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7月7日―――。
年に一度、織姫と彦星が天の川を渡って会うことが許された特別な日。
短冊を笹の葉につるせば願い事が叶うだなんて……そんな子供っぽいこと、わたしは信じていなかったけど。
愛する人を見つけた今は、祈りたくなる気持ちがよくわかる。
「お嬢様は、短冊にどんな願い事を書いたのですか?」
香り高いローズティーを丁寧にカップへと注ぎながら、要がわたしの手元を覗き込んだ。
慌ててわたしは両手でそれを隠す。
「べ、別に何だっていいじゃない! ていうかわたしは、要が書けって言うから書いてるだけで……何でわたしがこんなことしなきゃいけないのよ」
ぶつぶつと文句を言って口ごもらせると、要はにっこりと微笑む。
「せっかく年に一度しかない行事なのですから、お嬢様には楽しんで頂かないと。書けたら早速飾りましょうね。今日が終わってしまう前に」
気付けば、外はもう真っ暗で。
黒い夜空に金色の星がきらきらと輝いている。
本当は昨日からずっとワクワクしながら、短冊に何を書こうかと悩んでいたけど。
考えても考えても、わたしの願いなど一つしかなくて。
それを書いてみたはいいものの……こんなの、とても要に見せられるものじゃない。
くしゃくしゃに丸めてしまおうかと思った矢先、要がふと窓越しに空を見上げて嬉しそうに顔をほころばせた。
「見てください、お嬢様。昨年の七夕は雨が降っていましたけど、今年は満天の星が眺められますよ」
要がスッと差し伸べた手を取り、わたしも隣で空を仰ぐ。
「……本当だ。綺麗ね。こんなに輝いてる夜空は久しぶりに見た」
「はい。僕もです」
そのあまりの美しさに、要と目を見合わせて思わず微笑んでしまう。
視線を外に戻すと要はゆっくりと話し始めた。
「お嬢様は、夏の大三角形はご存じですか?」
「名前を聞いたことくらいあるけど。星には詳しくないの」
「では、簡単にお聞かせしましょうか。夏の大三角形とは、こと座・わし座・白鳥座……それら3つの星を線で結ぶと、ちょうど大きな三角形に見えることから、そう呼ばれているんです」
「ふうん?」
「ほら、あちら……東の空を見てください。あの光り輝く小さな星が、こと座です」
要の指差した先を眺めると、それらしきものが何となく分かる。
大きくはないけど純白の輝きを放っているからすぐに見つかった。
「あの中で最も光っている一等星。それがベガです。織姫星、と言った方がお嬢様には分かりやすいかもしれませんね」
「織姫星……、あれが?」
「はい。織姫と聞けば伝説や神話を思い浮かべがちですけど、こうして星で楽しむこともできるんですよ」
「へぇ……詳しいのね」
素直に感心していると、要は小さく笑った。
「次は、わし座ですね。こと座から天の川を挟んだ向こうに見えるのがそうですよ。同じようにひと際輝いていますから、見つけやすいですね」
「うん」
「あの光っているわし座の一等星を、アルタイルと言います。別名、彦星です」
「あれが彦星……」
織姫星より少し離れた南の方に彦星は見える。
どちらの星もすごく綺麗だ。
「白鳥座はその名前の通り、翼を広げて飛ぶ形をしているあの星です」
天の川の中央で、十字架のようにも見えるそれが青白く光を帯びている。
「星座には色んな神話がありますが……中国の神話では、白鳥座は織姫星と彦星を結ぶ『カササギの橋』と言われているんですよ。
天の川の上にカササギという鳥が橋を作り、二人の逢瀬を叶えてくれる。少し、ロマンチックだと思いませんか?」
「そうね……素敵だと思う」
神話なんて今まで興味もなかったけど、こうして要の口から語られると不思議と心に響く。
思わずうっとり聞き入ってしまったほどだ。
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