槙島だって人間だよ



船がゆっくりと洞窟へ入っていく。初めて間近に洞窟を見て、息を呑む。長い時間をかけて潮風と波に削られて出来た自然の洞窟は、実際にこうして近くで見ると圧巻だった。岩壁は凸凹とているが、岩肌はなめらかで美しい。 海の色もまた美しかった。エメラルドグリーン。海の底がよく見える。そういえばさっき魚が跳ねていたのを思い出してこっそりと笑った。船が天窓の部分に差しかかると途端に船内のあちこちから感嘆の声が聞こえた。太陽の日差しが自然にできた天窓から降り注ぐ。水面がそれを反射してキラキラと輝いていた。

ふと思い出して隣を見ると、槙島さんは黙って洞窟に見入っていた。その目にうっすらと涙が浮かんでいるのを見て、彼も人の子なのだと驚いた。なんとなく彼は人間らしさとは無縁な浮世離れしたイメージがあった。
なんだか見てはいけないものを見たような気がして 、私は視線を元に戻した。

私にとって槙島聖護は現実味のない人物だった。博識なのにすこし世間知らずな風なのが余計にそう思わせたのかもしれない。とにかく私にとっての槙島聖護という男は曖昧で人間味の薄い男だった。

船が旋回して洞窟の外に出た。綺麗だったねと槙島さんに言うと、うんと返事が返ってきた。そのことにまた驚いて、そんな自分を恥じた。槙島聖護はれっきとした人間なのだ。感動することだってあるだろう。


奇妙な心地のまま、海を眺める。船が揺れながら進んでいく。視線を感じて槙島さんを見上げると微笑まれた。なんだこれ、ほっぺたがあつい。潮の香りが強く匂った。


140819


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