「おいふしだら娘」 「あんたの格好のがよっぽどふしだらよ半裸帝王」 なんやかんやで二週間が経った。学校もないし社会的な繋がりもない吸血鬼ってのはやっぱり気楽なもんで、夜中就寝昼起床みたいな自堕落極まりない生活が板につきはじめてきている。折角なのだからなんでも楽しまなきゃ損だと思うので、その“悪い”習慣を改善するつもりはない。どうせ最終的にはこのアホクズ帝王に絶たれる命、バチは当たらないだろう。 「ほう、これがうぉーくまんというのか」 「そうよ。あたしの前の服置いといてくれて良かったわ」 「見ろ、ケータイのメールもちゃんと打てるようになったぞ。このDIOに扱えぬものなどないわ」 「お言葉だけどそれメッセージ全部件名の所に書いてるよ。ややこしいわよねそれ」 「ぬう…っ!?」 そんなことより、ベッドの上でゴロゴロリラックスする帝王ってどうかと思う。しかもケータイカチカチしながら。女子高生か。年頃の女の子かあんたは。筋肉ゴリラ体型だしそもそも120歳でしょ、逆に微笑ましいんですけど。 最初こそこの男との距離感がありありと見て取れたものの、なんだか最近はどちらともが互いの存在に馴れてしまって、以来ずっとこんな感じだ。世間話とかジョークとか、本の話とか、そんな取り止めもないことばかり話してる。この男も普通に笑うんだな、と知った。 「…? おいリリィ」 「なあに半裸の帝王さん」 「半裸半裸とうるさいぞ。このケータイのなんとか帳…あど…なんといったか」 「アドレス帳」 「それだ。それの欄が真っ白なのだが」 毒々しいネイルを塗った(趣味悪い)指がカチカチと音を鳴らしてボタンのスクロールを押す。かなりの文字が書いてあっただろうと聡い事を言うDIOに、あー、と声を漏らしてから手をひらひらと振った。 「必要ないでしょ? 消したの。全部」 「潔いな」 「だって現実じゃあたし含めた家族全員死んでる設定だし」 とって置く意味もないから。 DIOはふんと鼻を鳴らした。 「そういうところは嫌いではないぞ」 「え、やだきもちわる」 「…貴様には何を言い返しても無駄だと分かっている。無駄なことはせん。無駄無駄…」 「飲み込めてきたんじゃない」 「やかましいぞ。貴様だけは特例だ」 ところで、とDIOはやけに刺々しい視線をあたしに向けた。 「リリィ、なぜ男装をしている」 エンヤ婆をなだめすかしてなんとか手に入れたクラシックの少年服だ。リボン、ベスト、膝上丈のバーミュダショーツ、靴下にローファー。中々動きやすくて気に入っている。DIOは気に入ってないらしい。 「主にあんたの食糧のせいよ」 「女が男の格好など……」 「ねえ、あんたは男だから知らないだろうけど女の嫉妬って面倒臭いんだからね」 「吸血鬼の貴様なのだ、いとも簡単に殺せるだろう」 「無益な殺生は嫌いよ。DIOだって新鮮なご飯減るなんて無駄はヤでしょ」 「それもそうだな」 「あんたのご飯なんだからしっかり管理してよって言いたい所だけど、割とこの格好気に入ってるから」 DIOは心の底から不快そうな顔をしていた。ジョナサンを彷彿とさせるのだろうか、だとしたらねちっこいやつだな。 「奴を思い出すから不快だ」 ねちっこかった。 「…DIOって、執念深いね」 「うるさい、記憶が強烈なだけだ…」 「ふーん」 今まで誰かしらに鬱陶しいと言われたりはしなかったのだろうか。人間よりも人間らしい、愚かな男。ずっと影に追われている。 その影とはなんなのか、知らない。それはあたしが知らないでもいいことだ。 兎に角“そこ”から逃げ出して何かを手に入れる為に自由になろうともがいてる、でも未だに出れないでいる籠の中の鳥のように。…いや、あるいは、自ら籠の中に閉じこもっているのか。 なんにせよ、そう見えたのだ。見えてきてしまったのだ。 …こんなことならいっそ見たくなかったけれど。それからというものの、こんな貧弱な男を帝王だの悪のカリスマだの言って慕っている人達を見ると呆れを通り越して脱力さえした。まあそこまで思い込ませられるよう「仮面」を巧く扱えると言う意味では、あるいみカリスマ性も否めないかもしれないが。蓋を開ければ間抜けな話。恐れられ敬われるこの男がこんなにも痛々しく、こどもみたいで、可哀想にさえなってくる。彼はそんな目で見られることは嫌に決まってるだろう。あたしだっていやだ。同情なんて、無駄なことだ。 そんな彼に殺される為に付き添ってる自分も中々愚かだ。 「不快だと思うけどやめないからね。食ってくれるならやめてもいいけど」 「好きにしろ」 「そうよね」 首の『疵』の回復には、女の血がよく効くらしい。 その疵がなんで出来たのかは教えてくれなかったけれど、あたしも半分吸血鬼なのでなんとなくよく効く理由も解った気がした。 女性の血は、美味しいのだ。この間少し「食べ比べ」をした時に分かったことだった。 男性の血と比べたら…吸血鬼の好みにもよるが、万人受けの味は女性の血だろう。美味しいのは栄養が豊富な何よりの証拠。回復に効くのも頷ける。だからこの館には女性ばかりが居るのだ。