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大学の講義を終えて、急いで向かうは小さな陽だまり保育園。
「みんな、こんにちは」
半年前から私はアルバイトとしてここで働かせてもらっている。
いつか立派な保育士になるのが、私の夢。
「あぁー! 宇美せんせいきたー!!」
ひょこっと顔を覗かせると駆け寄ってくる子供たちの賑やかな声に囲まれた。
「わぁーい、宇美せんせいあそぼー! おにごっこしよー!」
「えぇ、だめぇ。宇美せんせいはこっちでおままごとしよー」
「おままごとやだー、おにごっこがいーい!」
左右にしがみつく子供たちにエプロンを揺すられ、私はパンッと軽く手のひらを合わせた。
「みんな、喧嘩しないの! 今日はねー……じゃんっ! 先生、紙芝居作ってきたの。みんなでこれを読みましょう?」
「わぁ、せんせいの絵じょうずー! かわいいー! よんでよんでー、はやくー!」
自慢げに掲げたお手製の紙芝居に子供たちは目を輝かせて群がる。
「じゃあその前に、まずはオモチャのお片付けできるかな?」
「うんっ、おかたづけするー!」
走って行く子供たちに思わず笑みを零すと、背後から爽やかな声が飛んだ。
「へぇ、あいつらずいぶんお前に懐いてんのな」
「日向先生!」
振り返ると、彼は私の頭にポンと手を乗せた。
「最初は園児よりもお前の方が危なっかしくて目ぇ離せなかったけど、もうすっかり一人前ってか」
「ひっ、ひどいですよ、その言い方!」
「はは。褒めてんだよ」
わしゃわしゃと髪を撫でられぷくっと頬を膨らませると、悪びれることない満面の笑みが返ってくる。
……完全に子供扱い。だけどそれが嬉しくて堪らない。
「あぁっ! 日向せんせー、宇美せんせいのことくどいてるー!」
「えっ!?」
いつの間にか片付けを終えた子供たちが私達を囲い、再びエプロンを引っ張り合っている。
「宇美せんせいはボクとけっこんするからくどいちゃダメー」
私の脚にしがみつくハルくんが口を尖らせて言うと、日向先生は仁王立ちで眉間に皺を寄せた。
「あぁン? おいおい、どこでそんな言葉覚えてきたんだ?」
「すきな人とけっこんするってママいってたよ! だからボク、宇美せんせいとけっこんするー! ねっ、宇美せんせい、そうだよね!?」
「え!? えーとっ……」
まさか自分に振られるとは思わず言葉を詰まらせると、今度は横からアイちゃんの声が割り込んだ。
「ちがうよー! 宇美せんせいは、日向せんせいとケッコンするんだよー!」
「えぇっ!?」
「だって宇美せんせい、日向せんせいのことすきなんでしょー?」
「っ……!!」
彼女の言葉に連鎖反応を起こした子供たちが次々と囃し立てる。
「わぁー、宇美せんせいケッコンするのー!? すごーい!」
「日向せんせい、らぶらぶー!」
まるで新しいオモチャを見つけたかのように覚えたての言葉を並べて、子供たちはキラキラと期待の眼差しを向ける。
しばらく呆然としていた私も慌てて両手を振った。
「ち、違うよ!? あのね、私と日向先生はそういう仲じゃないのっ。みんなと同じお友達なんだよ!」
「えー、せんせいケッコンしないのー?」
「日向せんせいとチュウしないのー?」
「ちゅ、チュウ!? 私と日向先生がっ!? まさか、そんなことするわけないでしょう……!?」
ヒートアップする子供たちの質問責めにみるみる顔が熱くなっていった。
すっかり困り果てた私に、見かねた日向先生が助け舟を出してくれる。
「はいはい、そこまでだ。見てみろ、宇美先生が困ってるだろ」
「えー、どうしてー?」
「どうしてって……いいか? そういうことはな、大人同士のヒミツなんだよ。ヒミツは守らなきゃいけないだろ? だから、その答えは大人になった時に自分で見つけような」
「えぇ〜、宇美せんせいと日向せんせいでナイショ話ずるーい! いじわるー!」
「あぁン? 誰が意地悪だって、ん? そんなに俺に捕まえてほしいのか、そうかそうか。だったら俺が一人残らず捕まえてやるから覚悟しとけよ?」
「きゃあーっ、日向せんせいがおこったぁー!」
キャッキャと楽し気な大声を上げて子供たちがぐるぐると逃げ回る。
それを笑顔で追いかける日向先生の横顔を見つめていると、自然と笑いが零れた。
日向先生はこの陽だまり保育園を営む園長先生の一人息子で。様々な事情を抱える母子家庭や訳アリ家庭の子供を積極的に受け入れているこの園では、みんなの父親的存在として大の人気者だ。
とても三十とは思えない活力溢れる若さ、生粋の子供好きで仕事熱心、おまけに爽やかな笑顔ときたら当然保護者たちも不満などあるわけがない。
この園に不可欠な人―――私の一番の憧れの人。
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