死にたいと思う。
先のことを考えているときは特にそうだ。あれこれ考えては不安になって、たまらなく死んでしまいたくなる。どうせなら、満たされている今のうちに死んでしまいたいと思うような始末だ。


ああ、死にたい。




とはいえ自ら命を断つ勇気も覚悟もない私は、今日も他者の命を貪って生きている。せっかく刃が目の前に迫っても、どうにも身体が先に反応してしまって、迫った刃切っ先を躱して相手を殺してしまう。いっそ流れ弾でもあたって死ねないものかと思うのだけど、どんな戦に出てもいつも傷だらけにになって終わる。そのせいか、最近は戦に駆り出されることもなく、偵察ばかりさせられる。偵察でへまをしては忍隊、ひいては国に迷惑がかかるのでそんなことはできない。なるべく相手にばれぬよう、上手にやらねばならない。不満だ。不満なこと極まりない。私は戦に出たい。そしてあわよくば何処かの誰かの手によって殺されたいのだ。
忍隊の同僚たちの殆どはみな私を気味悪がる。キチガイだと私を差して云う。みな必死でこの乱世を生き抜こうとしているのに、死にたがっている私はおかしいらしい。不思議だ。なぜ死にたいと思うことがおかしいのか、私にはさっぱり理解できない。ただ組頭は呆れて、「気持ち悪いよお前」と一言言った。解せない。私は至極普通だ。




同僚が死んだ。密偵をしていたところ敵にばれ、散々の拷問ののちに首を刎ねられたらしい。うらやましい。今年入ったばかりの新入りが死んだ。戦の際に負った傷から感染症にかかり死に至ったらしい。私は一度もそんなことがない。うらやましい。一つ上の先輩が殺された。痴情の縺れだった。阿呆らしい。でも刀で一突きだった。やはりうらやましい。
縁側で茶を飲んでいると、組頭がやってきて隣に座った。「陣左が死んだよ。銃で撃たれたって」「あれ。それはいやな死に方ですね」組頭がくつくつと喉で笑った。

「……じきに戦が始まる。そうしたら、君は死にたいかい」
「死にたいです」
「変わらないね、君は。でもダメだよ、死なせない」


ぼうと首頭の顔を見やる。そこに昔の精悍な面影はない。包帯のその下には、醜い火傷のあとがある。のぞいている肌は浅黒く、目は片方しか見えていない。片方は皮膚が癒着してしまって開く事ができないのだ。あの大火から生還して以降の組頭は、少し人が変わった。部下が傷つくのを嫌がるようになった。あの大火で恋人を亡くしたせいだろうか。昔ほど冷酷ではなく、ずいぶんと優しくなった。怪我をする私を心配するのは、今となっては彼くらいなものだ。ざらざらしている手が、私の頬を撫でる。死なせないよ、ともう一度呟く。


「私は死にたいです」
「だめだよ死なせてなんかあげない、私の目の黒いうちはね」
お茶うけに用意ていたおせんべいをボリボリ食べながら、組頭が笑った。夕日がきつく縁側を照らしていた。組頭は私の頭をぽんぽんと叩くと、立ち上がった。「じゃぁ私は行くよ」しばらくしないうちに、尊奈門が来て組頭の所在を聞かれた。とても嫌そうな顔をして聞くものだから、つい意地悪に答えてやったら案の定顔を真っ赤にさせて怒った。


「いい加減にしてください!知らないわけないでしょう!組頭はここに来たはずだ!」
「はて、どうしてそう思うのかな?」
尊奈門は少し目を伏せて、小さな声で「……高坂さんが亡くなられた」と言った。
「知っているよ。いやな死に方だよね、銃殺。私は死ぬ時は刺殺がいいね」
「このっ」
尊奈門が拳を堅く握って振り上げた。殴られた拍子に勢い良く床に頭をぶつけた。憤る尊奈門。
「どうしてあなたはいつもそうなんだ!死にたい、死にたいってッ俺たちは死ぬために働いているんじゃない、生きるために働いているんだ!」
「尊奈門、それは君の考えだよ。私は死ぬためにここに勤めている」
「なんだと!?」
『寄せ、尊奈門。君もだ。いい加減にしなさい』

ふと涼しげな高坂の声が聞こえた気がして、ハッとする。いつもならこれくらいにちょうど高坂が間に入ってくれていた。咄嗟に眼前に迫った尊奈門の拳を捕まえて、思い切り投げる。「私は撲殺は嫌なんだ。あぁ、そうそう。組頭はまたよい子たちのところじゃないかな」そう言い捨てて、小頭のところへ向かう。今日は午後一番に呼び出されていた。まだ少し早いが、かまわないだろう。ピイチチチ。小鳥たちが小枝に止まって囀っていた。先ほどの虚しかった心地を思い返す。そうか、死ぬとはこういうことなのか。高坂は私の後輩にあたるが、唯一友達と呼べる人物であった。なんだかんだ私の怪我を手当てしてくれたし、懲りずに叱るのは彼だけだった。そうか、人が死ぬとはこうなのか。とても虚しく、心にでも穴が開いたようだった。





140618



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