℃が好きな女の子と弖虎

℃の歌声が好きだった。
伸二に誘われてなんとなく行ったライブハウスで、私は℃という名の天使と出会った。壇上でよく分からない、昔とても人気があったらしい外国人とやらの歌を歌う彼女は美しく、ライトに照らされた彼女はまるで天使のようだった。
薄紅色の唇が、うたを歌う。
彼女の歌声は、彼女の亡き後も未だに私を魅了してやまない。



乱暴にドアが開く音がして、私はまたかとため息をついた。今何時だと思ってるんだ、深夜の一時過ぎだぞ。またお隣さんに小言言われるじゃないか。あの人の小言はネチネチしててなおかつ長ったらしいんだから。
伸二もだったけど、あの子も中々乱暴だ。
カーソルを動かして、停止するアイコンをクリックする。
キッチンに行って、飲み物とお茶菓子を準備する。えぇと、こないだ買ったクッキーどこにやったっけ?取り敢えずジュースだけでも出そう。
どたどたと足音が聞こえてきた。どうやら今日は機嫌が悪いらしい。足音がいつもより乱暴だった。
リビングのドアが開いた。
いらっしゃいと微笑むと彼はかははと笑った。何が飲みたいと聞くといらねーと返ってきた。
「夜更かしは肌に悪いから止めたんじゃなかったのかよ」
そう言った。
ほらね、今日も不機嫌だ。






℃の歌を口ずさみながら、紅茶をいれる。テイーパックは茶葉からの時みたいに4分だとかかからなくて便利だ。あまり種類がないのが玉に瑕だ。弖虎は片手でナイフを弄びながら、サンドイッチを食べていた。「中華鍋は」「用意出来てるよ」どうやら彼は私の天使を殺した悪魔たちを潰すらしい。詳しくは知らないけど、彼らは中々の悪人だ。私は彼に紅茶を差し出して、それから中華鍋を入れたロッカーの鍵を渡す。
最後の一口を飲み込み、紅茶を流し込むとサンキューと言いながら彼は出口に向かう。その背中に違和感を覚えて、なんとも言えない心地になる。伸二がいなくなったときもそうだった。あんな感じの背中をしていた。ひょっとしたら彼もそうなるんじゃないか。なんとなくそんな気がして、気付けば彼を呼び止めていた。
「あの、」
「なんだよ、俺も暇じゃねぇんだけど」
何を話したらいいか分からない。なんとなく口の辺りをセーターで覆う。私の悪いくせだ。困ったりなんかするといつもこのポーズを取る。そのとき、チリンと音がして急にある存在を思いついた。猫の首輪の様に鈴の着いている、ブレスレットと呼ぶにはちゃちな腕輪。それを彼の左手に無理やり握らせる。
「℃にもらった御守りなの。きっと君を守ってくれるよ」
だからまた、来てね。

彼はニヒルに笑った。






中華鍋は隠語



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