帝王観察日記 | ナノ


薔薇が抱えた内情の話



 その子どもは私の名を呼んだ。
 薄く靄がかかった景色の真ん中に子どもが──リリィが居る。赤い目はこちらを見ていて、美しく輝いていた。

「DIO、ねえDIOきいて、秘密の話。あたしはね」

 いつも聴いている凛とした声は、甘く蕩けるようだった。いつの間にか自分の両手が目の前の小さい手を包んでいる。リリィはいつものように何をするのかと問うことも、怪訝にこちらを見上げることもなくただ、じっと柘榴色のそれでこちらを見ていた。

「いまとても生きててよかったとおもってるのよ」

 微笑んだ。あの子どもが、どうしたことか笑っているではないか。頬を桜色に染めて、柔和に、優しく、艶やかで、嬉しそうに、それは正しく幸せに浸った顔で。何がお前をそう言わせるのか、私はその肩を掴んで問い質したいのにそうすることもなく硬直したまま、語彙も乏しく「そうか」とだけ唇が動いた。その笑みを見てからというものの爛れるほど甘い疼きが胸部の中心に巣食う、それを鬱陶しいとはらえない自分がいた。どうしたことか。夢なのだろうか。途端、細い腕が私の首に絡みついた。胸部の内臓が跳ねた気がしなくもない。
 夢だろう。夢だとは思う。彼女という生物はこんな風に自ら私に抱きつかなければ、そうしながら幸せだ、ましてや生きててよかったなどと宣うはずもない。あれはそんな目で私を見ない。そんな笑みをしない。辞めろ、今すぐに辞めろ。そう思う自分と全く逆のことを思う自分とが居て、その花は微笑むのにその場に硬直していることしかできずにいる。
 手足がじんと痺れる。ああこれは覚えがあるぞ、この効能は毒だ。顔に熱が溜まり内臓がドグドグと痙攣を止めない。間違いなく毒の仕業だ。嗚呼、この身に寄せられた小さい体の温かさときたら。指先まで痺れた手が動く、どこへゆくのか。奥底にあった空虚感が熱に流されて薄まったような、そんな心地さえする。熱い。

「DIOはどうなのかきかせてよ」

 問いに反応して、喉から搾り出されるような自分によく似た声色がどこかとおいとおい場所から聴こえる。指先が桜色の頬に触れようとした。

「リリィ、私は」


 ハッと顔を上げたら、暗い天井が目についた。…否、顔を上げたのではない、目を開けただけだ。つまりあれは夢で違いがなかったというわけだ。暫く天井を見つめたままぼうっとし、漸く呆然としながら体を横に転がし、やがてごろりとシーツに包まり息を吐く。なんという、なんとまあたまげるほど馬鹿げた夢を。まるで意味がわからない、寝覚めの悪すぎる夢を。これじゃあまるで私が──
 そんなことあるかと振り払うようにがりがり頭を掻いてから、重い溜め息を吐き唸る。朝方に就寝してからまだ四時間も経っていない。誰とも顔を合わせる気になれないから幸いではあるが。ひたすらに鬱屈だ、風呂にでも入れば拭えるのだろうか。だが起き上がる気にすらならないレベルで精神に負担が来ている。なんなんだ、あの思春期の阿呆が見るような夢は。

 …焦がれているようではないか。
 そう思うと、怒りなのか何なのか知れないものが込み上げ暴れ出したくなった。馬鹿にするのも大概にしろ違う決してそんなものではない、と。が、近くの花瓶を手に取り勢い良く床に投げつけかけたところでこれでは人が来てしまう上今は誰にも会いたくなかった事に気付き、必然的にリリィとも顔を合わせる羽目になるのだと思うと驚くほど急速に頭が冷えた。渋々花瓶を置いてまた寝転がる。彼女には今“特に”会いたくない。
 誰とも会わないうちにどうにか夢の中の映像を排除しようにも、中々どうしてそれを絶対に手放そうとしない私がいる。「夢でくらいいいだろ」と私じゃないなにかが後ろの方から必死にそう言うのが聞こえる。
 ……うるさい、何がしたいんだ。私じゃないくせに勝手なことをするな。今に見てろそんな幻想絶対に消し去ってやる。顔を顰める。ごろりと、もう一度寝返るといっそうシーツが巻きついて蓑虫のようになった。少し落ち着いたが目が冴えて寝付くことも出来ない。動きたくない、暴れられない、眠れない、忘れられない、ただ漠然とした正体の解らないふわふわもやもやした気持ちだけが、浮き上がっては沈んで。空虚感は増す一方。長いため息が口から溢れる。

 そればかりか、私じゃない何かに感化されてあれが夢でなければと思いはじめたことにも心底嫌気がさす。


「あり得ない」

 その日私は何度もそう口にした。





“It's really silly dream, but he his voice was perfectly even I”

思考の泥へ落ちる一歩前の自分










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すっげえくだらねー夢だけど「手放すのやだ!」っつってたあいつは結局自分だったんだからまじつれーわ。って意訳

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