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「「……げ」」
深夜のコンビニで、ばったり鉢合わせした男女の声が一つに重なった。
「っ、早坂」
よりにもよって何故このタイミングで。
サンダルにジャージ姿で、髪も半分濡れたまま、おまけにスッピンという最悪のフルコンボ。
風呂上がりに冷蔵庫を開けたらビールを切らしていることに気付き、マンションに隣接したコンビニまで買いに走った矢先の出来事だった。
「……おっまえ、色気ねぇな」
彼は爪先から頭の天辺まで視線を這わせてから一言そう呟いた。
勤務先である大手不動産会社のオフィスでは、部長に理不尽な言いがかりでお説教されたばかりだというのに。
今日はとことんツイてないらしい。
まさか営業成績一位の座を争う私の天敵―――同期の早坂にこんな恥を晒すことになるとは。
「ほ、放っといてよ! 会社じゃないんだから文句ないでしょ」
「別に文句はねぇけど、こんな時間にそれって男に襲ってくれとでも言ってるようなもんだろ? 少しは身なりを考え直した方がいいんじゃねぇの」
「だから放っといてってば! 心の中じゃどうせ、こんなジャージ女襲う奴いるかって思ってるくせに」
「うっわ……可愛くねえ」
あぁもう、相変わらずこの憎たらしい男をどうにかしてほしい。
営業中はまるで人が変わったように爽やかに愛想を振りまいて、どのクライアントもすっかり騙されているようだけど、私はこいつの本性を知っている。
まだ入社して間もない頃、禁煙と書かれた屋上で気怠げにタバコをふかしている彼の姿を偶然目撃してしまったのがきっかけだった。
それまでの好青年なイメージを覆すにわかには信じがたい衝撃であったが、以来こいつは開き直ったのか、私の前で善人の仮面を被らなくなった。
「……あのー、お会計してもよろしいですか?」
「あっ、す、すいません!」
ここがレジ前であることをすっかり忘れていた私たちの間に店員が申し訳なさげに割り込み、慌ててカゴを置いた。
「こちら全部で846円になります」
「あ、はい」
846円、846円……えぇと、お財布お財布……
って、あれ?
私、お財布持って出てきたっけ?
「……ああぁぁっ!!」
突然大声を上げた私に店員がビクッと肩を揺らした。
「ごめんなさい! 私、お財布忘れて……! あの、やっぱこれキャンセルでっ……」
慌てふためきながら言いかけたその時、脇からスッと腕が伸びる。
背後で待っていた早坂が店員にクレジットカードを差し出したのだ。
「会計一緒で」
「えっ……」
財布がないなら諦めて帰れとでも言いそうな早坂があまりにスマートで驚いた。
そんな感心をするのも束の間、彼は鋭く目を細めた。
「奢るわけじゃねぇから。ちゃんと返せよ」
「わ、わかってるよ!」
やっぱり早坂は早坂だ、と思いながらもここは好意に甘えるしかない。
店員から手提げ袋を受け取り私はコンビニを後にした。
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