お嬢様は猫である | ナノ

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 創が自室へと向かう間、ずっと腕の中にすっぽりと収められていた私は何とももどかしい気分だった。
 温めたばかりのミルクを器に注いでくれたり、危険な置物を取り払ってくれたり、意外な優しさを向けられて胸が熱くなってくる。

「チッ……電話も繋がらねぇし、本当にどこ行ったんだよ、あいつ……」

 思い当たる先へ次々と連絡をするも、創はすぐに電話を切った。当たり前だ、だって私は今ここにいるんだもん……。
 次第に創は部屋の中をウロウロと落ち着かない様子で歩き、それが嬉しくも心苦しかった。

「なあ……あいつ、出てったわけじゃねぇよな……」

 ベッドへ腰かけた創の膝の上に乗ると、頭を撫でながら静かに語りかけてくる。

「ここのところ忙しくて十分に構ってやれてなかったからな、あいつが怒るのも当然だ。昨夜も俺が疲れてたせいで、よく話し合いもせずに……」

「にゃぉぉん……」

 めずらしく弱音を吐露する創の姿に、心臓がぎゅっと摘まれたように痛む。

「あいつを幸せにするために俺はこうする道を選んだが、結局あいつに寂しい思いをさせてちゃ、執事でいた頃と何も変わらねえ。つーか、このままじゃ信じてくださった旦那様にも顔向けできそうにない」

 そんなことないよ、って今すぐ抱きしめられたらいいのに。
 要らない言葉を口にするのはあんなにも簡単だったのに、本当に伝えたい言葉が何も伝えられないなんて。

「にゃあお……」

 すりすりと懸命に頬を摺り寄せると、創はようやく笑みを零した。

「は……慰めてるつもりか? 人間の言葉がよくわかる猫だな」

「にゃあ」

「ああ。そうだ、お前の飼い主も探してやるって約束だったな。待ってろ、すぐに手配してやるから」

「…………」

 創……どうして気付いてくれないの?
 私の首輪は、あなたが嵌めたんでしょう?
 私がこのままどこか遠くへ行ってしまったら、二度と会えなくなってしまうかもしれないのに……それでもいいの?

「……泣いてるのか?」

 そう言われるまでわからなかったけれど、確かに目頭が熱い。
 猫なのに……何でこんなに涙が溢れてくるんだろう……。

「まさか……一華? いや、そんなはず……」

 半信半疑で、創がぽつりと名前を口にした瞬間―――。
 弾けるような白い霧に包まれて、身体がふわりと宙を舞った。

「きゃあっ!!」

 その瞬間、身軽だったはずの身体はずっしりと重みを取り戻し、そのまま創の胸に抱き止められる形で崩れ落ちていった。

「あ、たた……っ」

 鼻先を撫でながら顔を上げると、創は仰向けのまま信じられないものでも見たかのような表情で呆然としている。

「お前今までどこに……一体何が起きたんだ……?」

「そ、それは私が聞きたいよっ! 朝起きたら急に身体が軽くなって……鏡を見たら、あんな姿に……」

 今朝の出来事を思い返しながらこの状況を何とか説明しようとするが、私だって信じられないことを創が信じるはずもなく―――。
 だけど、今しがた私たちの間で起きたこの現象を夢と呼ぶにはあまりに不自然過ぎた。

「と、とにかくっ! 私、戻れたのよね!? 本当に私の身体なんだよね……!?」

 自身のあちこちをぺたぺたと触って間違いなく人間であることを確かめてから、ようやく深い息を吐く。

「よかったぁ、ちゃんと本物みたい。創……私、昨夜はついカッとなっちゃってごめ……、っ!」

 私が言い終えるのを待たずして、創が力強く私を引き寄せる。
 背中に回された腕がぎゅうっときつく私を締め付けた。

「二度と俺の前から居なくなったりするな」

「っ……創?」

 今にも消えてしまいそうなか細い声で、だけど、しっかりと私を抱き締める。

「……全く俺らしくねぇが、慣れない事業の責任とプレッシャーにこのところずっと頭抱えてたんだよ。かといって、お前に情けない面晒すわけにも、旦那様から預かった信頼を裏切るわけにもいかないだろ? 自分を奮い立たせるので精一杯だった」

「創……」

「今やるべき事があと少しで一段落する。そしたらまとめて休暇を取って、お前のワガママ何でも聞いてやるから。それまで……もう少しだけ我慢してくれねぇか?」

「……うん」

「どこにも行くなよ」

「うん、行かないよ。だって私、野良猫じゃないもん」

「は……だったら首輪の代わりに、俺のものだって証しっかりつけとかなきゃな?」

 ようやく創らしい意地悪な笑みを浮かべてみせ、首筋に唇が寄せられた。
 ふわっと広がる創の匂い。ちゅっと吸い付く創の唇。その一つ一つが愛おしい。

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