狼少女の甘い檻
「……またか」
暗い部屋の隅で、俺はため息をついた。
手首と足首には縄。つまり何者かに拘束されている状態だ。
そして腹部に残る鈍い痛み。
しかしそれは日常茶飯事だったから、混乱することもなかったし、誰の仕業かも当然はっきりしていた。
「みすず、今度は何が気に入らなかったんだ」
俺は、暗闇に向かって声を掛ける。
すると。
少し離れたソファにうずくまっていた影がごそりと動き、金色の光がふたつ、闇に浮かび上がった。
きぬ擦れの音がして、ソファの上にあった気配がこちらに近づく。
カーテンの隙間から入ってくる月光で、その『気配』に新たな色が宿った。
輝く銀色。
「子犬、です」
こちらを少し怒った顔で見下ろしているのは、銀の髪に金の瞳の――小柄な少女。
「……昼間のか」
俺は、少女を呆れ顔で見上げた。
「そうです。義高さんはどこの馬の骨ともわからない子犬に食べ物をあげて、あまつさえなでなでしてましたよね?」
犬は馬ではない、というどうでもいいことを考えたが黙っていた。
「私の目をごまかせるとでも?」
「ごまかすも何も……可愛かったからつい」
「……私よりも!!??」
静かに怒っていたはずの少女は、俺の言葉に悲鳴に近い声をあげた。目には涙が浮かんでいる。
床にあぐらをかいた状態のまま身動きのとれない俺は、少女を見上げて言い訳をすることしかできない。
「や、みすずは可愛いけど、また違う……、」
「違う!?私の可愛さだけじゃ物足りないって言うんですか!?」
「いや、……わかったよ、俺が悪かった。これからは子犬を触ったりしない」
猫科は駄目でも、犬科なら大丈夫かと思ったのだが。俺は再びため息をついた。
「わかってくれたならいいんです」
まだ目に涙をためたまま、しかし嬉しそうにしゃがみ込んだ少女は、俺の手首の縄を片手でひきちぎった。
相変わらずすごい力だ。もう驚かないが。
「ところでみすず、お前、あの子犬、どうした?」
ひとつだけ、確かめずにはいられないことがあった。
すると少女は冷たい目をこちらに向けた。
「噛み殺した」
「みす、」
「と言いたいところですが、逃げられてしまいました。子犬のくせに逃げ足が速い奴で」
その答えに俺はほっと胸を撫で下ろす。
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