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落ち着け、落ち着け私……!
ここはホテルで、今は朝。今日は日曜だから仕事は休みで……それでえっと、隣でスヤスヤ眠ってるこの男性は……
「だ、誰だっけ……」
えぇと……確か、そう。
昨日は急なトラブルで朝から会社に呼び出されたあと、久しぶりに会う約束をしていた友達にもドタキャンされて。何だかムシャクシャして、行きつけのバーで一人寂しくお酒を飲んでたんだ。
◇◆◇◆◇◆
「お姉さん、一人? 俺も一人なんだけど、良かったら一緒に飲まない? 隣座っていい?」
「えっ!? は、はい、どうぞ……」
こんな風に男性に声をかけられるなんて初めてで、咄嗟にそう答えてしまった。
名前は尊くんというらしい。就活中の大学生で、私より三つ年下。
趣味はフットサル、特技はふわふわトロトロの半熟オムライスを作ること。
まるで合コンの挨拶みたいに、慣れた口調で尊くんは自己紹介をしてくれる。
それに比べて名前と年齢くらいしか出てこない口下手な私と会話らしい会話なんてきっと続かないと思ったけど、尊くんの鋭い質問攻めと多方面な話の引き出しの多さに自然と会話が弾んだ。
「はは、杏子さんもドタキャン食らったんだ。実は俺も、約束してたダチから彼女できたから悪い! って突然断られてさ。一人で暇を持て余してたところ」
尊くんは喋りながら空になったグラスを私の手から取り上げ、おすすめのカクテルを頼んでくれる。
「でも、こんな可愛いお姉さんと酒が飲めるならラッキーだったな。はい、この運命的な夜に乾杯」
マスターから差し出された二つのグラスを静かに合わせる。
薄暗いバーの照明のせいか尊くんが妙に大人っぽく見えて、心臓がドキドキして。
いつも以上に早いペースで次々と飲み干してしまった。
「んんー、マスター、同じものくらさぁい」
「ちょっ、杏子さん。それ以上はやめといた方がいーんじゃない? だいぶ酔ってるでしょ」
「? 酔ってらいよー。ほらぁ、尊くんももっと飲んれぇ。私が奢るからぁ」
「いやいや、だめだめ。もう送るよ。マスター、チェックお願いします。彼女の分も」
「えぇー」
子供みたいに駄々をこね、もつれた足で尊くんの腕に抱き着くようにしながら店を後にした。
……。
…………。
はぁ……よく思い出した。
あれから彼は悪酔いした私を介抱してくれた上にご丁寧にお会計まで済ませてくれて……その後、タクシーで送ってもらう途中で私が休みたいって言い出して。
「え、ホテルって……杏子さんマジで言ってる? いや、酔ってるよね。やっぱ家まで送……」
「いいれしょー? 運命的な夜なんらからぁ。オトコならオンナに恥かかせるなぁー!」
…………。
あぁぁ、なんて不覚……。
誘ったのは、私のほうだ……。
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