「静さん、今週のリクエスト持ってきましたよー」
いつものように私は『四つ葉堂書店』の扉を静かに開ける。
奥の小さな机にふせていた静さんがもぞもぞと顔を上げた。
「ん……ああ、緑ちゃん……おはよう」
「もう夕方ですよ」
「…え、ほんと」
「いつから寝てたんですか。その本、おもしろくなかったんですか」
「一度にふたつのことを聞かないでくれ……いつから寝てたかは覚えてない。本は、そうだな、俺には合ってなかったような気がする」
静さんは机に伏せていた本を手に取り、ぱたんと閉じた。
「十年後にまた読んでみることにするよ。…で、今週は何通きてる?」
私はかばんからリクエストの手紙を取り出した。
「今週は一通だけです。久しぶりですね、こんなに少ないの」
「……ラッキー」
「自分で始めたサービスでしょ?もう!怠けようとしないでください!」
「だってさ……先週なんか15通もあったじゃない……疲れたよ」
「けっこうここの噂が広まってるらしいです。いいことじゃないですか」
「……人、嫌いだもん」
「直接会うわけじゃないんだからいいでしょう!はい、これ、読んでください」
私はなかば無理矢理、リクエストの手紙を静さんに手渡した。
今日の静さんはいつもに増して無気力そうだ。本がおもしろくなかったからかもしれない。
「わかったよ」
静さんはゆるゆるとハサミに手をのばし、封筒を開ける。
そして姿勢を正し、リクエストを読み始めた。
この瞬間、静さんは少しだけ誠実そうな表情になる。
私はそれを、立ったまま眺めている。
「ふうん……」
静さんは、あごに手を当てて視線を宙にさまよわせた。
「どんなリクエストですか?」
尋ねる私に便箋を渡し、静さんは本棚を物色し始めた。
一階は書店と、奥に書庫。二階は静さんの生活空間――というよりはほぼ静さん専用の書庫。
リクエストされて送る本は、一階にあるものから選ぶ。
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