「私の首の疵がなんなのか知りたいか」 突飛なことを言い出したのは午前2時を回ってからのことだった。DIOと座っている机の上には勉強道具が広がっている。…吸血鬼だからといって誰が勉学を怠れと言った、なんていって最近になってDIOが必要最低限のものを用意したのだ。つくづくまめな男だ。いらんことしいめ。なんだか夏休みが終わったような気分だったのはまだ記憶に新しい。 高2の時点で人間を辞めてしまったから、内容は高3。DIOは頭が良かった。曰く昔は政治家の道も目指していたとか。…安易に想像がつく。 数学の特異点を求める難問を解いてる最中に、DIOは突飛なことを言い出した。 「なんでいきなり」 「息抜き半分、お前が時折この疵をみていたからというのもある」 「…話したいならはなしていいよ」 「なんだそれは」 「DIOの気まぐれで決めていいってこと、いつものことでしょ」 特異点はまだ求められていない。DIOは首の疵を指でそっと撫でた。 「首から下は私の体ではない」 「ふうん………へ?」 「ジョナサンの体だ」 驚いたか、と艶かしい反面自嘲染みた笑みを浮かべる。まあ驚いたと言われれば驚いたけれど。 「…DIOさあ、もしかしてヤンデレ?」 「やんでれとはなんだ? なにかの暗喩か」 「あんた実はジョナサン大好きなんじゃないの」 「冗談でも気持ちの悪いことは言うものじゃあないリリィ」 不快指数100%の顔つきだった。 じゃあなんだっていうんだ。身体だけ奪って自分につけるとか嫌いな奴では到底できないのではないか、だって物理的ズッ友だし。 そういうと、DIOは溜息を吐いた。こっちが吐きたいんだけど。 ……たしかに好きではないし憎いし疎ましいのは事実だが、その一方で我が敵として尊敬しているのもまた事実なのだと、彼は言う。いわゆる吸血鬼として人を超越する化物となったDIOに、ジョナサンは人間体のままで彼を超越したのだ。 「超越したってことはDIOを殺したの?でも生きてるじゃない」 「それは私の人外の体と知恵のお陰だ。私は波紋を食らった体を捨てて一度首だけになったのだ」 「それなんていうホラー?」 DIO執念深すぎ。 そしてDIOは自分の新しい体に相応しい人間を考えた。そこでジョナサンに目をつけた。妙な縁で繋がれた彼、自分とは真逆の存在、ただの人でありながらも人外の自分を超越せしめる偉業を成した男。彼を支配してこそ自分は完全な存在になる──そう考えた。 激闘(生首で)の末ジョナサンの身体を奪うことに成功したそうだ。しかしジョナサンが乗っていた船が爆発してしまったので、棺桶に逃げ込んで今に至るというわけだ。 「どうだ、軽蔑でもしたか」 「かなりハードな人生送ってんだなとは思ったわ」 「それだけか」 「で、完璧にはなれたの?」 「…」 さあな、と肩を竦める。 紫色のルージュを塗った唇には、嘲笑。 …DIOにしてはかなり弱気だった。てっきり首さえ馴染めば私は完全になるのだとかいうと思ってたのに。 っていうかさ。と両肘をついてダブル頬杖をつく。行儀が悪いと言われたがまるっと無視した。 「ぶっちゃけ軽蔑っていうより、吸血鬼なんだしそんだけ出来てたほうがスゴイ感はあるわよね」 「…」 「あっ、でもあんたにはスゴイなんていってあげないわよ」 にしし、と笑ってやると、DIOは暫くぽかんとした末に幾分か表情を緩めた。 「何を言い出すかと思えば」 「不満?」 「実に不満だ、私を凄いと言え」 「そんなこという人には絶対言わないわ」 「WRYYY…」 あたしがうまく話を上乗せした後の、彼の安堵したような表情は中々悪くはない。これは同情だろうか、まあ、不快に思われてさえなければセーフだろう。 今日は晴れているが、今はれっきとした梅雨の季節。外では紫陽花が咲き誇っている。 咲く紫陽花、定まらない特異点 (求めたい答えが定められないのは、彼も一緒なのだと) |