神様、お願い
私が監視官になったのは、半ば意地のようなものだった。シュビラによる判定は、監視官の他にもあった。でもそれを選んだのは、母さんたち親族への意地だった。
私の父さんは、監視官だった。ある事件を追っている最中に犯罪係数が上がって、潜在犯となった。母さんも親族たちも、みんな父を罵った。
どうして?
父さんは刑事として事件お追い掛けただけなのに、どうしてそれを罵られなくちゃならないの!なんでよ!
私は父が正しかったことを証明したかった。
征陸さんは、父さんによく似ていた。笑い皺のついた目元も、笑い方も、大きな手も。彼に撫でられるのが、大好きだった。潜在犯を捕まえようと無茶したときは、宜野座が怒ってるのに彼は笑っていいじゃないかと言って、でもその後は真剣な目をして、無茶はだめだって諭される。
休日が重なった時は、一緒にお酒を飲んだり、絵を描いているのをただ眺めてたりした。たまに、絵のモデルもやった。すごく恥ずかしかったけど、書き上げを見たらやってよかったなって思った。
私はいつのまにか、彼に父を重ねなくなった。
仕事のときでもプライベートでも、いつでも対等でいたかった。父親と娘みたいな関係をやめにしたかった。
化粧もするようになったし、よく子供っぽいと言われた口調も直した。彼に釣り合う、オトナノオンナになりたかった。
彼はたまに、娘が巣立っていくみたいで寂しいよと言った。
私はその度に笑って過ごしたけど、内心は哀しかった。ズキズキ胸が痛んだ。
「征陸さん」
「なんだいお嬢ちゃん」
「今回の案件が終わったら、お話したいことがあるんです」
槙島聖護を捕まえたら、咬噛が戻ったら。秀星くんを見つけたら。今あるゴタゴタが、全部終わったら、彼に言おうと思った。もう、イイコちゃんじゃいられない。娘扱いじゃ我慢できない。しょうもないくらいに、この征陸智巳という男が好きで好きで、今にもコップから溢れてしまいそうだった。
征陸さんは、いつもみたいに笑って私の頭をくしゃりと撫でた。
あ、また。子供扱い。
むっとしてつい唇を尖らせると、征陸さんは声を上げてわらった。もう。こっちは真剣なのに!
「あーわかったわかった。わかったからそう睨むな。おっかない顔してちゃ美人が台無しだぞ」
「……美人じゃないですー」
「いいや、お嬢ちゃんは美人だよ。最近ますます綺麗になった」
お父さんは心配だよ。なんて、おちゃらけて言う。
「これならすぐに嫁の貰い手が見つかるさ」
「――っ私は、征陸さんが!」
征陸さんは、眉を下げて苦笑した。違う、そんな顔をして欲しいんじゃないの。私は思わず俯いた。
「お嬢ちゃんの気持ちは嬉しいが、こんな老いぼれにゃもったいねぇ」
頭にぽん、と手が乗せられた。
「やっぱり、親子なんだなぁ」
征陸さんが、宜野座の頬に手を伸ばす。
「目元なんか、若い頃にそっくりだ」
あぁ、嫌だ。嫌だ。認めたくない。嫌だよ、征陸さん。死なないで。あなたがいれば、他にはなんにもいらない。もうこれ以上なんて言わないから。
「なんて…顔をしてるんだ、…美人が…台無し、だ、ぞ」
「ぁ、あぁ…!逝かないで、逝かないでぇ征陸さん」
征陸さんが苦笑する。
神様お願い。この人を連れていかないで。私の、私の大切なひとなの。お願い、神様、お願いします…!
征陸さんの手がすべり落ちる。
宜野座が、俯いて声を押し殺して、泣いていた。
神様、お願いします。この人をまだ連れていかないで。
征陸さんのご冥福を心から祈ります。私を楽しませてくれてありがとうございました。征陸さんが、一番大好きです。今で、本当にありがとう。
2013.03.15.