手のひらの温度
※現パロ/年齢操作
名前さんの朝食は決まっておかゆだ。それは大抵卵粥(たまにニラが入っている)や梅粥で、最近はよく生姜を入れている。彼女の体調が悪い時は三分粥に塩を少しふりかけただけのものだ。名前さんの体つきがやけに細いのは、朝をしっかりとらないせいではないかと僕はにらんでいる。ただでさえ食が細いのに、一回の食事に食べるご飯の量なんて、一膳の半分だ。すくない。1日きっかり三食で決して間食はしない。外食もしない。名前さんと暮らすようになってからというものの、僕はずいぶん健康的な食生活を送っている。一人暮らしをしていたときのずさんな食生活は見る影もない。今は朝も昼も夜も、しっかりと食べている。それもこれも彼女のおかげだ。
だけど心配だ。食生活は健康的だけど、名前さんはちょっと力を入れたら折れてしまいそうなほどに細い。僕はよく、もっと食べるように言うのだけど、いつも上手に彼女が話をずらすからなぁなぁになってしまう。
「おはよう、名前さん」
「!おはようございます、アレンくん」
名前さんの朝はおかゆで始まって、夜はご飯と味噌汁で締めくくる。僕の朝はそんな名前さんの背中を紅茶を飲みながら見つめて、夜は彼女へのお礼に食器を片付けてから眠る。
ときどき鍋をかき回しながら朝食を準備する名前さんの背中を、僕は今日もじぃと見つめる。彼女と僕の朝食は別々に作っている。僕は生来の大食漢で、彼女とは食べる量がまるで違う。僕は彼女の五倍以上は食べる。
いつもとは違う香りのするティーカップを持ち上げて嗅いでみる。ふんわりと香るのはベルガモットだ。飲んでみると、ベルガモットの香りがまろやかにそして強く口中に広がった。おいしい!いつもはトワイニングのクォリティブレックファストをミルクティーにして飲んでいるんだけど、これはストレートのままで十分おいしい。どこの紅茶だろう?
いつも飲んでいるトワイニングの茶葉は大体香りが弱く、ストレートで飲むには物足りない。だけどミルクを入れると少しあるかな程度だった香りが一気に引き出されてとても美味しいので、僕も名前さんもトワイニングを愛飲している。
「朝ご飯、もうちょっと待ってね」
「うん」
朝起きると名前さんが僕のための朝食を作ってくれている。髪を後ろで一本に束ね、エプロンを着けた彼女が台所で料理をしているたび、僕はいいお嫁さんを貰ったなぁとしみじみと思う。
「紅茶、いつもありがとう。今日もおいしいです」
「よかった。今日のはこないだリナリーにお土産にもらったものなの。マリアージュ・フレールのグランアールグレイなんですって」
「……リナリーが?こっち来ていたんですか?」
「うん。一週間くらい前かな、突然来てね。お茶してすぐに帰っちゃったんだけど」
またすぐ向こうに戻ったみたいだけど。
彼女が口早にそう言った。
彼女の耳が赤い。耳が赤くなって早口になるのは、名前さんが照れたときのくせだ。
「へぇ、会いたかったな」
「メールしたら?アレンたちからあまりメール来ないって淋しがってたもの」
「そうですね。同窓会を開こうかって話もありますし、してみます」
久しぶりに聞いた同級生の名前に、自然と口元が緩んだ。
リナリーは学生の頃に出会った友人の一人だ。今はお兄さんのコムイさんを追い掛けて、イギリスで仕事をしている。長い休みの時などに時折こっちにやってきては、よく都合のついたメンバーで集まって遊んでいた。最近は忙しさにかまけて少し疎遠になってしまっていた。
椅子に座って、ゆっくりと紅茶を味わう。窓から入ってくる朝日が心地いい。思わずあくびをすると、クスクスと笑い声が聞こえた。
「アレンたら、もう眠いの?」
「昨日は寝るのが遅かったんです。つい夢中になってしまって」
そう、昨日はつい小説に夢中になってしまって、結局寝たのは深夜すぎだった。
名前さんが机に朝食を並べた。
僕の朝食はトーストとサラダとハムエッグ。それから昨日の夕飯の残りのおかずだ。
名前さんの朝食はお粥とお漬物だけ。
僕たちの、いつもの朝食の風景だ。
手のひらの温度
両手を揃えて、「いただきます」と二人で言った。今日も1日が始まる。
140223