J.Ren
玄関を開けてびっくりした。むっと香ってきた薔薇の香りに思わず顔を顰めた。少しだけならいい香りだけど、これだけ香ると噎せてしまいそうだ。
「ただいま、ハニー。」
「なんで薔薇…」
「プレゼントだよ。今日バレンタインデーだろう?」
「外国人か」
バレンタインに花を上げるのは外国の風習であって、日本でやる人は少数派だろう。そもそも知っている人もそう多くはなさそうだ。日本では一般に、バレンタインとは企業戦略によるチョコレートを贈る行事だ。
随分大きな花束だなぁ。レンは男の人にしてはわりと大柄だけど、なんだか薔薇に埋もれている感がある。何本あるんだろう。真っ赤な薔薇が蛍光灯の光を浴びて、よりいっそう華やかそうに見える。レンから薔薇の花束を受け取った。見た目はさほど重そうに見えないのに、意外と重量がある。こんなにたくさんの薔薇を飾る花瓶なんてあっただろうか。こないだレンが貰ってきた花束を飾るのに使った花瓶はどこにしまったっけ?とりあえずあとで押し入れを探してみようかな。
「何本あるの」
「九十九本だよ」
「多いね」
まぁねと言いながらレンが靴を脱いで上がる。そういえばおかえりなさいと言ってないのを思い出して、レンに言うと嬉しそうに唇を綻ばせた。ただいま、ハニー。もう一回レンがそう言って、ただいまのキス。レンは毎日定時に帰ってくるわけじゃないけど、これをするとようやく1日の終わり頃なんだなぁと思う。
花瓶の場所はレンが覚えていて、すぐに見つかった。今は食卓に飾ってある。うん、良い香り。
さすがに全部は生けられなかったから、残りはとりあえずの処置として台所の桶に水を溜めて生けた。明日にでも花瓶を買いに行こうと思う。ちょうどレンが午後は珍しくオフらしいので、一緒に買いに行く予定だ。殆ど毎日顔を合わせているとはいえ、二人で出かけるのは久しぶりだ。楽しみで今日は眠れないかもしれない。
夕飯を食べ終えて今は食後のティータイム中。とはいってもお茶を飲んでいるのは私だけで、レンは珈琲だ。デザートには手作りのショートケーキ。レンの誕生日だからと久しぶりに作ったら台所が惨状になったのは内緒。今はもう完璧に片付いている。不恰好なケーキをレンはとても美味しそうに食べてくれる。なんだか恥ずかしくて、苺を一口で食べた。
「ねぇ、ハニー。知っているかい?薔薇には本数にも意味があるんだよ」
「本数に意味なんてあるの?」
首を傾げた。花言葉には興味があって一通り調べたけど、まさか本数に意味があるとは思わなかった。ひょっとして、薔薇が「九十九本」なのには特別な意味があるのだろうか。
「一本なら一目惚れ、七本なら密かな愛。十一本は最愛。九十九本は──」
レンの目が真っすぐに私を射ぬく。
「──永遠の愛」
左手を出してと言われて、請われるままに差し出す。
「愛してるよ、名前さん。俺と結婚して欲しい」
左手の、薬指にキラキラと輝くダイヤモンド。リングのセンターのピンクダイヤを中心にしてパヴェが半分だけ施されている。
一体幾らしたんだろう。下品な考えだけど、アクセサリーに疎い私でも、これがものすごく値が張ることくらい分かる。
「レン、」
本気なの、と訊こうとして思わず言葉を飲み込んでしまった。普段の陽気でセクシーな雰囲気は消えて、とても真剣な眼差しで私を見ていた。聞かなくても分かる。レンは、本気なんだ。
アイドルが結婚だなんて、とんでもないスキャンダルだろう。芸能界を干されるかもしれない。グループのメンバーに、迷惑がかかるかもしれない。シャイニーさんだって、きっといい顔はしないだろう。
「実を言うとね、別れようかとずっと考えていたの」
「……オレのことが嫌いになったのかい?」
「ううん。好きだよ。私、自信がないんだ。レンの隣に居続ける自信がない。私はレンがいままではべらせていた女の子みたいに可愛くないし、よく、淡々としていてこわいと言われる。正直、レンがどうして私を選んだか分からないよ」
レンが私の手をぎゅうと握った。
「レン、私なんかでいいの?」
「君がいいんだ。俺と結婚してくれるかい?」
ぎゅうとレンの手を握って微笑んだ。
「もちろんだよ、レン」