の、式典。
きっと彼女は、8時15分には黙祷を捧げたんだろう。俺はまだ寝ていた。
否定する気は毛頭ない。
だから単純な感想だった。
「毎年毎年同じことを願って、訴えて、疲れないのかな。飽きたりしないのかな」
彼女は振り向いた。
怒ってはいない。彼女はきっと怒らない。
代わりに、
「私があそこにいたのは短い間だったけど、資料館には何度も行ったの。――初めて行ったときの怖さは忘れられない」
穏やかな表情で言う。
「子供だったからか、悲しいとか辛いとかこんなのはおかしいとか、そんなことは全然わからなくて、だけどただ単純に怖くて。こんなに怖いことを引き起こすものがあるんだって思ったら…やっぱり、怖くて。その感情は今も残ってる」
「うん」
「だからじゃないかな?飽きもしないで毎年毎年祈るのは、そんなふうに感情が残ってる人がいるからじゃないかな?『怖い』じゃなくても、どんな感情でも。そんな人が一人でもいる限り、疲れても毎年毎年、繰り返されるんじゃないかな?」
「………」
俺が黙っていると、彼女は再びテレビに視線を戻した。
「賢い人たちは、感情論は何も生み出さないって言うのかもしれない。そうなのかもしれないけど。
だけどなんだろう……あの時のことを思い出したら、難しいことなんて、私の中では二の次になってしまう。あんな目には遭いたくないし、誰にも遭ってほしくないって。確かにこれじゃ何も解決しないんだけどね」
彼女はひかえめな笑顔でそう言った。
彼女の言うことや考えが正しいかどうかは知らない。俺はそれを判断できるほどに知識もなければ考えもない。
ただ。
「うーん、感情を残す、っていうのは、必要なことかもしれないなあと思う。今日みたいな日は、とくに、思う」
ぼうっと空を眺めながら言うと、彼女は「そっか」とだけ答えた。
「夏だなあ」と思いながら、俺はゆっくり目を閉じたけれど、誰のために何を祈ればいいのかはわからなかった。
代わりに、彼女が突然この世から消えてしまうようなことが起こらないように、それだけ祈った。
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