短編そのた | ナノ


▼ 屋根裏の石

私の家には、小さな屋根裏部屋がある。

古びた扉を開けて、そこにある壊れそうな階段を昇ればたどり着く。


そこに私は、大好きだったもの達の、大好きなところを、保管している。


母親の優しい瞳、父親のあたたかい手、初めてできた友達のかわいらしい笑顔、あこがれていた先輩の力強い声、飼っていた犬のやわらかな毛並み…


不思議なことだが、私が、大好きなものたちの大好きなところを「欲しい」と強く願うと、手の中に、小さな石が生まれた。


目を閉じてその石に触れると、いつでも大好きなものたちの大好きなところを、感じることができた。


その石を、屋根裏に保管しているのだ。



例えばこの、乳白色の石に触れている間、私は母親の優しい瞳に見つめられていたし、こちらの群青色の石に触れていれば、父親のあたたかい腕が私を包んでくれる。


今まで好きになった人の、好きなところも、石を触ればいつだって思い出せた。

嫌なところはいらない。
好きだった人の、好きだったところだけ。

囁いてくれた甘い言葉、強く抱きしめてくれた腕の力、広い背中、綺麗で長い指。




だけど、私が大好きなところを「欲しい」と願ってしまうと、大好きな人たちは、私の前からいなくなってしまう。


母親と父親は、火事で一緒に死んだ。
母の遺体は目がえぐれていて、父の遺体には手がなかった。

友達は、通り魔に襲われて苦悶の表情で死んだし、あこがれていた先輩は自分の首を切って自殺した。

恋人たちも同じだ。

幸せな時に「欲しい」と思ってしまい、目の前で恋人を亡くしたこともあるし、別れてから恋しくなって求めると、遠い地から訃報が舞い込んだ。



だから、わたしの「好き」にはいつも死がつきまとっている。


大好きな人の死は、辛く悲しい。
いや、そんな言葉では表せないほどに、心に深い深い穴をあける。



だけど、私は「欲しい」と思うことをやめられなかった。


こうして屋根裏に保管していなければ、私はいつか忘れてしまうのだ。

母親の瞳も父親の手も、笑顔も声も触れた毛並みも、好きだったことさえ。



別れはいつか来る。

だったら、辛くても、いちばん大好きなところだけは、永遠に自分のものにしたい。


何も残らないくらいなら、「欲しい」と思ったものを石に閉じ込めて、その人自身を失ってしまう方がいい。




だって、屋根裏に来れば、石に触れれば、いつでも大好きだった人たちに会えるのだから。



私はずっと、そう思って生きていた。

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