まああたしは癖のある男性の血より女性のものを飲みたいので、少し扱いが面倒臭い以外は願ったり叶ったりだった。 DIOをちらりとみる。 吸血鬼。 血を吸う、鬼。 人間からしたらあたし達は人を殺す化け物なんだろうし、あたしが人だった時に読んだ吸血鬼の物語も化け物としての描写だった。そこに違和感などはない。──でもこれは人が食の為に家畜を殺すのと大差ない事なんじゃないかとも、あたしは本を読んだ時に思っていた。実際に現在その通りだった。人間の方々には悪いが、彼らが動物を殺して食べないと生きられないようにあたし達も人を殺してでも血を飲まないと生きられない。それは仕方のないこと。 でも、だ。うまくやれば、殺さなくても吸血鬼は生きていける。要は吸血ができればいいだけなのだ。必ずしも人類を害する宿敵というわけではない。…はずだ。 だからといって世間に抗議するつもりも毛頭ないけれど。 目の前の吸血鬼は、相変わらずゴロゴロして本のページを捲っている。あたしもあたしで向かい合わせになってゴロゴロしている。 女子高生の部屋かここは。 100年前にこのイギリスを脅かそうとした吸血鬼だとは思えないこの堕落っぷり。あたしは女子高生で間違いはないけどあんたは120歳の悪の帝王でしょうが、しっかりしなさいよ。 ふと、赤い目がこちらを向いた。目が合う。 「DIOってさ」 「なんだ」 「どんな“人”だったの?」 なんとなく質問してみる。 お前の本質を見る目が語るとおりの、予想通りの人間だろうよと彼は唱えた。無視されなかったことにはびっくりした。 100年前。100年前の世界はどんな景色だったんだろう。彼はそれを知っている。あたしやあたしの母さんが生まれるずうっと前からDIOは…DIOの世界は、存在していたのだ。どうして100年前、彼は人から吸血鬼になろうとしたのだろう? 「あんたってなんで吸血鬼になったの?」 「……取るに足らん理由だ」 「人に失望したとか?」 「人である自分に失望したのだ」 DIOはふん、と鼻で嗤った。 「若さ故の過ち、といったところか」 「若気の至りか…」 「まあその過ちのおかげで今ここでお前と話をしていられるのだがな」 ちゃんとこの帝王にも若気の至りをやらかす時期があったのである。100年前だが。きっとこんなやつだから、黒歴史間違いなしのことをしてきたんだろうなと多くを語らずとも察しがつく。 「どうやら過ちばかりでもなかったらしい」 赤い唇を歪ませて、クツクツと艶めいた顔で笑った。 …この自己中悪党でも過ちだと思うことはあるんだな。後悔とか、したりはするのだろうか。皆無そうだけど。 「っていうかさ、ちょっと前から思ってたけどなんであたしがあんたの部屋に入り浸らなきゃいけないのって質問していい?」 「退屈は嫌いだ」 「…」 「お前もどうせ暇だろう?なら付き合え」 そこには「なんか文句でもあるか?」と自分が物事の中心で当たり前みたいな自信満々のムカツク顔をした、美貌の吸血鬼がいる。この自己中な性格をどうにかしてほしいな、いっぺん死んで生き返ったらマシになるのかしら。 退屈かあ。やっぱDIOみたいなやつでもずっと一人でいると退屈だと感じるのか。 「何?あと何回行ったら殺ってくれる制度でもあるの」 「それは私の気まぐれで決まる」 「ふーん、自室に呼び出しとかアッチの意味で食う予定でも入れてるのかしら」 「リリィ…女であるなら慎むと言う言葉をだな」 「なによ違うの?」 「お前はそれでいいのか」 「別にあんたがそうしたいなら好きにすれば?」 WRY…と唸って顔に手を当てため息を付く。なにそのぐれた娘を見た時の父親みたいな反応は。 「あんたがすきで助けた命ですきな時に潰す命なんだから、処理に使うのも何に使うのもすきにすればいいでしょう」 「お言葉だがな、お前のような小娘の体で満足するDIOではないわ」 「でもそこらの女よりは経験は」 「貴様は少し自分を大事にしようとは思わんのかね」 悪の帝王に説教をされた。しかも読書がてらに。片手間か。せっかくイケメンっぽいことを言ってるんだからせめて顔を上げろ。だからあんたは残念な美人の称号止まりなのよ。 溜息。 …べつに間違ったことはいってないと思うけど。言いたいことはわかるが、大事にするもなにも捨てる気満々のものをあえて大事にする意味はあんまりない。あんまりというか、皆無だ。だれもゴミ箱に捨てる直前の壊れたおもちゃを丁重に扱ったりなどしない。 帝王は、続けて読書がてらにこんなことを聞いてきた。 「リリィ、今世の外界は楽しいか」 「うん。なんで?」 「日中にお前が出て行く気配がしたからな。まさかとは思うが体を売るようなことはしてまい?」 「やる意味がないからしてないわよ、好きでやってたんじゃないもの。あんたも外でないの?夜でも色々やってるよ」 「そうか、ならいい。私はまだ首の疵が馴染まないからな、長い間外では動けん」 「ニートじゃないそれ」 余計なお世話だと一喝された。 零れたわたしを掬い上げたこの手 (付かず離れずといったところだ) |