花火の夜
ざわざわと広場を埋め尽くしていた喧騒が不意に静まって、微かな音が耳に届いた。
次の瞬間には、どかんと腹に響く大音声。
夜空に大輪の花が咲いて、歓声が上がる。
隣でそれを見上げる恋人の頬が、花火と同じ色に染まっていた。
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「すごい……、大きい祭なのね」
「田舎ですからねー!スペースはあるんですよ」
数時間前、俺は香奈さんと、地元の花火大会にやって来た。
お試し期間中に一度、近所の夏祭りに行ったことはあったのだが、あの日はすぐ帰ってしまったから、リベンジの機会を狙っていたのだ。
俺の地元では、毎年花火大会をやっている。夜店が並び、祭の最後に花火が上がる。
隣町からもたくさん人が集まり、この日に限っては、何もないこの町もかなりの賑わいを見せる。
香奈さんがうちの両親とも仲良くなったし、せっかくだからと、提案してみたのだ。
香奈さんは了承してくれたが、浴衣は着ないと言い張った。――そんなこともあろうかと、手を打っていたから……
「香奈さん、写真撮っていいですか!」
「進歩がないわね!嫌よ!!!」
香奈さんは、お試し期間のときとは違う柄の浴衣を着ていた。
香奈さんが下駄を鳴らして歩くたび、裾の夕顔が可憐に揺れる。
「さすが母さん!いい仕事する!」
「……謀ったわね、ジロー」
「こうでもしないと着てくれないじゃないですか!」
「……卑怯よ」
そう、母さんに着付けを依頼したのだ。
母さん相手では断れないだろう、という目論見は当たり、香奈さんは大人しく浴衣を着てくれた。
「しかたない、隠し撮りのチャンスを窺うことにします」
「やっぱり進歩がないわね!」
「あっ、香奈さん!金魚すくいですよ、金魚すくい!」
香奈さんの気を逸らすため(あわよくばシャッターチャンスを狙うため)、俺は近くの夜店に走った。
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