踏切








―――カンカンカン…




黄色と黒の遮断機が、線路と道を断った。私は今、線路の上にいる。夕日に照らされた駅は人もまばらで、そこはかとなく幻想的だった。吐き出す息は白く、私もこの息の様に空気中にとけてしまいたい。そうしたらきっと、このぽっかりと空いた穴も埋まるような気がする。
私は一歩、踏み出した。お遊びもいい加減にしないと、待ち合わせに遅れる。

背後でごう、と音を立てて電車が走り去った。



踏み切り



「ねぇ、君って自殺願望者なの?」
問われた質問に、一瞬まばたきを忘れた。先生は私の目をじぃと見つめて逸らさない。なんだか居心地が悪くて目を逸らした。
「だとしたら、なに」
「別にどうもしないよ。ただ、君が線路の中にいたから」
気になっただけ。
雑渡先生はそう言って、また書類仕事に没頭する。
なんだったんだ。



お世辞にも寝心地がいいとは言えないベッドに寝そべりながら、天井を眺めた。
――君って自殺願望者なの?
昼間保健室で雑渡先生に言われた言葉を、反芻する。今思い出しても気分が悪い。一体なんだったんだ、雑渡先生は。
雑渡先生という男は、いまいちよく分からない。マスクで隠された大きな火傷があるらしい顔、真意の見えない、片方だけの瞳。人を食ったような喋り方を格好良いという子もいるけれど、たいてい生徒は気味が悪いと言ってめったに近づこうとしない。それに、下はヤクザだったんじゃないかっていう噂もある。
――自殺願望者なの?
違う、とは言いきれない。
死にたいわけではない。でも、自殺の真似事をする。理由は特にない。ただ、なんかもやもやして落ち着かないから、その真似事をするだけなのだ。
「よっこいせ」
我ながら婆臭いと思うが最早クセなのだ――掛け声を上げて起き上がる。とたんに内股に感じたどろりとした感覚に眉を顰めた。
全く、男というのはどうしてこうも中に出したがるのだか。子ができたらどういうつもりなんだろう。あいにくとシャワーは男が使っているので、しかたなくその場で掻き出す。ティッシュで手を拭って、散らばっている下着や制服を身に付ける。最後に髪を整えて、部屋をあとにする。扉を閉める前に匂った、青臭い匂いに少しだけ切なくなった。




ソファーに寝そべりながら、書類仕事をしている雑渡先生を見る。火傷のケロイドを隠すためのマスク、しわ一つない白衣からはたまにタバコの匂いがする。楽しそうに笑んでいる目はなにを考えているのだかよくわからない。ふいに先生が口を開いた。
「自殺未遂の次は援助交際?」
絶句した。なんでこいつがその言を知っているんだろう。学校にばれるとマズいから、できるだけ遠いところを使っているのに、どうして。会うわけがない
「…なんで知ってんの」
「なんでだろうねぇ」
先生は書類に目を落としたまま、のらりくらりと答える。愉快そうに歪む横顔に、趣味が悪いなぁと思った。人の不幸を楽しむなんて、サイテー。というか先生にバレたってことは私、退学かなぁ。はぁ、とひとつため息をついて、天上を見上げる。
「ねぇ、」
「なんですか」
いつの間にか止んでいた音を不信に思って、上体をおこす。さっきまで愉悦に歪んでいた瞳は、今はさっぱり分からない。先生が立ち上がった。
「あんな男なんて止めてさ、」
白衣がひらひらと揺れる。
「おじさんにしない?」
先生は楽しげに言った。





(最初は鶴町で書いていたんだけど行き詰まって雑渡さんに。実は雑渡さんに最後の台詞いわせただけだったりする)





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