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こんなお見合い、早く終わればいいのに…。
なんて、そんなつまらないことばかり心の中で呟きながら私は目の前に座る大柄の男性にニコッと笑顔を向けた。
「どうぞ、東堂様、お嬢様。鴨フィレ肉のローストでございます。お口に合えばよろしいのですが」
しなやかな身ごなしで手際よく給仕するのは、私専属の執事、創だ。
淡々と完璧に自分の仕事をこなす彼。
そんな彼に私が少しだけ目をやったことに、男性はたぶん気付いていない。
「とても美味しいよ。君が作ったの?」
そう言って、男性……もとい、東堂さんはグラスにワインを注ぐ創に声をかけた。
「いいえ、とんでもございません。本日は東堂様のために、フランスから一流のシェフを招いております」
そんな風に言われて気を悪くする人はいないだろう。
東堂さんは落ち着いた声で「そう」と一言相槌を打つと、私へ視線を戻して微笑んだ。
「それにしても、本当にお綺麗な方ですね。一華さんは」
馴れ馴れしく名前を呼ばないで欲しい。
私はあなたと結婚する気なんて、さらさらないのに…。
「お褒めの言葉、ありがとうございます。東堂さんも写真よりずっと素敵な方で驚きました」
嘘も方便とはこんな時に使うもの。
目は細いし、図体はでかいし、眼鏡が似合ってないし、パーマは寝癖にしか見えないし。本当はこんなの、全然好みじゃない。
だけど、パパの大事な取引先の息子のご機嫌を損ねるわけにはいかないから、私は愛想良く笑顔を振りまいてただただ時間が流れるのを待っているだけ。
「そうだ、君。僕の持ってきたワインを彼女に開けてくれないか。先週イタリアで手に入れたワインなんだ」
東堂さんが創に向ってそう言うと、すぐさま創は頭を下げた。
「かしこまりました。ただいまご用意致します」
「うん。頼むよ」
ああ…創がいなくなったら、二人っきりになってしまう。
救いを求める私の視線を知ってか知らずか、創は表情一つ変えることなくダイニングを出て行った。
「一華さん」
創の姿が見えなくなると、急に東堂さんは身を前に乗り出し、私の手を取って包んだ。
びっくりして引っ込めようとしたが、強く握られてしまっては身動きが取れない。
「え、あの…、東堂さん」
「僕は真剣にあなたとのお付き合いを望んでいます。良かったら僕と結婚を前提に…」
戸惑っている私に東堂さんがそう言いかけた時。
創が、頼まれていたワインを片手に扉を開けて戻ってきた。
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