熱が生まれるとき


あ、と気付いた時には遅かった。カッと熱くなった右足の太もも、濃く香った火薬の匂い。一瞬遅れて痛みがやってきて、私はその場に踞った。火薬の匂いがするしげみに手裏剣を打つと、しげみからうめき声が聞こえた。どこかしらには当たったらしい。一旦身を退こうと思ってなんとか立ち上がると、急に慣れた気配がすぐ近くに降りてきた。
「撃たれたのは足だけ?」
短く首肯すると彼は私を抱き上げると移動し始めた。正直助かった。軸足を撃たれたし、あの足では移動するのはキツかったからだ。
佐助は戦場から少し離れた木陰に私を下ろすと、懐から取り出した手拭いを細く裂いて右足の付け根近くをキツく縛った。それから菌が入らないように傷口に包帯を巻くのと同じ要領で手当てした。
「あんた一体何時になれば怪我しなくなんの?」
「難しい質問だね、佐助。怪我なんて戦には付き物だよ」
「俺が言いたいのはそういう事じゃなくて!つかあんた怪我足だけじゃないじゃんこの嘘つき!」
佐助は眉を釣り上げて怒りながら私の怪我してないほうのほっぺたをつねった。
「これで一体何回目だよ!この前なんて失明するかも知れなかったんだぞ!?」
「あー…ごめんね?」
バカと怒鳴られた。解せぬ。
確かに前回のは流石に悪かったかなぁとおもうけど、何もそんなに怒らなくてもいいと思う。
ちょっと怪我をするたびこの調子なものだから上杉に鞍替えしちゃおうかとか実は考えてる。しないけどね。でもまたかすがちゃんのところ行って愚痴聞いてもらおう。





俺と同郷の彼女は昔からよく怪我をする。好きな女傷だらけな身体なんて見たくないのに、彼女は忍務や戦の度にどこかしらに傷をこさえて帰ってくる。大きいもので背中には袈裟斬りされたときの跡が残っている。小さいのは刀や刃物類の切り傷から、今日みたいな火縄銃の跡もある。少し前は目蓋を深く斬られたせいで血が目に入って危うく失明する可能性があったらしい。
他の小さな傷を手当てしながら、ぶつぶつと文句を言う。目を逸らして適当に聞き流している風なのが憎たらしい。こっちは心配してるってのに。
「あんたってさ、ドジだし危機感ないしバカだしドジだし。……見ててほっとけないんだよね。だからさ、一生俺様のそばにいなよ」



熱が生まれるとき


佐助の文句もといお説教を適当に右から左へと聞き流す。
「あんたってさ、ドジだし危機感ないしバカだしドジだし」
ドジって二回も言われた!一応私のが年上なのに!そういえば佐助にもかすがにもあんたとかお前とか言われてる。私ってひょっとしなくてもなめられてる?
「……見ててほっとけないんだよね。だからさ、一生俺様のそばにいなよ」
はい?
え、私の聞き間違いじゃないよね?一生俺様のそばにいなよってことはあれですか。忍辞めて家に入れってこと?私ひょっとして佐助に求婚された?
言ってから気付いたのか佐助ははっとした様子で口を押さえた。
「さ、佐助?」
「っな、なんでもない!治療終わったし俺様もう行くから!」
パッと顔を背けてそう口早に言うと、佐助はすぐに姿を消した。きっと戦場に戻ったんだろう。
去りぎわの佐助の真っ赤な顔を思い出す。あんな顔をした佐助なんて始めてみた。私にとって佐助はいつも飄々としてる割りにはオカンで、出来のいいちょっと生意気な後輩だった。それだけ、なのに。さっきのことを万更でもないと思っている自分がいる。
きっとあれだ、いつも怪我ばっかして迷惑かけてるから嫌われてるかなーなんて思ってたら意外と好意的に見られてたから嬉しいとかそんなんだ。きっとそうに違いない。
だから私のほっぺたが赤くてドキドキしてるなんて、何かの間違いだ。





140514



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